嗚呼、吾が愛しの君。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<19>
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、やり過ごせたようだな」

 俺はそうつぶやき立ち上がった。

 

「ねぇねぇ、セフィ、ひとりだけ? ヤズーたちは?」

 と、クラウド。

「別の場所を任せてある。いずれはこのビル内で落ち合う予定だ」

「そ、そっか」

「では、オレはもう行く。まぁ、せいぜい頑張れ、クラウド」

「あッ……ちょっ……待ってよ! 俺も一緒に行く!」

「フフ……なんだ、怖いのか?」

 服の端を握りしめてきたクラウドに、意地悪な笑みを浮かべてやった。

「バカにすんな、そんなんじゃないよッ! で、でも、どーせ、同じ場所行くんだから、一緒に行った方がいいじゃんっ!」

「よしよし、仕方のない子だな。足を引っ張るなよ、いいな?」

「シツレーだぞッ」

 うるさいツレを伴い、フロアを降り進んで行く。

 そろそろ意中の人物と遭遇できてもおかしくないと思うのだが、ヴィンセントはかなりの速さで目的地を目指しているようだった。

 

 アイツの腕前は生半可ではない。

 そう考えれば、DGとはいえ、木っ端連中が束になってかかっても、ヤツの足止め程度にしかならんだろう。

 ……となると、ツヴィエートどもは別の場所に居るのだろうか。

 さすがにヴィンセントといえども、やつら相手には多少なりとも手こずるはずだ。その様子がないとなると、策が功を奏したのかも知れない。

 ツヴィエートどもが、神羅ビルに結集する前に立ち寄りそうな場所……魔晄炉近くの列車墓場と中央塔にガキどもを配備しのは成功だったようだ。

 

「エィァァァァァ!」

「ウォォォォ!」

 そんなことを考えている間に、DG残党どもに斬りかかられる。

「セフィ! あぶない!」

 クラウドが左から斬り込んできた輩を排除し、オレがもう一方を叩き伏せた。

「ぐぅぅぅ……」

「ご……ぅ」

 マスクの中で不気味な音を発し、ふたつの巨躯はドサドサと床に転がった。

 

「ほぅら! 俺と一緒に居てよかったでしょ!」

「エラソーに、クソガキがッ! 鬼の首を取ったようにハシャギやがって」

「なんだよ、たまには誉めてくれたっていいじゃん! 俺、誉められて伸びるタイプだから! アンタの新人教育が悪かったんだよッ!」

 ガキの頃は、クソデカイ瞳を揺らめかせて、「ゴメンナサイ」などとしおらしく謝罪していたくせに。年月とは残酷なものだ。あの可愛い天使が、こんなクソ憎たらしい野郎に成長するとは!

 

「セフィはだいたい教育とかに向いてないんだよね。『教え、育てる』ことにはさァ! むしろ調教とか、そーゆーほうにいっちゃうもんね!」

「黙れッ! 誰に向かって口を聞いている! おまえはそんな子ではなかったはずだろうッ! 昔はもっとずっと可愛らしかったのに!」

「なんだと! 俺、全然変わってないもん! 今だってカッコよくて可愛いもんッ!」

「ウソをつけ! ガキの頃はおずおず引っ付いてきたくせに! それとも猫かぶりでもしてやがったのかッ! ハッ、大したタマだな、クラウド!」

「なにそれッ? こんなときにそーゆーコト言う? ヴィンセントのことで落ち込んでる俺に、そんなひどいこと言うんだ!」

「なーにが『落ち込んでる』だ。いつも以上に騒々しいじゃないか!」

「無理して元気出してるに決まってるじゃん! そんなのに無神経なコト言いやがって、あり得ないッ! 信じらんないよッ! 昔のセフィはもっとやさしかったもん! たまに意地悪することもあったけど、フツーのときはもっとやさしかった! 変わったのはセフィロスのほうだろ!」

「こいつ! もういっぺん言って見ろッ!」

「何度だって言ってやるよ! セフィのほうがヤな奴になっただけだもんッ! 俺、あのヴィンセントに愛されてんだからッ! 一番大事にされてるんだからねッ!」

 子犬がシャーと牙を剥くように、背伸びして怒鳴るクラウド。

 どんなに大きく見せようとしても、オレから見たら赤子も同然だ。

 

「このクソ生意気なガキが! 少しばかり年を食ったからといって大人ぶるな! それとも年長の恋人が居ることがそんなに自慢か? ええ? ヴィンセントの物好き野郎だからこそ、なんとか続いているだけだろーがッ!」

 ほとんど禁句と言うべき言葉を、俺は立て続けに並べた。

 さすがに頬を真っ赤にして、クラウドが言い返す。我ながら、こんなくだらん言い争いをしている場合じゃないだろうと思う。にも関わらず、次から次へとクラウドを非難する言葉が口をついて出るのであった。

 

「うぬぼれるなよ、クソガキ! せいぜい、あの寛大な恋人を大事にしろ。誰かに横取りされんようにな」

「誰かって誰だよ」

「さてな! とにかくおまえのクソワガママぶりに付き合えるのは、あのお人好しくらいだろ!」

「ひっどーい! ひどい、ひどいよ、セフィ! それじゃまるで、いつも俺がヴィンセント困らせてたみたいじゃんかッ! 俺、そんなことしてないもんっ! ヴィンセントには紳士的に振る舞ってるもん!」

「なーにが、『もん!』だッ! だいたい貴様の物言いからして、ガキ丸出しだ、クラウド! これまでだって何度も愛想尽かされかけてるんだろうがッ!」

「いつ?いつだよッ! アンタなんて俺たちのこと、そんなに知らないでしょッ?」

「オレをそこらの凡人と一緒にするな! オレにわからぬことなどあるか、容易に想像がつくわ、ボケ!」

「エラソーなのはそっちだろッ! うちの居候のくせに! 言っておくけど、戸主は俺だぞ!」

「この野郎! 口の減らないガキがッ!」

「うるさいッ! いつまでも保護者ヅラすんなッ!」

 

 ……いやいや、いささかオレも大人げなかったと思う。

 噛みついてくる子犬に、狼が本気を出してどうするのだ。

 とはいうものの、ギャンギャン吠えかかる様は鬱陶しいし、正直、オレは短気な男であった。

 

「きぃぃぃ!」

「噛みつくな! クソガキ!」

 バキッ!

「イタッ! 今本気でぶった〜ッ! バカになったらどうしてくれんだよ!」

「安心しろ。それ以上バカにはならん」

「うるさ〜い! この性欲魔人がーッ!」

「なんだと、いつからおまえはそんな下品な言葉を使う子になったんだ! 躾し直してやるッ!」

「イタタタタッ! 何すんだよッ! 暴力反対!」

「おまえが聞き分けないクソガキだから悪いんだろーがッ!」

 

 ガゥンガゥンガゥン!

 

 そのときであった。オレたちの真下のフロア……まさしく足の下から銃声が響いた。
 
 
  

 ★
 
  
 

「ちっ……おまえのせいでまたアシがついたではないか! めんどうな!」

「…………」

「……おい?」

「……違うよ、セフィロス……」

「……なんだと? どうした……?」

「違うッ! これ……これ、ヴィンセントだッ!」

 そういうと、小粒のガキはまさしく弾丸のごとく飛び出した。やや遅れを取り、後を追う。

 

「おい……なぜヴィンセントだなどとわかる? 銃声を聞いただけだろッ!」

「ううん! ヴィンセント、絶対、ヴィンセントッッ!」

「だから何故だと聞いてんだろうがッ!」

「ヴィンセント……ヴィンセントの銃ッ! フツーのヤツと違うから! あれは絶対、ケルベロスの銃声だと思うッ!」

 話は終わりとばかりに、クラウドは加速した。

 まったくもって、コマネズミのようにすばしこいヤツだ。

 

 ……ケルベロス……か。

 そういえば、一度だけ、銃口が三つある、銀の美しい銃を目にしたことがある。

 人殺しの道具だからと、あの家ではめったに取り出すことはなかったが、元軍人としてきちんと手入れはしていたのだろう。

 しかしケルベロスとは……三つの首と蛇の尾を持つ冥府の番犬のことだ。あのやさしげな男が持つには、いささか険しい名だと思うのだが、本人は自らにふさわしいなどと言うだろう。

 

 バタバタバタッ!

 固いフロアに響き渡る足音も気にせず、クラウドは走り続けた。

 

「ヴィンセント……ッ! ヴィンセントーッ!」

 悲痛な……今にも泣き出さんばかりの声音で大切な人間の名を呼ぶクラウド。

 さすがにもはや「大声を出すな」と叱る気にはなれなかった。

 

「ヴィンセントーッ!」

 まっすぐに……わき目もふらず走るクラウド。

 その確信に満ちた足取りは、何の迷いも感じられなかった。

 

 ………………!!!

 

 ……紅のマントを翻し、細い長身がこちらを振り返った……