嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<29>
 セフィロス
 

 

 

  
 

 

 

「ヴィンセント、ヴィンセント!」

「ヴィンセント、大丈夫ッ?」

 途端ににぎやかになるクソガキども。

 

 まだ、すべてが終わったわけでもないのに、今の闘いの勝利でこれだけ嬉しそうな表情を見せるのは、それだけ相手の力が強大だと認識してのことだ。

 取るに足りぬ輩なら、いちいち感情を表に出す必要など無いのだから。

 

「ヴィンセントーッ! ヴィンセントッ!」

「ヴィンセントッ! ヴィンセントッ! ねぇ、元気だった? どこも怪我ない?」

「おい、ちょっ……カダージュ! ロッズ、離れろよッ! 少しは俺に遠慮しろッ!」

「兄さん、ゴメンねぇ。この子たちもヴィンセントのことが大好きだからさァ」

 そんな会話をしているのを、オレは我ながら穏やかな気持ちで眺めていた。

 

「ヴィンセントッ! ヴィンセントッ!」

「ヴィンセント、あのね! 僕ねッ!」

「……ロッズ……カダージュ……ありがとう……来てくれて」

 ガキどもの頭をそっと撫でるヴィンセント。

「カダージュ……? 怪我をしてしまったのか?」

「う、うんっ。でも大丈夫!もう痛くないもん!」

「……可哀想に、こんな傷を……少し、血が滲んで来てしまっている……痛いか?」

 大げさな白包帯を巻き付けている、カダージュのガキの額に手を宛て、眉を顰めるヴィンセント。

「ううん! 大丈夫だってばッ! あのね、僕ね、がんばったんだよッ! 狼男……っていうか、熊みたいなおっきいヤツ倒したのッ! これはそんときの名誉の負傷!」

「俺!俺だって頑張ったんだからッ! あいつを仕留めたの、俺だもんッ!」

「なんだよ、偉そうに、ロッズ! 僕がヤツを引きつけてたからやっつけられたんだろッ! ね、ヴィンセント、僕がヤツを……」

「ああ、ロッズ……カダージュ……ありがとう……すまなかった……」

「ね、ね、ヴィンセント! 僕のこと見直した!? 僕、もう大人だよね!? 僕のこと、ちゃんと好きだよね!?」

「ああ、カダージュばっかずるいぞ! 俺だって、ヴィンセントのこと……」

 まるきり、母親を争う子どもふたりだ。

 クラウドなど、最初から押しのけられ、ケンカの中に入れてももらえない。そんなことを考えていると、要領のいい仲裁役のイロケムシが割って入った。

 ……コイツこそ、ヴィンセントに言いたいことは、ひとつふたつではないだろう。

 

「ほらほらケンカしない、ヴィンセントが困っちゃうだろ、ふたりとも」

「あ……ヤズー……あの……あの……」

 ヴィンセントもそう感じているのだろう。ヤズーに対してはどういう言葉で謝罪すべきが迷っているようだった。

「あの……わ、私は……」

「ふふ、おかえりなさい、ヴィンセント。ホントはあの家でそう言いたかったんだけどね。ま、さっさと片づけておうちに帰ろう? ヴィンもあなたの帰りを待っているよ」

 ヤツのその言葉を聞いた途端だった。

 これまで気丈に振る舞ってきたヴィンセントの瞳から、ボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。

「あ……ヤ、ヤズー……す、すまな……」

 震える手を口元に宛て、嗚咽を堪えるヴィンセント。

 騒々しく大泣きしたクラウドとはまったく様相は異なるが、ここにきて初めて本格的に涙腺が緩んだようだ。

「……ほんと……に……すまな……わたしは……私は……!」

「あ〜あ、泣いちゃったァ。ヤダなぁ、怒ったりしてないよ。あなたが無事で本当によかった」

「……すまなかった……結局……こんな迷惑を掛けることになってしまった……」

「おやおや、他人行儀だねぇ。いつも言ってるでしょ。俺たち兄弟は、あなたのことが大好きなんだよ、ヴィンセント」

「…………ッ……」

「ああ、ほらほら。まだ御大が残ってるんでしょ。安心するのはそいつ倒してからでしょ」

 肩をふるわせて俯くヴィンセントの肩を抱いて、背を軽く叩いてやるヤズー。

 

 ……気の毒なクラウド。一番美味しい役目はしっかり奪われている。

 もっとも、再会するなり、いきなり大泣きしたクソガキなのだから、致し方ないとは言えようが。まだまだ守る側に回るには、幼さの残るクラウド。

 くやしければ早く成長しろ。バカめ。

 

 

「おい、おまえら。なにを和んでやがる。さっさと敵の大将を見つけるぞ」

 オレがそう声を掛けたときである。

 足下に転がしたままの、ネロの遺骸がびくりと動いた……ような気がした。

 

「……む?」

「セフィ? どうしたんだよ?」

 不思議そうなクラウドの声。それにも答えず、すでに暖かみを無くしたはずの骸をじっと見つめた。

 

「下がれ、クソガキッ!」 

 オレは叫ぶと同時に後ろに飛び退いた。

 

 ズズズズズ……

 黒い肢体が、ヤツ本人の意志に反した形で、ズルズルと持ち上がる。

 ヴィンセントのような紅の双眸は、暗く澱み、そこに生気は感じられない。

 

「…………」

 半開きの唇から、言葉は出ない。

 惚けたようなツラで、よろけたように身を引きずる。

 蒼白い……それこそ死人のような手が前へ持ち上げられる。何かにすがるように……

 指先には、禍々しい黒色に染められた長い爪……

 

「……おい、貴様……」

『…………さん……』

 掠れた声が何かを綴る。だが聞き取れないほどの小さな声だ。

 チャッとヤズーとヴィンセントが銃を構える。クラウドのクソガキも大剣を握り直す。 

「に……い……さん……」

 『兄さん』?

 ……兄さんと言ったのか……?

 

 ネロの手が伸び、虚空を掴もうと持ち上がる。

 

 サァッと黒霧が晴れ、周囲の景色が一転した。

 今まではまるで月面を歩いているような気分だった。どこまでも漆黒の闇、闇、闇……そして、その中にポカリと白い円盤のようなものが見えた。足もともほとんど知覚できないような暗さで、とにかく無限の空間に放り出された気分だったのだ。

 現れた風景は、ひどく近代的なものだった。

 部屋の中央に巨大な試験管をひっくり返した形状のポッド。その前に椅子のようなものが設置してある。

 そこを中心として、見たこともないような器械立ち並んでいる。

 

 いや……肝心なのはそこではない。

 

「セフィロス……あれ……」

 クラウドが低くつぶやいた。

 そう……オレも気づいていた。

 椅子の上に、誰かが座っていた。

 白髪の……男……?

 

 ネロはズルズルと傷ついた身体を引きずり、その場所に向かって歩き出した。

「にい……さん…… ああ……に、いさん……」

 

 オレたちはすぐさま、ネロに追いつき、とどめを刺すべきであったのだろう。そしてあの場所で眠る男の心臓に刃を突き立てるべきだったのだ。

 だが、クラウドもヴィンセントも、そして三兄弟のだれもが、その場に釘付けになったように微動だにしない。

 ……このオレもそうだった。

 『このオレでさえも。』

 

 あの椅子に座った男。

 今ようやく顔をもたげ、半眼を見開いているあの野郎……

 

 もはや疑うべくもなかった。

 あいつがDGの統領だ。

 纏う『気』の大きさが他の連中とは段違いだった。肉体は普通の男と変わらない。

 にも関わらず、ヤツを取り巻くオーラが、その筋肉質な身体を二倍にも三倍にも見せている。

 うかつに近寄ったら、はじき飛ばされそうな、ギシギシに張りつめた気……

 

 オレは、マサムネをそっと握り直した……