嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<38>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

  

 

 

 

「……ああッ!」

「な、なんだ、これは……!!」

 とてもではないが、二本の足で立っていられる揺れではない。

 ガクンという縦揺れの後、縦横間断ない振動……いや、激震と表現すべきだろう。

 

「おい、オレに掴まれ、ヴィンセント!」

「……で、でも、き、君の傷が……」

「バカタレ! そんなこと言っている場合か!」

 今度こそセフィロスに叱りつけられた後、私は異様な光景を目にした。

 

 ずるずると黒い影が蠢く。……それはまるで、地に澱む汚泥が蠕動するようにも見える。

 ぐったりと瓦礫にもたれかけ、すでに身動きしなくなったヴァイス。彼に向かってその塊は、ずるりずるりと忍び寄るのだ。

 

「…………ん …………い……さん……」

 ボロボロに焼けこげた、黒い物体が手を伸ばす。

 この時点でようやく私は、『アレ』がずたぼろになったネロだと視覚した。

 

「にい……さん…… ひ、とつ……になろう……」

 聞き取れないほどに掠れた声。

「僕……と…… ひとつ……に……」

 

    

「なんだ、あれは……? さっきの緊縛野郎か?」

「……あ、ああ、ネロだ」

 ごくりと唾を飲み込み、私は頷いた。

「この地鳴りは、あの野郎と白髪男の身体が感応してやがるのか?」

 答えを待たずに、セフィロスはザッと立ち上がった。いわれるままに、彼の腕につかまっていた私を引き離して。

「チッ……まだ終わりじゃないのか! 厄介な! おい、おまえは退がっていろ、ヴィンセント!」

「セ、セフィロス……!」

「野郎どもにとどめを刺してくる!」

「ああ、待っ……!」

 制止など聞き止めもせずに、動き出すセフィロス。

 先ほどまで肩を貸して歩いていたのに……いったい何がそこまで君を駆り立てるのだろう。

 ヴァイスの肉体にはオメガが宿っている。セフィロスはともかく、ヴァイス自身が激烈な致命傷を負っている。あの創痍で戦えるとは思えないが、オメガが目覚めるとなれば話は別だ。

 

『兄さん、ひとつになろう』

 ネロの……あの言葉の意味が気にかかる。

 私はすぐさま、セフィロスの後を追った。いくら退がっていろと言われても、この時ばかりは素直に彼の言うことを聞くわけにはいかなかったのだ……

 

 

 

 

「……おい、緊縛野郎! もはや貴様らとの決着はついたはずだ。あのクソ科学者に身体を乗っ取られるような間抜け野郎なんざ、このオレ様の相手ではないッ!」

「……ふふふ……あなた……は…… 兄さんを知らない……」

 口の端から赤黒い血を滴らせ、ネロが嗤う。

「だからなんだッ! ……おまえらの負けだッ!  ヴィンセントは返してもらう!」

「くっくっくっ……フハハハハ!」

「……なにがおかしいッ!」

「何がおかしいですって……? ああ、本当に面白い!! さぁ、兄さん……僕はここです……!」

「あぶないッ! セフィロス……!!」

 私はするどく叫んだ。

 先ほどまでぐったりと頽れていたヴァイスがゆらりと立ち上がったのだ。

 『気』が満ち、周囲のものから自らの肉体を、真空バリアで被ったようにピシピシと弾き返す。

 未だに厖とした様子であったが、そこに宝条の気配はない。

 

 セフィロスは長刀を片手に、慎重にヴァイスに向き直った……

 

 

『………………』 

 二言三言、何かをつぶやくヴァイス。だが、その声はあまりに低く小さすぎて、私の位置から聞き取ることはできなかった。

「ああ……そうだね……兄さん……ずっと……一緒に……」

『………………』

「ひとつに……なろう……!」

 

 パァァァとまばゆいばかりの光が私たちの視界を奪う。

 セフィロスも息を飲んで、状況を見守るばかりだった。

 

 何が起きたのか?

 黒と白がひとつに重なり……彼らにいったい何が……?

 

 わずかな間隙の後、ネロの姿はそこにはなくなっていた。

 ヴァイスの巨躯が、仁王立ちになりおぼろげな光を放っている。

 その輝きは、間違いなく彼の肉体の内部から放たれたものであり、それを示すかのようにガラス玉のような双眸が、黄金色に覚醒した。

 

 バチ……バチバチッ……!

 

 帯電が炸裂する。実際、彼は指一本動かさず、降りかかる瓦礫を弾き返しているのだ。

  

「……オメガ……」           

 その言葉が、自らの口からこぼれ落ちるのを、私は他人事のように聞いていた……