ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<9>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 なんとなく取り残された気分になり、ヴィンセントの側による。

「……クラウド……」

「ごめんね、俺のせいで」

「バカな……おまえは何も悪くないだろう」

「だって、この子連れてきたの……っつーか、預かっちゃったの俺だもん」

 ボソボソとつぶやいた。

 するとヴィンセントは、フッ……と霞のように朧気に微笑み、いつもの低い声でささやいた。紅の瞳が俺を見る。

「……事情はわからないが、この子がうちに来たのも何かの縁なのだろう。一刻も早く親元に帰してやりたい気持ちは私も同じだが、決してこの子を疎ましく思ってのことではない」

「……ヴィンセントはやさしいから」

「……子どもは愛しいものだし……私は……子を持つことはなかろうから……せめて……」

「……ヴィンセント……」

 少しだけ寂しそうに笑うと、腕の中でぐずる赤ん坊を宥めにかかった。

 

「ヴィンセント……」

「……ん……?」

「ヴィンセント……ッ!」

「……? どうした、そんな顔をして……」

「ヴィンセントーッ! 俺がヴィンセントの子どもになるッ!」

「え……」

「俺、ヴィンセントの子どもで恋人で……もう何にでもなるからッ! 寂しくないでしょ? ずっと一緒にいるからッ! 赤ん坊なんてちっこいから可愛く見えるだけだもん! 俺の方がずっとずっとヴィンセント好きだし、可愛いもんッ!」

「バーカ、自分で言うな図々しい」

 と口を挟むセフィロス。

「うっさい、セフィ! アンタだって昔は俺のこと『可愛い可愛い』って言ってたじゃんかッ!」

「ケッ、だから『昔』の話だろ! 10代の頃のおまえは、今みたいに口が悪くなかったし、従順でしおらしいところもあったからな!」

「それは単に、アンタにとって都合がよかったってだけのことだろッ!」

「よ、よしたまえ、クラウド……セフィロス……」

 赤ん坊をあやしつつ、口論を止めるヴィンセント。

 もう、ホンットーにセフィロスは憎たらしい!

 

 

 

 

 

 

 と、そんなつまらない言い争いをしている間に、機敏なヤズーは早くも戻ってきたようだった。表通りからエンジンの音が聞こえる。

「ごめん、遅くなってッ!」

「ううん、すごい早いよ、ヤズー! さっすがァ!」

 カダージュがはしゃぐ。

「あ、先生、車に置いて来ちゃったッ 先生ッ! 山田先生ッ!」

 とって返す、ヤズーと一緒に迎えに行くと、数ヶ月前に会ったときとシワの数も変わっていないような山田医師が居た。よっこらしょと診察カバンに薬袋を持ち上げる。

「はー、ヤレヤレ。参ったね、コレ」

 という口癖も健在だ。

「先生ッ、ごめんなさい、いきなりッ! ほら、兄さん、カバン持ってやって!」

「あー、もう、チミたちねぇ……本当になんとつーか、アレだね、コレ、この家はァ、もう困るよね、ホント」

「先生、俺、診察カバン持つから」

「ヤレヤレ……しかしなんだね、コレ。せめて電話のひとつも入れてくれんかね」

「だって、断られちゃったら困るもの。どうしようもなくて、それで直接迎えに行ったんですよォ、察していただけると嬉しいなァ」

 カバンやらなんやらの荷物を持った俺の後を、ヤマダーに腕組みして引っ張ってくるヤズー。なんだか温泉芸者みたいだ。

 

 家の中に入ると、蒼い顔をしたヴィンセントが、ベビーベッドにピッタリと寄り添っていた。すぐさま挨拶に立つ。

「先生……遅い時間に恐縮です……お手数掛けて誠に申し訳ございませんが……」

「あー、ハイハイ。チミね、ヴィンセントくんね、ヤレヤレ、まったく細っこいねェ。ちゃんと食事をせんといかんよ。あー、コレ、いかんよ? この前も言ったよねェ」

「あ、は、はぁ……」

「ちょっとォ、先生、今日の患者はヴィンセントじゃないんだから。早く診てやって」

「あー、赤ん坊とか言っておったねェ。しっかし、チミね、ヤズーくんね、コレ。いくらキレイとは言ってもチミも男なんだからしてね。外でしなだれかかられると困惑しちゃうんだわなァ、コレ。人目とかもあるしねェ」

「チッ……節操のない野郎だ、イロケムシ。……よぉ、相変わらずだな、藪医者」

 と無礼なのはセフィロスだ。

「おやおや、チミもいたのかね。セピロスくんね、コレ。チミの方こそ、口の悪さは変わらんねェ」

「『セフィロス』だ。くそじじい。しっかり発音しやがれ、この歯抜けめ」

「ちょっと、先生ッ、世間話してる場合じゃないのよ。さっき病院で話したでしょ? この子、この赤ちゃんの容態が悪いの」

 延々と続きそうなヤマダーとセフィロスの悪口合戦を押しとどめ、赤ん坊のところへ引っ張っていった。

 

「フーン、どれどれ。……ってわしは小児科の医師じゃないのだがねェ」

「赤ちゃんだって人間じゃん!」

 俺がそう叫ぶと、面倒くさそうに頭を振って、「はぁ」と大きく吐息した。

「あー、わかってるがねェ。だからこうして 連れてこられたんだからねェ、コレ。さぁて、どれどれ。面倒を見てやってるのは誰かね?」

「お話ならば、私が」

 こういうときは、頼もしいほどきっちりと応対できるヴィンセントである。

「あー、まずは状況を話してくれんかねェ」

「はい、先日まではごく普通に食事をさせました。主に粉ミルク、すり下ろし林檎など離乳食です。夜泣きはしますがその都度対処していますし、睡眠、排泄にも問題はありません。異常に気づいたのは数刻前です」

「あー、フムフム」

「くしゃみをしているのと……先ほど咳き込んでの吐き戻しがありました。平熱よりも少しばかり熱があります」

「あー、なるほどねェ。ふーむ、風邪、かねぇ」

「ええ、おそらくは。……ええと、その……事情があって遠戚から預かっているので、我々もいささか過敏にはなっているのですが」

 てきぱきとヴィンセントが説明する。いちいち頷くヤマダー。

 

「なるほどねェ。まぁ、しかしアレだわな。男ばかりの家に預けるっつーのもどうかと思うがね、コレ」

「え……あ、は、はぁ」

「まぁ、チミたちはずいぶんとしっかりしているようだがねェ、フムフム」

 などと一応の誉め言葉を口にしつつ、ヤマダーはふたりの顔を交互に見た。もちろん、ヴィンセントとヤズーだ。

「どぉいたしましてェ。ところで先生、この子、どうなの?  なんかよくない病気とかじゃないよねェ」

 畳みかけるように訊ねるヤズーに、聴診器を手繰りつつ、ヤマダーは頷いた。

 

「ふむふむ。やっぱりコレ、風邪でしょうねェ。発赤しとるのが気になるが…… いやいや、風邪とはいっても赤ん坊のことだからね、コレ。そこのおっきなセピロスくんが風邪引いたのとはワケが違うからねェ」

「『セフィロス』だ、藪医者!」

「はいはい。まぁ、アレだ。薬、出すからねェ、コレ。甘い飲み薬を持ってきたが、嫌がるようなら、粉ミルクに混ぜるなどして上手く工夫してくれよ、ヴィンセントくん」

「あ、は、はい。ありがとうございます!」

「それから、コレね、ちょっと可哀想だけど、注射打っておきましょう。熱がね、出てきているから。少し脱水症状もみられるし、ブドウ糖と熱冷ましをね」

「注射…… 注射じゃなければダメなのでしょうか、先生。飲み薬では……」

 情けない顔をしてヴィンセントが訊ねる。きっと赤ん坊を思いやってのことだろう。

「うーん、どうしても効いてくるのに時間がかかってしまうからねェ、早いトコ落ち着かせてやった方がいいんじゃないかねェ、コレ」

 ヤマダーもヴィンセント相手には、穏やかな物言いになる。やはり人を見て話しているのだろう。