〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<36>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

「さてと、そろそろ部屋に戻る。おかげさまで昼飯は食べずに済むくらい、腹一杯だ」

「口に合ったようでホッとした。君はきっと舌が肥えていると思ったから」

 私は正直にそう言った。

「そんなこともないと思うがな。……だが、今日はスゴク助かった。メシも美味かった」

「あ、ありがとう」

 素直なセフィロスのセリフに、ドギマギとしてつい礼を口にしていた。

「それはオレのセリフだろ。……大きな借りができたな、ヴィンセント」

「借りだなんて……そんなふうに考える必要はない。だが、もし多少なりともそう思ってもらえるのなら、外食に飽きたときには私の部屋に寄ってくれたまえ。いつでも歓迎するから」

「……アンタ、本当に奇特な人だな」

 冗談ごとでもなくそういうと、セフィロスは席を立った。

「ああ、そうだ。君の服を……」

 せっかく洗濯まで済ませたのに、うっかりしていた。

 アイロンがけをしてきちんと畳んだ衣服を、紙袋に収めてある。

 それを手渡したが、彼は最初、なにをもらったのかわからなかったらしい。

「これ……?」

「君が昨夜、身につけていたものだ。差し出がましいようだが洗っておいた。洗濯表示には気を付けたつもりなので、損傷はないと思う」

「あ……いや…… なにもこんなことまで……」

「私の洗い物もあったし、大した手間ではないから。失敬かとも思ったのだが、男性同士だから気にしないでもらえるとありがたい」

「いや……そんなことは全然……アンタ、面倒見がいいんだな。本当に『お母さん』だ」

 そう言ってセフィロスは笑った。

 ……この頃はこんなに素直に笑うことが出来たのだ……

「じゃあ、行くわ。……いろいろありがとな」

 そう礼を言って、そのままの格好で出て行こうとする彼に、慌てて声を掛けた。

「セ、セフィロス? 着替えていった方がよいのではないか? その格好では誰かに会ったら……」

「オレの部屋はこの一階下なだけだ。今日はでかけるつもりもないし、このまま部屋に戻って室内着に着替えたい。ああ、ローブは今度洗って持ってくる」

「いや、そんな気遣いは無用だが。では、ゆっくりと休息を取ってくれたまえ」

「……アンタもな」

 そういうとセフィロスは軽く手を上げて、じゃあな、というふうに出て行った。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 私はソファに腰掛け、大きなため息を吐く。

 別に疲れていたとか、そういうわけではない。一番近い感覚は、『気が抜けた』だろうか。

 昨日はツォンと一緒に、破損したデータの修復作業に追われていた。ようやく仕事が終わり、深夜に帰宅すると、泥酔したセフィロスが倒れていた……

 そして、彼を看て薬を飲ませ…… 見たこともないようなセフィロスの姿が印象的だったのだ。

 

 セフィロスの泥酔の原因は、まったく深刻な内容ではなく、一種の恋煩いのようなものだ。

 修習生のクラウドと、思うように会えない……ただそれだけのことで、彼はあんなにも心乱されるのだ。

 ……なんだかひどくうらやましくも感じる。

 コスタ・デル・ソルに居る、私の知るセフィロスは、ほとんど動揺した姿を見せることなどない人だから。

 さて……いつまでものんびりしてはいられない。

 昨夜調査室に依頼しておいたディスクの解析が届くはずだ。ツォンの性格上、それが到着し次第、私のもとにコピーを持ってきてくれるだろう。

 普段ならば、わざわざ休暇にそんな無粋なことはしなかろうが、今回は急ぎの案件なのである。

 私は手早く食器を片付け、いつ彼が来てもよいように、テーブルの上を片付けた。

 

 ルームコールが鳴った。

 部屋の前でコールボタンを押しているのだろう。モニターに来訪者の顔は写っていなかった。

 おそらくツォンだろう。

 さすがに行動が早い。

 

「はい、今、開けます」

 急いでドアを開けると、そこにつっ立っているのは、さっき帰ったばかりのセフィロスであった。まだローブを纏っただけの格好だ。

「あー、悪ィ、ヴィンセント。アンタ、オレのキーカード知らねーか?」

「え……? キーカード……?」

「いや、ルームキーがなくてな。バッグか……ポケットに入れていたと思ったんだが。外で落としたなら厄介なことになる」

 セフィロスが部屋を出て行ってから5分くらいは経っている。おそらく、紙袋の中やら、廊下を眺めてはみたのだろう。

 私は昨夜、セフィロスの手にあったルームキーのことを思い出した。

「キーカード…… あ、ああ! す、すまない! 寝室に起きっぱなしだ。昨夜、君が廊下に落としたのを拾っておいた」

「ああ、そうか。よかったぜ、助かった」

「すまない、私としたことが……つい失念していて…… い、今、取ってくるから!」

 そう言い置いて私は慌てて、寝室にとって返した。

 いけないいけない。無くしてしまうのではないかと心配して、わざわざわかりやすいチェストの上に置いておいたのに。

「あー、悪ィ。いいぜ、別に慌てなくて。持っておいてくれたならむしろよかった」

「す、すまなかった! ハイ、これ……」

 居間に戻った私は、セフィロス以外に客が増えていることに、否が応でも気づかずにはいられなかった。 

 入り口のところに、呆然とした面持ちで立ちつくしているその人……

 休日だというのに、黒いスーツに身を包んだ、直属の部下……ツォンだ。

 ……私は彼に対して、もっともわかりやすい、説明文を頭の中で考えていた……