ハローベイビー
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<8>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

「ふえッ ふぇッ くっしゅッ……う、うえぇぇ〜ん」

 ヴィンセントに抱かれた赤ん坊が、徐々におとなしくなってゆく。

 『アンタの前世は聖母マリア?』などとおバカなコトを訊ねようかと思ったが、さすがに辟易とされそうなので、黙っている。

「くっしゅッ……う、うえぇぇ〜ん……うぇぇ〜ん……ふっしゅッ!」

「……ん……?」

 あやしていたヴィンセントが、戸惑ったような声を上げる。

「なぁに? どうかしたのォ?」

 それを聞きつけたのだろう。キッチンの方にいたヤズーが歩いてきた。

「ヤズー……ちょっと……」

「なに?」

「……ちょっと……抱いてくれるか…… 少し様子がおかしいと思う……」

「え……?」

 普段から冗談など口にしないヴィンセントだ。当然、言葉に重みがある。

 さすがに心配になった俺も、晩飯もそこそこに側に寄ってみた。セフィロスだけがさもくだらないというように、ソファに寝そべって雑誌など眺めている。

「……ふっしゅッ!……しゅんッ! うえッ……うぇぇん……」

「……なんだか泣き方がおかしいね。これ、くしゃみなの?」

「ああ、たぶん。どうしたのだろう……昼間は至って普通だったのに……」

「うーん……なんだかそう言われると……顔も紅いよね。ああ、でもそれはさっき泣いたからか、誰かさんのせいで」

「ケッ」

 ツケツケと物言うヤズーに、セフィロスが悪態でやり返した。

「あ……あ、い、いや……それよりも……やはりくしゃみが気になる…… 少しぐったりしているようにも見えるし」

 そんなやり取りをするふたり。門外漢の俺はひたすら傍観者だ。

「うぇ〜ん……く、くしゅッ!くしゅッ! け、けほッ! けほんッ!」

 噎せ込んだせいだろうか。どうやら戻してしまったらしい。機転の利くヤズーが、あらかじめ準備していたので大事にはならない。

 だが、ますますヴィンセントの表情が曇ってゆく。深刻な面持ちだ。

「……ヤズー、今、何時だろうか?」

「ん? もう八時過ぎだよ。今日は晩ご飯遅めだったし」

「…………」

「ヴィンセント?」

「……やはり……様子がおかしい。たぶん、風邪をもらってしまったんだろう」

 グズって泣く赤ん坊をあやしながら、ヴィンセントが言った。

「ウソ? 風邪って? だって、うち、誰も風邪なんか引いてないじゃん」

「風邪のウィルスなど、どこからでももらってしまうのだろう。……それに、おまえに預けた人物……レノといったか、彼と居る間に感染したのかもしれない」

「やだなァ、ヴィンセント、『感染』だなんて。たかが風邪だろ? 寝かせておけば治るんじゃないの?」

 いたって軽い口調でそう告げると、ヴィンセントは困惑した眼差しで俺を見た。無知な人間を哀れむ眼差しにも見える。

 

「クラウド。乳幼児の風邪は、我々、『大人の風邪ひき』とはわけが違うんだぞ…… 小さな赤子にとっては命取りにもなる。……だが、これくらいの月齢ならば、まだ母親の免疫があるから、それほど風邪をもらうこともないはずだが……」

「ふえッ……ぐしゅッ……うえ……うぇ〜ん……」

「ど、どうしよう。ね、ねぇ、俺、できることある? どうすればいいの?」

 徐々に不安になってくる。ヴィンセントにそう訊いてみるが、困惑顔のまま答えてはくれない。

「ぐしゅ……げほっ……けほん……うえッ……ふぇぇ〜ん」

「よしよし……可哀想に……具合が悪いのか? すまなかった……もっと早く気づいてやれれば……」

「ね、こうしてても仕方ないよ。お医者さんに診せた方がいいんじゃないかな」

 もっともな意見をヤズーが言った。だが、今は夜の八時過ぎ……いや、こうしている間に、もう九時になる。ノースエリアの一部を除き、基本的には閑静な田舎町なのだ。病院もあるにはあるが、診察時間はとっくに過ぎているだろう。

「赤ちゃんって何科になんの? 小児科とか? この辺で小児科の病院って……セントラルの総合病院ならあるだろうけど、とっくに閉まっちゃってると思うよ」

 ヤズーの言葉にそう言い返す。

「とりあえず、お医者さんなら誰でもいいじゃない。赤ちゃんでも大人でも人間なわけだし。俺、迎えに行ってくる」

「え……ヤズー い、医者って……」

「決まってるでしょ。知ってるお医者さんって山田先生くらいしかいないもの」

 キャビネットから車の鍵を取り出し、ヤズーが言った。

 俺たちの騒ぎを聞きつけたカダージュたちも部屋からやってくる。

「どうしたの、ヤズー? 赤ちゃん……どっか悪いの?」

「さっき、すごく泣いていたよね。何かあったのヤズー」

 カダ、ロッズの順に不安そうに口を開く。

 セフィロスがさもくだらないというようにそっぽを向いた。

「ああ、大丈夫だよ、ふたりとも。多分風邪だと思うんだけど、預かっている側としては心配だからね」

「そ、そうだよね、まだちっちゃいもんね……」

「大丈夫だ。そんな顔をするな、カダ。すぐに医者が来るから」

「そ、そうなの? ねぇ、ヤマダー呼ぶの?」

「ヤマダー、来るの?」

「ああ、山田医師を呼んでこようと思う」

 『ヤマダー』というのは、我が家における例の医者の愛称だ。DG事件の時もヴィンセントを診てくれた、ちょっと宝条に似た、痩躯で人相の悪い医者。だが、本人はごく普通の町医者である。

 『ヤマダー』という愛称は、単純この上ない命名で、けっこう似合っているような気がする。

 

「だ、だが……そちらもとうに診察時間は終わっているだろうし……」

 財布を取り出しながらも、不安そうにヴィンセントが言った。

「平気だよ。俺が迎えに行くんだから」

 てきぱきと準備をしながらそう返すヤズー。

「で、でも……」

「大丈夫。すぐに戻ってくるから、その子、落ち着かせておいて」

 それだけ言い置くと、さっさとキーを取り上げ、ヤズーはすぐさま出掛けていった。