〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<88>
  
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「危ない、女神ッ!」

 横に飛び退いた私の上に、ジェネシスが覆い被さる。

 

 ガガガガガッ!

 

 目と鼻の先に火花が散り、思わず目を閉じた。

 床を穿つ巨大な鉄の環。小柄な人間の背丈ほどもあろう、そのような武器を自在に操るのは、朱色の髪をした長身の女であった。

 この女は『朱のロッソ』と呼ばれるツヴィエートだ。

 そしてその脇に黒髪の青年……いわずもがな、『漆黒のネロ』。また逆隣には、長く蒼い体毛をもつ巨躯の男が、巨木のように鬱蒼と立ちつくしている。蒼のアスールという名だったはず……

 

「……どんな間抜けが、つまらんガキどもの命のためにやってきたのかと思えば…… ふん、貴様か、軍事部門部門長殿」

 普通に話しているのだろうに、どう猛な肉食獣を彷彿とさせる声音。

 セフィロスとジェネシスが、ザッと私の前に壁を作った。

「ハ……ハイデッカー……?」

 私は、今ある地位の前任者の名前を、低くつぶやいた。

 中央に立つのは、縦よりも横幅のほうがありそうな、その男……もと軍事部門長のハイデッカー氏であった。

 その後ろに白衣を身につけた男が立っている。宝条ではない。もっと年若い……だが、妙にすさんだ印象を与える男だ。

「……ホランダー。姿を見ないと思ったら、そんなオッサンと乳繰り合っていたのか? キモイんだよ」

 これはセフィロスのセリフだ。

 私の顔にクエスチョンマークが浮かんでいたのだろう。ジェネシスがおもむろに口を開いた。

「……彼の名はホランダー。科学研究部門に所属していた人物だ。ウータイ殲滅戦に従軍していたが、戦争が終わっても戻ってくることはなかった」

「…………」

「君が本社に来る前の話だ」

 ジェネシスは静かにそう結んだ。

 私は乱れた髪をそっと撫でつけ、居住まいを正してからハイデッカーと対峙した。

「ミスタ・ハイデッカー。……此度の一件、貴方が……?」

「だったら、なんじゃ? 土下座でもしろと?」

 そういってから、ふたたび、黄色い歯をむき出しにして、ガッハッハッと高笑いをした。

 ……侮っていた。この男がこんな大それた真似を……

 ハイデッカーが私によい感情を持っていないのは、以前からわかっていたことだった。

 面識はなかったが、彼から見れば『タークスの若造』以外の何者でもないこの私が、部門長補佐という地位に抜擢されたこと…… 数ヶ月をおかず、そのまま部門長と名称が変わった。

 それは同時に、この中年の男が、経営陣から排斥されたことに他ならない。

「……私は望んで今の立場にいるわけではありません」

 無駄だとは思ったがそう告げた。

 案の定、私の言葉を鼻で笑い飛ばすと、彼はルーファウス神羅の悪口を吐き出した。

「あの若造は何もわかっておらん。……わしらがどれほどの苦労をして、神羅をここまで大きくしてきたのか…… 神羅の暗部をなにひとつも知らぬくせに、いい気になりおって……!」

「……そのことと、修習生の彼らは、まったく無関係だ」

 私は敬語を使わずにそう言い返した。

 神羅本社で、セフィロスが問い詰めた男に対しても、このハイデッカーについても、まるきり気持ちが理解できないというわけではない。

 だが、あくまでも個人的な恨み辛みに、未だ十代である少年たちを巻き添えにできる感覚が許し難いのだ。

「……ザックス。子供たちを連れて、このまま魔晄炉を出て行きなさい。本社のメディカルルームで、きちんと手当をするように」

 ソルジャークラス2ndの青年に、低く命じた。

 ここにきて、我らよりも敵の数の方が多くなっていた。おまけに得体の知らぬ兵隊もいる。

 ザックスも先にひとり逃げ帰ってよいのか迷ったのだろう。

 だが、彼は今回の作戦の、最重要事項を忘れるような男ではなかった。

「は、はい、ヴィンセントさん……!」

 彼は少年たちを促すと、勢いよく飛び出していった。

 この場所に子供たちがいなければ、万一の場合には、私もセフィロスらも、渾身の力で戦える。

 

 

 

 

 

 

「わしはな、もうヤメにしたんだ。神羅に忠誠を誓うことも、神羅のために戦争をすることもな」

「…………」

「わしはわしだけの兵士を募り、神羅を打ち倒す」

「オイオイ、オッサン。何、夢みてーなこと言ってんだよ。どう逆立ちしたって、テメェがオレ様たちにかなうはずねーだろ」

 さもあきれたようにセフィロスが言った。ソルジャークラス1stとしての驕りともいえるが、事実、ハイデッカーがセフィロスやジェネシスに勝てようはずはなかった。

「セフィロス……ジェネシス…… 神羅が誇るソルジャークラス1stの双璧か。そうだな、おまえらは、わしが部門長であったころも存分に活躍していたからな……」

「まだボケてるわけじゃなさそうだな。オレたちがどれほど強いか、誰よりも知っているのはテメェ自身だろ」

「……そうだ。おまえらがどれほど強いか……わしは知っている。だったら、おまえたちと同等の能力を持つ者を手に入れられれば……」

 ハイデッカーのヒゲに覆われた口元が、にやりと妖しげに弧を描いた。

「馬鹿なことを……! 厚顔無恥な男だとは思っていたが、これほどとは……!」

 吐き捨てるようにつぶやいたのは、ジェネシスであった。普段、人当たりの良い、やわらかな物言いをする彼が、こんなふうに口をきくと、ドキッとするほど冷徹に聞こえる。

「……ホランダー。君はこの愚者に手を貸すために、行方をくらませたのか? うだつの上がらぬ研究者である君も、この男同様、神羅に報復をしたいと……?」

 小馬鹿にしたようにジェネシスが嘲笑した。

 しかし、ホランダーという科学研究者は、尋常の様子には見えなかった。最初目にしたときから気になっていたのだが、ブツブツと口の中でなにやらつぶやいているのだ。

 ハイデッカーの側についているのはわかるのだが、どうにも正気とは思えない。

「……なら…………  わたしは………… ……だ」

「…………?」

「ほ、宝条の研究など……  ガストの後は…… 私が……」

 ブツブツブツ……と途切れがちに、だがずっとしゃべりつづけているその人物。

 私は思わず目線をセフィロスに送ったが、短気な彼は努力して聞き取ろうとはしなかった。

「おい、ホランダー! 言いたいことがあるなら、さっさといえ! 宝条がなんだと!? 貴様はハイデッカーの側について何をしたいってェんだ!」

 ビリビリと魔晄炉内が震えるような声で、セフィロスが怒鳴りつけた。