〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<56>
 
 夢の中のジェネシス
 

 

 

「さて、女神。もう夜も遅い。そろそろ休もうか」

 俺はそう言って彼を促した。だいたい部屋に戻ってきた時間が、すでに『深夜』と呼べる時刻だったのだ。

「そうだな。……お茶は? 喉が渇かないか? 手洗いは?」

「ふふふ、子供じゃないんだから」

「あ、ああ、そうだな。つい……失敬」

 そんなささやかなやり取りをして、俺たちは巨大な寝台に潜り込んだ。

 スプリングのよくきいたベッドは、俺が入り込むと、抗議するようにギシリと音を立てた。

「……俺の部屋は、備え付けのベッドを取り替えてしまったのだが、そのままでもよかったかな」

「……ああ、そうなのか」

「これでも、十分心地いい。……いや、となりに君が寝ているせいかな」

 ヴィンセントの黒髪が白いシーツに波打ち広がる。さわやかなグリーン系の香りは、浴室で使っていたボディソープやシャンプーの芳香なのだろう。

 なぜなら、俺自身からも同じ香りがしているのだから。

 

「じゃあ……おやすみ、女神」

「ああ、……その、今日は本当にありがとう、ジェネシス」

 そんな言葉を最後に、彼は双眸を綴じ合わせた。

 強い色合いの瞳が閉じられると、その肢体の細さ、色の白さから、よりいっそう儚げに見える。

 この細い身体のいったいどこに、あの強靱な意志力が宿っているのだろう。

 口数少なく、大人しやかで、立ち居振る舞いは、どちらかといえば、女性的でさえあるのに、一度こうと決めたことは貫き通す。

 それも、他者の力を頼りにするよりも、自ら死地に赴くという形で。

 ……きっと、俺やツォンが、同行せずとも、彼は子供たちを救出に赴いただろう。

 本当の意味で、芯の強い人というのは、このヴィンセントのような人物なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「……ジェネシス……? 眠れないのか?」

 気がつかぬ間にため息を漏らしていたのかもしれない。オレンジ色のダウンライトの中、となりで休む彼は、いつの間にかこちらを向いて横になっていた。

「いや…… そんなことは……」

「あ……もしかして、君は真っ暗な方がよく眠れる人なのかな。つい……くせでダウンライトを点けてしまうのだが……」

「ああ、違うよ。全然気にならない。……なんだか、色々ととりとめもないことを考えてしまってね」

 あながちウソではないだろう。女神のことを考えていたわけだから、『とりとめもないこと』ではないが。

 だが、その言葉をどうとったのか、彼は柳眉を顰めてしまった。

「ジェネシス……」

「そんな顔をしないでくれ、女神。……正直、すぐに眠りに落ちてしまうのがもったいないんだ。一度、目を瞑ってしまったら、あっという間に朝になってしまいそうだから」

「ふふ、君でもそんな子供のようなことを言うのだな」

「俺は案外子供っぽいんだよ。……ま、セフィロスには負けるけどね」

「ふふふ、そうか…… そうだな」

 ひとしきり笑ってくれた後で、彼はふたたび目を閉じようとした。

 そう……もう、夜も遅いのだから、眠らなくては……

 

「女神。……ああ、すまない。もう休むつもりなんだが……その……」

「なんだろうか。喉が渇いた?」

 身体を起こそうとする彼を慌てて制止する。

「まさか。水なら自分で汲んで飲むさ。君の手を煩わせたりはしないよ」

「ジェネシス?」

「ええと、その…… 手を……つないでもらってもいいだろうか?」

「手……?」

「あ、ああ、君が眠りにくくなければ、なのだが」

 言いにくそうに、願いを口にすると、彼は拍子抜けするくらい、あっさりと承知してくれた。

 

 掛布の下で、手持ちぶさたに放り出していた俺の手に、女神の細い指が絡んでくる。

 心の温かい人は手が冷たい……という話は、最初いったい誰が口にしたのか。

 埒もない戯れ言だと考えていたが、あながちウソでもないのかもしれないと思わせるほどに、ヴィンセントの手はひんやりと冷たかった。