〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<30>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

「お疲れ様でした、ヴィンセント。すみません、このような時間まで」

「そんなことは気にする必要はない。君の方こそ出張続きで疲れているだろう? 早く部屋に引き取って休みたまえ」

 時計の針はまもなく0時を指す。

 デスクワークで日付の変わる時刻まで、残業することなどめったにないのだが、今日は事情があった。

 調査に派遣されていたタークスの新人が、データを破損してしまったのだ。

 正確には調査地域から戻ってくるときに、事故に遭った。そうでなくとも天候の関係で調査は遅れに遅れていたのだ。彼も非常に慌てていたのだろう。

「だが、命に別状がなくてよかった」

 私は調査部に転送し終えたディスクをファイルに戻しながらそう言った。

「それはそうですが…… まったく呆れた失態です。磁気ディスクを水損させるとは……!」

「ツォン。だれにでも失敗はあるものだ。レノ本人もひどく悔やんでいるのに、上官である君が、さらに彼を追い詰めるような発言をしてはいけない」

 私は穏やかに彼をいなした。

 ツォンがレノを悪し様に罵ってしまうのは、私に手間を掛けたという心苦しさからなのだと、わかっていたから。

「まだ経験の浅い青年だ。今回のこともいい勉強になっただろう」

「……はい」

「それに時間はかかったが、無事に修復できたのだ。後はディスクを調査部に任せればいいのだから」

「しかし……! 本来なら部門長である貴方の手を煩わせる仕事ではありませんでした。申し訳ございません。自分が不勉強でした」

 生真面目な表情で頭を下げる青年に、私はつい苦笑した、

「やれやれ、困ったな。そんなふうに考えないでくれ。たまたま私の知識が役立ったのだから、それでよしとしよう」

「でも……」

「不慣れなのに、君はデータの修復を手伝ってくれただろう? 私一人ではきっとまだ終えられていなかったと思う。どうもありがとう」

 数時間画面とにらめっこした目は、しくしくと痛んだが私は笑みを浮かべて彼に礼を言った。

「そんな……! 私はもっと勉強しようと思います! 貴方の片腕として恥ずかしくない働きができるように……!」

「ツォン、君は十分努力している。身体をこわしては元も子もないのだからな。さぁ、途中まで一緒に戻ろうか。明日は休日なのだからお互いゆっくりと休もう」

 そう言ってツォンを促す。放っておくといつまでも謝罪を繰り返しそうだったから。

 私たちはライトを落とし、執務室を出た。

 

 

 

 

 

 

 無機質なエレベーターに乗り込み、大きく息を吐き出す。

 部屋まで送るといってきかなかったツォンを、なんとか言い含めて自室に引き取らせ、私室のあるエグゼクティブタワーに戻ってきた。

 ここは上級職の者たちが、主に上階一帯に部屋を与えられている。

 通いの職員もいるが、そういう者たちでも、本社に泊まることはあるので、割り振りは為されているのだ。

 贅沢な作りは初日に紹介したとおりで、私のような者には似つかわしくないのだが、徐々に落ち着ける雰囲気にしつらえた。

 内装をいじるわけにはいかないから、家具や生活用品をなじみやすい雰囲気のものをセレクトしたのだ。

 それだけでずいぶんと印象が変わるものである。

 

 部屋のあるフロアにたどり着くと、エレベーターは静かに扉を開いた。

 おもむろに腕時計に目を落とすと、すでに0時を過ぎている。

 私室のあるフロアには、もちろん私以外にも数名の居住者がいるはずなのだが、廊下ですれ違うことすらほとんどない。

 ましてやこの時刻ならば、まず人通りはないだろう。

 

 ……ツォンにはああ言ったが、さすがに私もひどく疲れていた。

 あくびが出そうになるのを必死にこらえて、廊下を歩く。月明かりが冴え冴えと降り注ぎ、短い影を映し出していた。

 

  その時だ。

 私はハッと息を詰めた。

「…………?」

 ……だれだ?

 私の部屋の前に誰か居る。

 うずくまるように身をかがめているので、影になってよく見えない。

 タークスの習性で、銃のホルダーを確認し、私は一層足音をひそめ、そっと部屋に歩み寄った。

 ここはエグゼクティブタワーだ。

 入館するのにも、身分証明を兼ねたキーカードがいるほどのセキュリティである。

 容易に部外者が入ってくることはできないのだが……

 

 規則的な呼吸音が聞こえる。

 これは部屋の前に座り込んだ人物のものなのだろう。私とその者以外、だれもいないのだから。

 ……うずくまっているように見えた人物は、眠っているのだろうか?

「……え……?」

 思わず、小さくつぶやいていた。その人があまりにも意外な人だったから。

 だが、彼が難なくこの建物に入ってこれたのは合点がいく。

 なぜなら、彼の部屋も、このエグゼクティブタワーにあるわけだったから。

「まさか……セフィロス……? セフィロス……!?」

 ぐったりと眠り込んでいる様子の彼の傍らに、私は慌てて膝をついた。