〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<34>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

「……アンタ、『お母さん』かよ」

 セフィロスはテーブルに着くなり、ぼそりとつぶやいた。

「え……? ああ、朝食を作ったからか? いや、私はわりとこういったことが好きで……その、趣味のようなものなのだ。君の口に合うとよいのだが」

「……全部、手作り……?」

 そう訊ねてきた彼の口調は、世慣れた神羅の英雄ではなく、初めて一人暮らしを経験するころの青年のようであった。

「そうだな。ああ、さすがにテーブルに置いてある香料などは市販のものだが」

「アンタ……なんでもできるんだな」

「そんなことはない。ただ誰でも得意分野はあるだろう? 私はこういったことが好きなのだ。……まだあまり食欲はないかもしれないが、お腹にやさしいものばかりだから」

 そういって、土鍋のふたを開けてやった。

 ……よかった、大根と白身魚、水菜のリゾットは、焦げ目もなく上手く煮えている。

「へぇ…… こういった飯はあまり食ったことがないな。美味そうだ」

「熱いから気をつけてくれたまえ。……はい」

 レンゲを渡してやると、セフィロスは大きな身体を前屈みに丸めるようにして、野菜がゆを頬張った。もちろん、すごく熱いので、ふぅふぅと息を吹きかけながら。

 そんななにげないしぐさが、本当に愛おしく感じる。

 ……ああ、セフィロス……

 さっき、君は冗談交じりに、『お母さん』などという単語を発していたが、ルクレツィアは、君のこんな日常の姿をどれほど見たいと切望していただろうか。どれほど、君のために料理をしたいと願っていたことであろうか……

 

「……どうした? ボケッとして。 そうだ、アンタの朝飯は?」

 セフィロスが訊ねてきた。土鍋のかゆはもうほとんど残っていなかったし、他のおかずも大半をたいらげていたので、私の分まで食べてしまったのかと不安に感じたらしい。

「ああ、軽く済ませたから気にしないでくれ。……朝はあまり入らなくてな」

「じゃあ、全部食っていいのか?」

 ストレートに訊ねてくる。

「もちろん。だが、無理に食べるのはよくない。まだ本調子ではないだろうし」

「もうなんともない」

 すばやくそう答えると、ふたたび食事に戻った。

 豪快な食欲には、ただただ驚かされるだけで…… ああ、そういえば、社員食堂で夕食を共にしたことがあったが、ザックス共々信じがたいほどの分量をかたづけていた。

「美味いな、コレ。さっぱりしてるからいくらでも食える」

 紫蘇と梅肉を挟んだ鳥の素揚げだ。衣を付けていないからさっぱりと食べられる。

 ……よかった。メニューのセレクトは誤りなかったらしい。

「あ、ああ、そうか。それはよかった。お腹に優しいメニューにしたのだが、ボリューム不足かと思って……」

「飲んだ翌日の朝には最高だな。……美味い」

「温かいものを淹れるからゆっくり食べてくれ。……ええと、その、おかわりだろうか?」

 と私は付け足した。茶を入れに下がろうとしたところ、セフィロスの前に並べられた皿は、ほとんど空になっていたから。

「ああ、おかわり」

 と言って、彼は素直に皿を差し出した。

「……君は作りがいのあるゲストだな。少し待ってくれたまえ」

 そう言い置き、夕食にでもと余分に作っておいた素揚げと残りのかゆを椀に盛った。

 湯気の出るそれらは、作りたてと変わらぬだろう。熱を通しておいてよかったと思う。

「はい、どうぞ。それから茶を……」

 自分の分も一緒に注ぎ、私は彼の前の椅子に落ち着いた。

「……なんだ、これ。緑色?」

 運んできたお代わりの分を、さっそく胃袋に収めつつ、彼は湯飲みをのぞき込んだ。

「ああ、緑茶というのだ。冷やしても美味いのだが、私は温かいもののほうが好きなのだ。飲んでみてくれたまえ。今朝のような食事には合うと思う」

「ふぅん…… ほぅ、香りがいいな。さっぱりしてて美味い」

 そういうと彼は美味そうに茶をすすった。コスタ・デル・ソルに居る私のよく知るセフィロスも、シンプルで後味のよい緑茶を好んでいる。

 そう、だから私は最初からセフィロスの好みを知った上で出したことになるのだ。少しずるいかもしれないが、喜んでくれたのだからよしとすべきだろう。

 お茶のお代わりを注ぎ、私は彼の前に腰を落ち着けた。

「君は普段、食事はどこでとるのだ?」

 何気ない世間話を問いかけてみた。

「えーあー、クラウドと出会ってからは寮の社食で食うことも増えたが、外食がほとんどだな。特にジェネシスのいるときは、無理矢理引っ張って行かれる」

「ああ、ははは。彼はなかなか趣味のうるさそうな青年だな」

「別に付き合ってやる必要もないんだが、外に出るのは気分転換になるからな」

 そういいながら、セフィロスはお代わりと三杯目の緑茶をせがんだ。

「アンタは?」

 とセフィロスが訊ね返してきた。

「ツォンと一緒の時は、本社の食堂が多いかな。ひとりならばこの前のように外に出たりもする」

「ああ、そういや公園で会ったな」

 と彼は笑った。

「……外食も悪くはないが……こういうメシが一番いいな。ああ、オレは事情があって、幼いころから神羅で育ったから。あまり家庭料理みたいなものに、縁がなかったせいかもしれんが」

「……セフィロス……」

 その『事情』を知っている者としては、胸の苦しくなるような話だ。

「だったら、いつでも……ああ、君も仕事が忙しいだろうから無理は言えないが、気が向いたら部屋によってくれ。私は夕食は自炊が多いし、もし君に食べたいものがあれば作ることができるから」

 そう言い募った私は、罪の意識と無くした過去の思い出で、切羽詰まって見えたのかも知れない。まだそれほど親しいとはいえないセフィロスに申し出るのは、いささか親密すぎる話だったと思う。案の定、彼は少し驚いたような仕草を見せた。

「忙しいって……そいつァ、アンタのほうだろ?」

「いや、私はデスクワークが中心だから。自分の都合で一日の仕事量を決められる。昨夜のような突発的な出来事さえなければ、あまり遅くなることはない」

 私は熱心に言葉を重ねた。

「ふぅん。じゃ、メーワクにならない程度に寄らせてもらう。朝飯は美味かった。本当にだ。オレはあまり世辞は言わないのだが」

 彼はそう言って微笑んだ。

 ああ、この時期のセフィロスは、こんな何気ない会話の中で、嬉しそうに笑うことも出来たのだ。