〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「……朝早くから大変見苦しい状況をお見せしてしまい……誠に申し訳ございませんでした」

 なんとか私の執務室に入ってもらうと、徐々に熱が冷めてきたのだろう。彼は頭が床に着きそうな勢いで謝罪した。

「ツォン、掛けてくれたまえ」

「え……、いえ…… は、はい」

 私に呼び止められるとは思わなかったのか、めずかしくも彼の頬が昂揚した。まさか叱責されるとでも考えたのだろうか。

 ジェネシスからもらった薔薇の花を、丁寧に花瓶に生け、そのまま茶の用意をする。

 さきほど、レノやルードに振る舞ったのと同じものだ。テーカップに注ぎ、静かに彼の前に置いた。

「……はい、どうぞ」

「あ、あのッ、こんなことは私の役目です! お茶が欲しいのなら言っていただければ……」

「私は君に飲んで欲しくて淹れたのだ」

 思ったことをそのままに口に出した。

「……補佐官殿……」

「『ヴィンセント』だ」

「あ、はい、ヴィンセント……」

 今日はなんとなく私のペースだ。ツォンは先ほどの言い争いを大分気に病んでいるらしい。

 そこまで悔やむ必要もないというくらいに。

「……さっき、レノとルードにも淹れたのだ。世辞かもしれないが喜んでもらえたのだが…… どうだろうか?」

 敢えて彼らの名前を出し、ツォンに問いかけた。

「……あ、いえ、とても美味しい……です」

「そうか、よかった」

 私が笑みを見せたせいだろう。ツォンはずっと張り詰めていた緊張を、ようやく緩めてくれた。

「……ツォン」

「はい」

「ふふ、あまり構えずに聞いてくれたまえ。……君が組織上の序列をどう考えているのかは知らないが、私はそれほど大げさなものだとは思わないのだ」

「い、いえ、それは……!」

「……失敬。重要でないということではなくて……企業として何かを成し遂げるとき、その序列の元で、効率的な生産を行い利潤を上げる。またはソルジャーのように、訓練された戦闘能力を、上官の指揮下で発揮する……それが当然だと思うし、とても大切なことだ」

「……はい」 

 彼は神妙に頷いた。まだ私が何を言いたいのかよくわからないのだろう。

「だがそれは、私が、部下である君やタークスの諸君に、お茶を淹れてはいけないということにはならないと思う」

「……はぁ……」

「ビジネスの面においては、序列のとおりに意志決定が行われ、その指針によって皆が動く。だが私は、あくまでもそれは仕事の上だけでいいと思っている。人と人とのふれあいは、とても様々な形があるから。……必ずしも下の階級の者は、常に上を立て、敬うべきだとは考えない」

「ヴィンセント……」

 彼はカップをソーサーに戻し、私を改めて見つめた。

「君はずっと私の健康状態や、周囲の人間の行動を気にしていたが、私が同じように君のことを心配しても、ごくあたりまえなのだ」

「…………」

「これからも私の淹れたお茶を飲んで欲しい……ツォン。茶を淹れるのが目下の者の仕事だというのはビジネスステージでだけだ。こうして語り合う時なら、淹れたい方が淹れればいい。……私はずっとそう考えている」

 押しつけがましくならないように、静かに私の考えを述べた。

 ツォンはしばらく黙ったまま、ティーカップを眺めていた。さきほど、私が口にした言葉を、咀嚼しているのかも知れない。

 わずかな間隙の後、彼は前に座る私に目を戻した。

「いや……わかりました。貴方という人は私の想像以上の御方です」

「え……? あの、私は別にそんなに無理なことを……」

「いえ、そう言う意味ではなくて。……すみません、私には免疫がないのです」

 弱々しくつぶやいたツォンは、昨日までの自信たっぷりのタークスの主任には見えなかった。

「……ツォン……?」

「貴方のような、物の考え方をする人に、これまで会ったことがありませんでした」

「…………」

「特に上役で、今のような発言をされる人が現実にいるとは…… 大げさに聞こえるかも知れませんが、本当に実在するとは考えたこともありませんでした」

 ……ああ、彼の直属の上司はハイデッカーになるのか。

 確かに、あの男は、いい意味でも悪い意味でも俗人だ。

 あの者の態度に鑑みれば、弱者には強く、強者には弱くなる人物だったのだろう。目下のツォンなどはさぞかしやりにくかったと推察される。

 おのれの地位を確認するために、部下を虐げる上官というのは、最も始末に悪い。だが、悲しいかな、人間という生き物は、とかくそう言った行為に及びがちなのである。

「……な、ツォン。最近よく考えるのだが、人間とは本当に弱い生き物だ。私も含めてだが」

「……ヴィンセント……」

「現部門長をかばい立てするつもりはないが、彼もそういった者たちのひとりなのだろう。不安定なおのれの立場や既得権を、他者に攻撃することで確認しようとしてしまう」

 いくつも覚えがあるのだろう。彼はお代わりを注いだカップで顔を隠すようにした。

「頑なに序列にこだわることで、ますます孤立し、仕事上だけでなく、私的な友人さえも失ったことだろう。……それはとても悲しく、愚かなことだ」

「はい……」

 彼はひっそりと頷いてくれた。

「だから…… 私のような取り柄のない人間は、せめて私的に交際してくれる友人を作りたい。『この世界で』、君はその第一号なのだ」

「そ、そんな……もったいない……ッ! それに貴方は、取り柄のない人間などではありませんッ! ご自分を卑下するような言い方をなさらないでください!」

「ふふ、ありがとう、ツォン。ようやくいつもの調子に戻ってくれたな。君の叱責を聞かないと、なんだか落ち着かなくなってしまう」

 からかったつもりはなかったのだが、ツォンは誤解したようだ。一瞬、顔を真っ赤に上気させ、咳払いを繰り返すと、いつもの様子に戻った。

 最後に一度、ゴホン!と大きく咳払いをすると、ソファから立ち上がる。

「ヴィンセント。とてもよい話を聞かせていただきました。私は貴方のような上官の下につけて心から喜ばしいと思っております。部下として、ますます貴方を守り、盛り上げていきたいと考えます」

「ツ、ツォン……」

「そして……貴方の私的な友人として釣り合う人間になるよう、努力いたします」

「そんな……努力なんて……君はすでに私の友人なのだから」

「ただしッ!」

 いきなり、声を大きくしたので、私は吃驚してしまった。

「ただしッ! 貴方の第一の部下として、そして、貴方に友人といってもらえた人間として、尊敬する貴方に対し、危害を加える輩は許しません!決してッ!」

「き、危害……? まさか……神羅カンパニーにそんな人は……」

「朝っぱらから私の目を盗んで、貴方に無理矢理キス……も、もとい、せ、接吻していくような不逞の輩のことです!」

 ジェネシスのことか…… 何もそんなにキリキリと怒らなくてもよいのに。ただ頬に口づけられただけなのだから。

「いや……あれはただの親愛の情というか……友好のしるしだろう?」

「貴方という方は……! 周囲の輩など及びも付かないほどに聡明で優秀なのに、おかしなところで気が抜けておられる! やはり、私がしっかりせねばッ」

「あ、あの……ツォン?」

 いつもの調子に戻ったどころか、そのラインを超えて向こう側まで行ってしまったようだ。

「ごちそうさまでした、ヴィンセント。今度、このお茶の淹れ方を教えてください。失礼いたします!」

 一挙にそういうと、直立不動の体制から、直角に一礼して、ツォンはタークス執務室へ消えていった……

 私はしばらくソファで放心してしまったのだが……カラになったティーカップを眺めていると、笑いがこみあげてきた。