ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<21>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 横になったクラウドの身体を激しく揺する。可哀想だと思ったが、最後は白い頬を打ってやった。

「っつ〜……う……なに、ヴィンセント……?」

「しッ!」

 盗聴されているかも知れない可能性を考え、私は声を潜めた。

「クラウド……しっかりしろッ 気を確かに持ってくれ!」

「ふあぁぁ〜……なに……ヴィンセント……うう〜……なんかダル……」

「有毒ガスだ。ひどく微量だからわかりにくいかもしれないが」

「……う、うそ」

「クラウド、すぐにこの部屋を出るぞ!」

「え、あ……う、うん!」

「声を立てるな……! 盗聴されているかもしれない」

 コクコクとクラウドが頷く。

 私の腕の中で、ヴィンがぐったりと項垂れているのを見て、事の重大さを理解したらしい。すぐに子どもを抱きあげ、長刀を取り上げる。

 

(……ヴィンセント、窓開けないと……)

(そうしたいところだが、狙撃される恐れがあるだろう)

(でも……気持ち……悪い……赤ちゃんもヤバイよね……)

(音を立てずにホテルを出よう。……我々がここから脱出したのが知れたら、また面倒なことになりそうだが……)

 私がそう提案した。こうしている間にも、部屋の空気が汚染されてゆく。

(ヴィンセント、敵が細工したのはこの部屋だけだ。……隣に移ろう!)

(な……?)

(いいから。鍵が開いてなきゃ、最悪ぶっ壊して入ろう。隣室ならレノが来てもわかると思うし、下手に外に飛び出すより安全だ)

 ……確かに。

 クラウドのいうことも一理ある。我々の予約した部屋に仕掛けを施したということは、当然ホテルの外だとて張られていると考えるべきだ。帰って中に留まり、やり過ごした方が安全かもしれない。

 ……だが、鍵を壊すとは……クラウドの考えつくことは、どうにも私の想像の範疇を超えていた。

 私は小声で言葉を返した。

(……確かに。だがとなりに誰か居たら?)

(そんときゃそんときだよ! 一時避難だ。とにかく赤ん坊さえレノに渡しちまえば、多少ヤバくても俺らはなんとかなるし)

 私はそのまま頷いた。

 とにかく……一刻も早く赤ん坊とヴィンを安全な場所に移してやらなければ。

(クラウド、行こう)

(うん……う〜、なんだか動いたら気持ち悪くなっちゃった)

(はやく……!)

 私たちは大急ぎで着替えを済ませ、廊下に出た。窓を伝うのはむしろ危険だと感じたのだ。

 廊下は大理石だから足音には充分注意する。おそらく盗聴器があったとしても、室内だけだと思うし、念のため仕掛けられていそうな場所は洗ったのだった。

 

(ヴィンセント、だいじょうぶ?)

(あ、ああ……どうだ、誰か居てくれそうか?)

 厚いドアに耳をくっつけるクラウド。ノックをしたり声をかけるわけにはいかない。もちろん盗聴を恐れてのことだ。

(うーん……わかんない。気配がないけど……そっちの部屋は?)

(……ダメだ、鍵がかかっている)

(そうか。こっちは……)

 クラウドが取っ手を掴み、音を立てず、ぐっと引っ張った。

 すると木造のドアがごく自然に開いたのだ。私と彼は顔を見合わせた。

(あ、開いたよ、ヴィンセント……!)

(中に人は……?)

(待って……ちょっと……)

 私たちは足音を消したまま、室内に侵入した。重厚な扉をキッチリと締めた後、ようやく止めていた息を吐き出したのであった。

 もう、声を出しても問題はない。

「あの……どなたか……」

「スンマッセーン! ちょっとォ、誰か居ませんかァ!?」

「ク、クラウド……そんなぞんざいな……」

 慌てて私は彼を止めた。

 なぜなら、この部屋……並びの角部屋もスウィートルームなのだから。部屋の内装はそれほど変わっていないが、広さはこちらのほうはあるようだ。一方にドアがあるのは、おそらく寝室に繋がっているのだろう。

 ビロード貼りの中世風の寝椅子……猫足のテーブル……白いバルコニーへつづくシフォンのレースカーテン……洒落たミニバーまで付いている。

 鍵が開いているということは、宿泊者がいるのだろう。

 しかもスウィートルームで居間のほうにいないということは、おそらく寝室で……

「ク、クラウド……ここもスウィートルームのようだ……あまり乱暴な行動は……」

 おずおずと私は口を挟んだ。

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、ヴィンセント。ほら、ヴィンだってつらそうだし……赤ちゃんのこともあるしね。深いところには触れないで、上手く事情説明しようよ。大丈夫、話せばわかってくれるって」

「あ、ああ」

 力無く頷き返した。

 赤の他人相手に、ひどく迷惑だということは心得ている。だがクラウドの言うとおり、非常時ではあるし、他にどうしようもなさそうだったのだ。

「……こっちの部屋にいないとしたら寝室かな〜」

 そういいながら、扉にぴったりと耳を着けるクラウド。

「ク、クラウド……よ、よさないか……ノックすれば……」

「だってさ、スウィートルームなんだよ? 真っ最中だったらキレるでしょ、普通」

「…………」

「ん……声、しないな。ベッドの音も聞こえない」

 明け透けな物言いに顔が熱くなる。

 この世代の青年というものはこういったものなのだろうか。

 

 コンコン!

  

「スイマッセーン、となりの部屋の者なんですけど〜」

 いらえはない。

「あの、ホント、すいまっせーん! ちょっと、お願いごとがあって〜!」

「…………」

「……なんだよ、返事ないじゃん。いないの?」

「ど、どうだろうか……だが、鍵を開け放したまま、外出するというのは……考えにくいと思うのだが……」

「だよね…… えーと、あの、すいまっせーんッッ!!!!」

 クラウドは声を上げたが、それでも扉の向こうは静まり返ったままであった。

「ふぇ……ふぇぇん、ほぇぇ〜……」

 腕の中の赤子が、小さな声をあげてぐずり始めた。ひとまず安心できる。この月齢で中毒症状になったら、医者でなくては対応できまい。

「ク、クラウド……赤ん坊が目を覚ましたようだ」

 私は言った。

「そう?よかった。とにかくちょっと待ってて!」

 クラウドはぐいとドアノブを手にすると、いきなり開け放った。先は寝室だから、もちろん鍵など付いていない。なんの迷いもなく、ズカズカと中に入って行く。

 もちろん、住人は中に……?

「クラウド……! そ、そんないきなり」

 私も赤子を抱き上げ、あわてて後に続いた。