ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<20>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

「クラウド……眠ってしまったのか……?」

 わかりきっていることをつぶやき、私は彼の傍らに歩みをすすめた。

 巨大なダブルベッドの上で、まるで親子のように眠るクラウドと赤ん坊。

 ……おやおや、未だに私はこの子の名を聞いてはいなかった。

 

 私が湯浴みを終えた後、入れ替えでクラウドが風呂に入った。面倒くさがりでのぼせやすい彼は、あまり湯船に浸からないのだが、疲れがとれるから……と促すと、言われるがままに湯に入る。

 なんだかそんな仕草がひどく可愛らしく見えるのだ。

 言葉通り、湯から上がった彼はバラ色に頬を染め、少しばかりのぼせているようであった。

 

 ミルクを飲ませ、おしめを代えた後、ふたたび眠ってくれた赤ちゃんを、ベッドで倒れ込むように寝付いているクラウドの傍らに置いてみたのだ。ほんの悪戯である。

 だが、思いの外、その光景が美しくて……そして愛しくて、私は傍らの椅子にかけて眺めていたのだった。

「ふわぁ〜……なに……? ヴィンセント、何してんのぉ? 夕ご飯まで寝なってば」

「ああ……ふふ、そうしているとまるで親子だ。本当によく似ている」

「俺の方が可愛いもん……」

 ふがふがと寝言のように文句を言う、クラウド。本当にどちらが子どもなのだか。

「……金髪碧眼だからかな……とても可愛らしい」

「どっちが〜〜〜?」

 にじにじとこちらに手を伸ばし、私のローブの帯を引っ張る。

「……ふふ、両方だ」

 と答えた。

「ちぇ〜〜……ふあぁ〜あ。ヴィンセント……寝ないの?」

「ん……そうだな。おまえが心地よさそうなのを見たら……なんだか私も眠たくなってきた」

「はい、どーぞどーぞ」

 おどけて布団を持ち上げてくれるクラウド。

 私が中に入ろうとすると、黒い固まりが「みゅんみゅん!」と鳴きながら駆け寄ってきた。

「……ああ、ヴィン。おまえも眠るか……?」

「にゅんにゅん!」 

 そっと小さな身体を救ってふところに入れる。

 赤ん坊に猫の毛は大丈夫なのかと不安になるが、この子は来た日からアレルギー反応などはなかった。

 クラウド、赤子……そしてヴィンを抱いた私とおかしな構図で横になった。

 時刻は昼を済ませ、午後の日差しが強くなる頃……ほんのわずか横になるだけのつもりだったのに。

 やはり疲れていたのだろうか。

 ずっと眠りに落ちた後、ようやく目覚めたのはとっぷりと日が暮れたころであった……

 

 

「ん……?」

 気怠い目覚め……なんとなく身体がだるい。到底心地よい目覚めとはいえなかった。

 部屋の中はひどく暗い。足元のランプが頼りない光の帯を紡ぎ出している。我々はあのまま眠りこけてしまったわけだから、ライトの調節をする間などなかったのだ。

 私は重い頭を軽く振って、ベッドサイドのルームランプをつけた。

 それでもクラウドはまだ起き出さない。赤ん坊も眠ったままだ。ただ私のふところにいたはずのヴィンの姿だけが見えなかった。

「ヴィン…… ヴィン……? どこだ?」

 ベッドから身体を起こし、座ったままスリッパを突っかける。気恥ずかしくなるようなボアつきのスリッパ。室内は温度調整が為されているから暑苦しくはないのだが……

「ヴィン……?」

 手洗いだろうか?

 窓を開け放しておくのは不用心なので、ヴィンの簡易トイレはバルコニーの手前に置き直したはずなのに……あの子の姿が見えない。

 いつもなら、私が声をかければ愛らしい声で鳴いて飛んでくるのに……

 

「ヴィン……? ヴィン…… どこだ?」

 いよいよ気になって、私は立ち上がった。

 ……なんだか本当にだるい。風邪でも引いてしまったのだろうか?

「ヴィン……?」

「…………ゅ」

「ヴィン? ヴィン……? どこに行ったのだ?」

「……ゅん……にゅ……」

 弱々しい泣き声。

 私は慌てて小さな声のした方へ駆け寄った。

 瀟洒なソファの横……ガラステーブルの下あたりに、黒い固まりが見えた。

「ヴィン!」

 走り寄ろうとするが身体が自由にならない。それでも尋常ならざる子猫の状態に私は可能な限り急いで駆け寄り、抱き上げた。

「にゅ……にゅ……」

 小さな身体が苦しげに痙攣している。

「…………ッ! これは……」

 バカな……! うかつだった……!!

 これは……ガス?

 いや、ちがう。ただのガスなら匂いですぐに気がつくはずだ。

 この頭痛、気怠さ……猫のヴィンは私たち以上に感覚がするどい。、それゆえ鋭敏に察知したのだろう。

 部屋に入ったとき、違和感はまったくなかった。その後……眠った後に仕掛けられたということもあるまい。そんなことが可能なら、眠り込んでいる私たちをさっさと片付けて、目的の赤子を連れ去ればよいのだから。

 

 ……となれば……

 ……やはりもとから仕掛けてあったのだ。おそらくはある一定の時間が経過した後、有毒なガスが発生するように……たとえば揮発性の塗料などで覆われていれば、すぐには気づかなかったろう。

「ヴィン……!」

「みゅ……」

 私は弱々しく鳴き声を上げる子猫を抱きしめ、すぐさま寝室にとって返した。本当ならすぐに窓を開け放ちたかったが、開放した直後に狙撃される恐れもあるのだ。

 寝室にはクラウドと赤ん坊がそのままの姿で眠っていた。そういえば、ここについてからまったくむずがることの無かった赤ん坊……これくらいの月齢ならなかなか長い睡眠を取れないはずなのに……!

 うかつだった!私のミスだ……!