〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<29>
 
 夢の中のセフィロス
 

 

 

 『ヴィンセント・ヴァレンタイン』か。

 ジェネシスではないが、オレもヤツには興味を引かれる。

 彼の職業人としての能力は、先ほどの月次報告書に端的に記されている。

 一見おっとりのんびりの好青年だが、軍人としての資質は非常に高いといえよう。ハイデッカーをリコールし、ヴィンセントをその地位につけた副社長としてはさぞかし気分のよいことだろう。

 周囲が有能で高位についている、軍事部門長をちやほやともてなすのも十分理解できる。

 普通の野郎なら、即座に鼻高々になって権力の亡者と化してもおかしくない状況であるのに…… 当のヴィンセントは相変わらず控えめでおとなしく、昇進の話さえも時期尚早と固辞するような態度なのだ。

 まったくおもしろい人物だ。 

 ここしばらく、クラウドのことばかりに気を奪われていたせいか、新鮮な驚きでもあった。

 以前、公園で惰眠をむさぼっているとき、買い物帰りのあいつと遭遇したことがある。

 妙に甘ったるい菓子と、料理に使うとか言っていたパンくずの大袋を抱え、ふらふら歩いている様は、到底軍事部門長には似つかわしくない姿だったのだが。

 ヴィンセントはおずおずと、「隣に座ってもよいか」と声を掛けてきた。

 オレとしてはわざわざそんなことを問われるとも思っていなかったから、ただ頷いただけだったのだが、ひどく嬉しそうな面持ちですぐ近くに腰を下ろしたのだ。

 あの公園には猫たちがたむろしている。

 人見知りしないチビらは、あっという間にヴィンセントになついた。

 彼のほうも小動物が好きらしく、買ってきた菓子は、ほとんどオレと猫どもの胃袋に入ってしまったわけなのだが…… むしろ、そんな状況であるのが、楽しくてたまらないというように話をしてくれた。

 クラウドのことで、ちっと弱気になっていたオレも、らしくもなくヴィンセントに弱音を吐いてしまったわけだが、彼はなにもいわず、最後まで聞いてくれたのだった。

 たぶんヤツの人柄とか、物腰がそうさせるのだろう。

 ヴィンセントの前では警戒心が緩む。人見知りのクラウドが、すぐに彼になついたのも、そのやわらかな雰囲気ゆえだと思うのだが……

 

 

 

 

 

 

 別に嫉妬を感じるわけではない。

 どうあがいても、オレがヴィンセントのような性格になれようはずもないし、クラウドはヴィンセントを慕っていても、そういった意味合いで好いているのと違うのは、オレにもわかっている。

 

 もし……もし、オレがクラウドよりも先にヴィンセントと知り合っていたとしたら?

 入社式よりも前にヴィンセントが部門長として、着任していたとしたら……

 オレは彼をどのように見ただろうか?

 無理矢理他人の心に入り込もうとする男ではない。むしろ人の関心から身を躱すような人物だ。

 オレはクラウドに対するような感情を抱いただろうか…… まさしくジェネシスのような?

 いや、違う。オレの心を包むのはもっと異なる感覚だ。

 恋愛感情というよりも、もっと別次元の…… まるで肉親に抱くような感情だ。顔も知らぬジェノバという母親は、あんなタイプの女だったのだろうか?

 男性であるヴィンセント相手に、そんなふうに考えるのはおかしいのかもしれないが、あいつの底抜けのお人好しと、やわらかく包み込むような雰囲気は、どちらかというと父親よりも『母』というイメージの方が強かった。

 

「……くだらん、オレとしたことが」

 らしくもない空想に耽っていたおのれに失笑する。

 生まれたときから親の顔なんざ知らない。

 何を今さら見ず知らずの男相手に、母親の面影を追わねばならないのだ。

 幼い頃から神羅の戦士として、ずっとひとりで生きてきたではないか。

 寂しいと思ったことなど…… そうだ、寂しいなどと感じたことは一度たりともなかったはずだ。

 

 読みかけの資料をデスクに放り出すと、オレはバスルームに入った。

 頭から熱い湯をぶっかけ、くだらぬ感傷を洗い流したのだった。