ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<22>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 

「う、うっそォォォォ……!!」

 開口一番、飛び出したのはバカ丸出しのそんなセリフだった。

「ど、どうした……?」

 と怪訝そうに背後のヴィンセントが訊ねる。当然だろう、いきなりそんな場違いなセリフを吐けば。

 天蓋付きのベッド……わずかに窓を開いているのか、緩やかな風がレースのカーテンを波立たせている。

 きっと、俺たちが騒々しくしたせいだろう。

 この部屋の主は、ひどくわずらわしげな面もちで、長椅子に寄りかかっていた。

 表情の乏しい美貌が、無感動にこちらを眺めている。

 服装はさすがに別れたときのロングコートではなかった。黒のスラックスにアイボリーのシャツ……アスコットタイ付きの、クラシックなそれは『セフィロス』によく似合っていた。

 ヴィンセントに押し出されるようにして、俺は室内に入った。

 無遠慮な闖入者に彼の目つきがきつくなる。

 

 彼……そう……見慣れた顔だ。

 そこに居るのは、もうひとつの世界のセフィロスであった……

「セ、セフィ……こんなとこに居たんだ……」

 言葉が見つからなくて、間抜けたことを言ってしまう。彼が自らの世界に帰り損なったのは俺のせいなのだ。何度も謝罪したが、許してくれるどころか、まるで何かに怯えたように姿を消してしまった……そのセフィロスが目の前に居る。

「………………」

「あ、あの……し、心配したんだよ?」

「……よけいなことだ」

 ついと顔を背けた後、俺の他にもうひとり居るのに気付いたのだろう、目線をヴィンセントに投げかける。

「……あ、あの、この人、ヴィンセント! ほら、前から何度も話したじゃない? 俺の一番大事な人! ヴィンセント、向こうの世界のセフィだよ。いろいろ世話になってて…………ヴィンセント……?」

 黙ったままのヴィンセント。

 石像のように立ちつくす様子が気になって、その顔を覗き込んでみる。

 

 ……真っ赤に染まった頬、それとは対照的に、色味の薄い口唇……緊張しているのか、顎のあたりが小刻みに震え、切れ長の双眸がセフィロスを見つめている。潤んだ瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうであった。

「ヴィンセント、……どうしたの?」

「え、あ……ああ、あ……クラウド、この子を……ちょっと……」

 ヴィンセントの腕から赤ん坊を預かる。

 『母親』から引き離されたせいか、ガキんちょは「ふぇっふぇっ」とぐずりだした。

 ヴィンセントが慎重な足取りで、『セフィロス』の側に寄った。

「は、は、は、はじめ……まして…… うちの家の者が……たいそう迷惑をかけたそうで……本当に申し訳ない」

 直立不動で言うのもおかしいと思ったのだろう。

 彼はおずおずと片手を差し出した。

「…………」

「あ、あの……本当に……君を困惑させることになってしまって……クラウドも悪気はないのだが……どう謝罪していいか……」

 今にも泣き出しそうな心持ちと、『セフィロス』に逢えたという興奮……それらが混じり合って混乱しているのだろう。

 空に浮いたままのヴィンセントの手……

 それをじっと見つめる『セフィロス』……

 すると、ふいに、『セフィロス』が微かに口を開いた。スッとヴィンセントに目線を戻して……

「……ヴィ……ン……セント……?」

聞き取れるか聞き取れないかというほどの、小さな……そして低い声。

「ヴィンセント・ヴァレンタインという……! 君に逢えて本当に嬉しく思う……!」

 興奮した口調で、ヴィンセントは言った。

 ……この一刻の猶予もならぬ状況の中で、だ。

「ヴィンセント……ヴァレンタイン……? ……何なのだ?」

「え?」

「手……」

 ぼそっと小声でつぶやく『セフィロス』。

 手を差し出す行為の意味がわからないのだろう。不思議そうに片手を見つめ、眉を顰めて問う。

「ああ、それ握手だよ、セフィ。あ、ヴィンセント、セフィはちょっとズレてるから。みんなが知ってること知らないし。ポカリもクレープもわかんないんだから」

 ヘラヘラと笑いながらそう言うと、

「クラウド、失礼だろうッ!」

 と、まるで連れ子に言い聞かせるように、俺を叱責した。

「あ、あの、差し支えなかったら、握手してもらえないだろうか? 君は我々にとっての恩人だし……逢うことができて本当に嬉しいから……」

「……よくわからぬが…… どうすればいいのだ……?」

「え……あ、あの……」

「手、握ればいいの」

 俺はため息混じりに、端的に説明してやった。

 すると、まるで子どもが親の言葉を反芻するように、彼は俺の言葉通り、ヴィンセントの手を握り、

「これでいいのか……?」

 と言った。ちなみに手は繋いだままだ。

 ヴィンセントの頬がさらに紅く上気する。

「あ、あ、あ、あ、あり……あり……」

「……蟻?」

「あり……ありがとう! ありがとう、『セフィロス』……!」

 心から礼を言うヴィンセント。

 どうして、ヴィンセントは、こんなにも彼にこだわるのだろうか……? できることなら、この場でそう訊いてやりたいところであったが、さすがに非常時であることは自覚していた。

 

「……で? 今度は何事だ…… 本当におまえはこの私の邪魔をしてくれるな……」

 ようやくヴィンセントの手を放したセフィロスが煩わしげにそう訊ねた。手を外すタイミングがわからないのだろう。ずっと握り合ったまま、おかしなふうに揺らしていたのだ。
 
「あ、う、うん……実はね……」

「ふえぇぇぇ〜、ふぎゃぁぁん……!」

「……なんだ……おまえには子が居たのか? ……器用だな、ヴィンセント・ヴァレンタイン……」

 なにを考えているのか、そんなことを言い出す、『セフィロス』。

「ちょっ……もう、何言ってんだか。そんなはずないでしょ」

 と否定しておいてから言葉を続けた。

「この子は事情があって預かったの。面倒事でね……悪い連中に追われてるんだよ。俺たち、となりの部屋取ってて、本当ならそろそろ迎えがくるはずなんだけど……」

 こんな形で切り出し、これまでの経緯を『セフィロス』に説明した。もちろん、俺の言葉が足りないところはヴィンセントが上手に補ってくれる。

 

 


 
  

「……なるほどな。相変わらず面倒に巻き込まれる子どもだな」

「ちょっ……今の子どもって赤ちゃんのことじゃないよね? 言っておくけど俺、23だからッ! 子どもじゃないからねッ!」

「よしなさい、クラウド……声を荒げるものではない」

「もぉッ! ヴィンセント、どっちの味方なのッ! ヴィンセントも俺のこと、子どもだって思ってんのッ!? 恋人でしょッ!?」

「静かに……」

 そんなふうに宥められる。

「そんなわけで大変恐縮なのだが、迎えが来る間、ここへおいてはいただけないだろうか?」

 両手を組み合わさんばかりに、ヴィンセントが希った。

「……好きにすればいい」

 セフィロスの返答は端的であまりに呆気なかった。

「ありがとう、セフィロス。本当に申し訳ない」

「……私にとってはどうでもいいことだ。それほど長い時間では無かろうしな」

「あ、ああ。早ければ、もうまもなく……遅くとも明日の正午までには……」

「そうか。私は明日の昼にはもういない」

 素っ気なくセフィロスが言った。

「なに?どういうことなの?」

「……決まっていよう、元の場所に戻る」

「ほ、ほんと!? 戻り方わかったのッ!? よかった……ああ〜、よかったね〜。俺もホッとした〜……」

「『戻り方』は元からわかっている。……その機会に恵まれたというだけのことだ」

「だって、もしかしたら数年もこのままとか……そういうことだってあるって言ってたじゃない。空間が繋がらなければ永久に帰れないって……」

「そのとおりだ。だが、ふたたび空間は繋がるらしい。望外の幸運にもな……それが明日の正午にな」

「『セフィロス』、確かなの?」

「……私には『見える』からな。おまえと違って」

「あー、さいですか!」

 見えない俺はぶーたれた。