嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<40>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  

 

 

 

 

「……ヴィンセント」

 私の名をセフィロスが呼ぶ。

 

「……あ……セフィ……ロス……?」

「そうだ……オレだ」

 彼の長くて形のよい指先が肩から耳元に……そして頭に触れた。乱れた髪にやわらかく滑る。

 

 このとき……私は、自らの肉体が覚醒し、すでに元の身体ではないことを知覚していた。目線を落とし、無言のまま自らの身体を眺める。

 装飾の刻まれた肉体、長く伸びた黒い爪……そして牙……

  

 ……『カオス』……

 

 そうだ、カオスだ…… 私の肉体とカオスが融合しているのだ……

 

「……あ…… わた……し……は……」

 なにを言おうとしたのだろうか。口は動いたが次に綴るべき言葉が見あたらない。

 なにより、この時、私は自らの肉体の変化を、呪わしいと感じたのか、ただひたすらに衝撃を受けただけだったのか……それとも、『カオスを従えた』と認識したのか、それさえもわからなかったのだ……

 

「……わた……し……は…………」

 惚けるばかりの私に、セフィロスはいつものようにフンと鼻でせせら笑った。

「フフン、今までより少しばかり強そうに見えるぞ、ヴィンセント。まぁ、オレの足元にも及ばんがな」

「……セフィロス……セフィロス……」

「ああ、大丈夫だ。おまえはヴィンセントだ。オレの知っている泣き虫のアイツだ。何も変わってはいない」

 そう言った彼の声はいつもと何も変わっていなくて……あの家の居間でのやりとりとなんら違いが無くて……私は「今までと同じように」涙腺が緩んできた。

 

 ……私だ……間違いない……

 ……ヴィンセント・ヴァレンタインは消えていない……私の自我は保たれている……!

 

「……もともとコイツはおまえの戦いだった。貴様なしでケリをつけようとしたのは虫のいい話だったのかもしれんな」

「……セフィロス……」

「行け、ヴィンセント! 最期の決着をつけろ……!」

 セフィロスが叫んだ。

「……わかった!」

 そう応じた私に、もはや迷いはなかった。

 

 

 

 

 ヴァイスの中のオメガが実体化した。

 それは暴風と雷鳴を呼び、うねりを帯びつつ膨らんで行く。

 ……徐々に形を為す、オメガ……

 

 私はその巨大な体内に向かって跳躍した。

 覚醒した肉体は、いともたやすく虚空を駆け、荒ぶれた魂に肉薄する。

 

 

 そう……セフィロスの言うとおり、この戦いは私の闘いだ。

 だが、私はひとりではない。

 最期の最期……この瞬間でさえ、私はひとりではないのだ。

 

 廃墟と化した空間に、金の輝きが見える。

 目を覚ましたクラウドが、瓦礫の中でこちらに向かい、必死に何かを叫ぶ。

 わらわらと沸き出たDGのソルジャーを、斬り払いつつ、繰り返し天を仰ぎ見る。

 

 姿の見えなかった思念体の青年たちが、クラウドから少し離れたところで闘っていた。傷ついたカダージュを、ふたりの兄弟が守るように動いている。

 明敏なヤズーが変わり果てた私に気付いたのだろう。そのまま虚空を仰ぎ、声をあげた。ふたりの兄弟たちもそれに習う。

 長い髪を振り乱し、美しい相貌を歪ませ、私の名を呼ばうヤズー。

 泣き出してしまうロッズにカダージュ……

 

 ああ、ありがとう……ありがとう……親愛なる者たちよ……

 

 この闘いが終わった後、この身は消えて無くなるのか……それともやはり私の自我だけが消滅するのか……なにひとつ確かなことはない。

 だが、私にはもはや何の不安もないのだ。

 自らの生に決着を付けに行く……いっそ清々しいほどの心持ちで事に望める私は、幸福であったとさえ言えよう。

 

 もしこの身が霧散し……私という人間が地上から消えたとしても、その魂は永久に願い続ける……

 ……何よりも大切な君たちが、幸福であらんことを……その行き先に幸多からんことを……

 ……愛しい者よ……どうかいつまでも幸せに……

 

 

 私の身体はオメガの体内に吸い込まれ、地上の者たちは視界から消えていった……

 

 ただひたすらに上層目指して飛び続ける。

 障害物をデスペナルティで撃ち落とし、ひたすら頭部を目指して行く。

  

 おそらくはそこに……オメガの核が息づいているはずだ。

 それを打ち砕き、消し去らねば、覚醒を阻止したことにはならぬのだろう。

 

 ……ドクン……ドクンドクン……

 

 オメガの鼓動が聞こえる。

 次に視界が開けると、そこは小宇宙とでもいうべき、虚無の空間が広がっていた。

 その中心にオメガの核……中央にヴァイスが取り込まれたオメガコクーンが息づいていた。

 

「……フフン、どうやらアレのようだな」

「…………ッッ!!」

 真後ろから飛んだ、聞き覚えのある声に、私は風を起こして振り返る。

「……セ、セフィロス……?」

「何を惚けていやがる。せっかく強そうに見えると誉めてやったのにな」

 おどけたような物言いに、一緒に嗤う余裕はなかった。

 

「……ど、どうして……?」

「舐めるな。オレだってその気になりゃ、空くらい飛べる」

 背の翼を自慢げに指さし、ニヤリと笑うセフィロス。

「そ……そうではなくて……どうして、こんなところまで……」

 ようやくの思いで、私はそう訊ねた。

 セフィロスは形の良い眉をひょいと持ち上げ、いかにも面倒くさそうに口を開く。

「バカが。ついさっきの話を忘れたのか?」

「……え?」

「言ったろ。おまえがそう願うなら……オレはおまえを救う」

「セフィロス……」

「……最期までおまえを守ってやる」

 

 セフィロス……セフィロス……ああ、セフィロス……どうして?

 もう二度と、地上に戻れないかもしれないのに……首尾良くオメガを消滅させられたとしても、我々が助かる見込みはなど、ほとんど皆無だというのに……!

 

「おいおい、なんて顔をしている、惚けている場合じゃないだろ」

「……セフィロス……君はなぜ……? もし、もしオメガを倒せても……無事に戻れる保証など……」

「バカを言うな」

 私の言葉は、ひどくあっさりと遮られた。

「オレは生きてあの家に帰る。まだこれから為すべきことがあるからな」

「セフィロス……」

 呪文のようなその名をつぶやく。愚かで臆病な私に力を分けてくれる……その人の名前を……

 

「そしておまえを一緒に連れてゆく。まずはあの家へ……それから約束の地へ、だ」

「……セフィロス……君は……」

「やれやれ、泣き虫が。さっさとケリをつけるぞ!」

 そういうと、彼は長刀を構え、空を蹴った。

 すぐさま私も後に続いた。

 

 セフィロスの背には、美しい黒曜石のような片翼がはためいていた。