ハローベイビー 〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜 <35> KHセフィロス
「……昨夜より、大分具合はいいが」
とってつけたように、私はつぶやいた。
「うーん、そうだね。でもやっぱり本調子とは言えないでしょう。微熱があるもの」
ひょいと両手を広げて、いたずらっぽく彼はささやいた。
「そうだな。油断は大敵だ。先日手術をしたばかりなのだから。しっかりと栄養を取って回復に努めるべきだ」
というセリフはヴィンセントのものだ。なんだかその物言いが、とある人物に似ていて吹き出しそうになる。
あの男……スコール・レオンハートのことである。
彼もよく顰め面をして、くどくどと説教をする。謝罪を口にするときですら、生真面目で理屈っぽいのだ。
「……せっかくだが、あと一時間程度で、空間の連結が生じる。行かねばならない」
私は当初の予定を口にした。
「ええッ!?」
「そんなッ!」
「みゅみゅんッ!?」
……先日、クラウドには告げたと思ったのだが……
美貌のふたりは、異口同音とばかりに、驚きと非難を含んだ声を上げた。子猫も調子を合わせて声を上げる様が妙に可笑しかった。
「ちょっ……ちょっと待ってよ! 元に戻れる絶好の機会だっていうのはわかるけど、さすがに無茶じゃない? だって、昨日手術したんだよ? 傷口開いて縫い合わせたんだよ? 昨夜だって、熱が出て鎮痛剤飲んだでしょ?」
その言葉にヴィンセントがヤズーを見る。おのれの預かり知らぬところで、そんなことがあったのがショックだったのかもしれない。
「今朝だって、ほら、見てご覧よ。昨日ほど高くはないけど、微熱があるでしょう? せめてもう少し落ち着くまで待つことは出来ないの?」
「みゅんみゅん」
「……ホロウバスティオンに繋がるのは、あの場所しかない」
ぼそりと私はそう答えた。膝に乗ってきた子猫を、楽な方の腕で撫でながら。
……その言葉は決してウソではない。確かにこの世界には、頻繁に空間の連結が生じているようだ。これは不可思議な現象と言う他はない。しばらく時を経れば、またどこかに、亀裂が生じ、上手い具合に目的の場所に帰れるかもしれない。
だが、それはあくまでも希望的観測で、少なくとも現時点において、確実に『ホロウバスティオンに繋がる』のは、今日の正午……あの海岸線でしかないのだ。
他には、この家の中庭に生じた「連結の芽」は、数日後には移動可能な空間にはなるだろうが、残念ながらそこに繋がる異空間は私の目的地ではない。
……一応、ホロウバスティオンと同じ時空に存在する場所ではあるのだが……私はそこへ行ったこともないし、名前を耳にすることがある程度だ。
「うーん……困ったなァ。だって一時間後って……自分でも無茶だと思わない?」
覗き込むようにして、ヤズーは私に尋ねてきた。
「にゅんにゅん?」
とヴィンも私を覗き込む。
……まぁ、確かに。
認めたくはないが、起き上がってテラスに歩くのにもフラついたし、片腕は動かすどころか、触れられることさえ苦痛なのだ。
「………………」
私は沈黙した。
「その……あなたがホロウバスティオンに戻りたいって気持ちはよくわかるよ。この前だって、兄さんに邪魔されたんだもんね。予定外に」
その言葉に頷いてみせた。
「でもさ、もし、あなたがこの場所が嫌でないのなら……次のチャンスを待たない?」
「…………」
「確かに、いつになるか読めないのかも知れないけど……でも、この場所へやってきたのって、二、三週間前程度だよね? で、次に繋がるのが今日の昼……だったらさ、次回もそれほど待たされないんじゃないかな」
「…………」
「仮に少々間が開いたとしても、うちでゆっくりしてればいいんだから。今、無茶をしたら、向こうに戻ってからが厄介だと思うよ?」
……確かに、ヤズーの言葉には理があるのだが……
「37.4℃は微熱ではない!」
唐突に声を上げたのはヴィンセントであった。さすがのヤズーもびっくりして彼を見つめる。
「『セフィロス』、この家は嫌だろうか……? 耐え難いほどに居心地が悪いのだろうか……?」
「ちょ、ちょっと、ヴィンセント……」
「別に……そのようなことは……」
「クラウドは多少気が利かないところはあるかもしれないが、本質的にはとても真っ直ぐでよい青年だし、ヤズーの弟たちも素直な良い子たちだ。そして皆、君の身を本当に案じている」
膝を折って、掻き口説くようにそう告げられ、私は二の句が継げなくなった。
「…………」
「うちのセフィロスは……もうひとりの『君』は、物言いはきつくとも、本心はひどく繊細で気遣いのある優しい人物なのだ。いささか照れ屋のところもあるから、言葉が冷たく感じるかもしれないが、それは本意ではないのだ。もちろん、君のことを大切に思っている」
「ちょっと、ヴィンセント、それ誰の話?」
などと、ヤズーがツケツケという様がおかしくて、私は思わず片手で口元を押さえた。当然動かしたのは怪我をしていないほうの腕だ。
「ヤズーは……ほら、見てのとおり、姿形も心の中も素晴らしく綺麗な人で、愚鈍な私にはできぬ心遣いをしてくれる。だから……だから……『セフィロス』……」
「……ああ、申し出は……ありがたいのだが……」
やはり私は多少の無理を押してでも、ホロウバスティオンに戻るべきだと思った。私にとって、他人の世話になるという経験は、圧倒的に不足していたし、彼らも扱いに困惑するだろう。
私自身どのようにふるまえばよいのか、考えるだけでひどく疲労しそうであったから……
「……どうしてもダメなのだろうか? 次の機会まで、ここで傷を癒し、ゆっくりと静養していってはどうだろうか?」
「…………」
なかなか返答が出来ず、またもや沈黙する私。
もともと、あまり口を聞くことがないのだ。次から次へと疑問符で問いかけられると、すぐに言葉に窮してしまう。
「ああッ ……もしかして……」
ハッと青ざめ、彼は色味の薄い口唇を両手で塞ぐ。
一連の動作がまるで新劇ばりに大げさで、私はマジマジと整った蒼白い顔を凝視してしまった。
それを一体どう理解したのか、ヴィンセントはたちまち紅い瞳を、ゆらゆらと揺らめかせた。
「ああ……やはり……そうだったのだな……」
苦しげにつぶやくヴィンセント。
「……あの……どう……?」
「……ああ、私はなんと都合の良い夢を見ていたのだろう…… 君の立場に立てばそう感じるのも……もっともだと言うのに……」
「……あの……何の話をしているのだ?」
そう聞き返した、私の言葉が聞こえなかったのか、彼は憑かれたように自虐的な言葉を吐いた。
「そうなのだ……私はいつも独りよがりで……」
確かに今の彼の態度は、独りよがり以外の何ものでもないだろう。
「私など、君には何のゆかりもない人間なのに……こんな形で一方的に迷惑を掛けてしまって……君が私を不快に思うのはごく当然のことだ。少し落ち着いて考えればわかることなのに……君がとてもやさしいから……もしかしたら……と……」
「おい……」
「嫌われてはいないのかと思って…… この場所を忌んではいないのかと勘違いして…… ああ、すまない…… クラウドのことなど言えないな……私自身もひどく気の利かない無神経な人間だ……」
「いや……だから……少し、落ち着け」
ボタボタと惜しげもなく涙が床にこぼれ落ちる。私は惚けたようにその様を眺めていた。
慌てて慰めるヤズー。
「ああッ、ヴィンセントどうしたのッ!? どっか痛いのッ!?」
と、さきほどの子ども……カダージュが飛び込んでくる。ロッズも顔を覗かせた。
「ウソッ、ヴィンセントがどうしたって!? おい、ちょっ……ヤズー!おまえがついていながら何やってんだよッ! コルアァァ! ヴィンセント、どうしたの? ね、どっか具合悪いの?」
と、怒濤のごとく言い寄ってくるのは、クラウドであった。
「……いや、だからね……」
ほとほとに困惑したヤズーが、苦笑しつつ説明をしてくれる。
彼らは、「今日の正午」という情報に、一様に吃驚し、その話をうろ覚えにしていたクラウドを非難するのであった。
いつの間にか、知った顔が……セフィロスまでもが、サンルームにやってきて、一緒になって大げさに騒ぎ出した。(というか、クラウドをからかいだした)
……いったい、この家はどうなっているのだろうか……?
私はただ黙ったまま、目の前の悲喜劇を見守っていた……