〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「初めまして、自分はソルジャークラス1stのアンジールと申します。まさか着任当日に補佐官殿、自ら挨拶に出向かれるとは思わず、服装も正しておりませんでした。失礼いたしました」

 前に歩み出た非常に体格の良い……有り体に言えば、かなり筋肉質の青年が私に握手を求めてきた。

 ああ、アンジール。

 聞き覚えのある名前だ。コスタ・デル・ソルでセフィロスが彼のことを話していた。ソルジャーのまとめ役のような男だと。

「貴方のような方を軍事部門の部門長に迎えられるとは、とても嬉しいことだと思います。こちらのほうこそ、至らぬ部下かもしれませんがよろしくご指導願います」

「どうぞよろしくお願いいたします、アンジール」

 私は岩のような手をしっかりと両手で握って挨拶を返した。

 よかった。

 アンジールはごく普通に礼を返してくれた。私の挨拶はそれほどおかしなものではなかったらしい。

 無骨で実直そうな彼は、少し照れたように握手を交わしてくれた。

 

「ふっ…… なぁんだ、オレぁ、またずいぶん細そっこくて大人しそうなのが、クラス1stに入ってきたもんだと思ったぜ」

 ああ、懐かしい声!

 セフィロス……!!

 私は自分の方から駆け寄って、彼に握手を求めたいくらいだった。だが、セフィロスの物言いは、私の後見役を買って出ているふたりの怒りを買ってしまった。

「セフィロス……ッ! 失敬だろうッ! いったい君はどういうつもりで……!」

 あからさまに気色ばむのはツォンだった。

「こらこらセフィロス。まったく君は……言っただろう、ミスタ・ヴィンセント・ヴァレンタイン氏は、軍事部門の部門長補佐だ。我々の上官に当たるんだからな」

 と、わんぱくな生徒に言い聞かせるような物言いで、ラザード統括がたしなめた。

「あー、ハイハイ。執務時間外にうるせーこと言うな」

 そういうとセフィロスはツカツカと私の側に歩み寄ってきた。コスタ・デル・ソルでいつも見ているよりも、やややわらかいというか、青年らしい面持ち。だが上背は十分過ぎるほどにある。

 精悍で、それでいて上品に整った美しい彼の顔を、私はじっと見つめた。

「セフィロスだ。これからちょくちょく会うこともあるだろ。よろしくな、ヴィンセント」

「あ、ああ、こちらこそよろしく、セフィロス!」

 私は彼の手をしっかりと握りしめた。万感の思いを抱いて。

「おら、変態詩人、いつまでも突っ立ってないで、テメーも挨拶くらいしておけよ、間抜け」

 さっさと私の手をふりほどいて、セフィロスは背後の青年に声を掛けた。

 彼はジェネシスだ。現役時代は紅のコートを着ていたと言っていた。

「早く行けよ、ジェネシス。アンタが行かないと俺がご挨拶できないだろ!」

 小声で注意している彼が、この場で唯一のクラス2ndの青年だろうか。だが、十分に長身で鍛えられた肉体を持っている。

「ああ…… そう……そうだな…… だが、胸が……」

「おいってば、ジェネシス! 統括がにらんでんだろ!」

「わかっている……ザックス……」

 ザックス?

 ザックスというのはクラウドと同室の……! あの子が親友だと言っていた人だ。

 

 ジェネシスは音もなく私の前に歩み出てきた。

 この部屋に入ったときから、彼の存在に気づいてはいたが、意図的に意識しないようにしていたのだ。

 ジェネシスは、我が家のヤズーと同レベルに鋭敏で、地下室で眠る私を見たことのある人だから。目線を合わせてしまったら、すべてを見抜かれてしまうような気がして……

「……ミスタ・ヴィンセント・ヴァレンタイン……?」

「え、あ、ああ、あの……」

「……ああ、俺の探し求めていた人がこんなふうに目の前に現れるなんて……」

 まるで舞台役者のようにあでやかに整ったおもてが、なまめかしい憂いに満ちる。

「は、はぁ……」

「……俺の守護神は悪戯好きだな。何の変哲もない今日この日……運命の人との出逢いをセッティングするなんて」

 やや芝居がかった様子で、彼は胸元を押さえた。苦悶の表情は本当に具合が悪くなったのではないかと心配なるほどだ。

「あの……具合が……?」

「……ヴィンセント……君は一目惚れって信じるかい?」

「は……?」

「すまない……とても平静ではいられそうもない。君は俺が長い間探し求めていた女神そのものだ」

 ここでもまた『女神』か。

 私はごく普通のスーツを身につけているし、どこにでもいる当たり前の男なのだが。彼の美意識というのはよくわからない。

「ええと……あ、あの、その……」

「おい、こら、ジェネシス。上官を困惑させるものではない。きちんと挨拶をして下がれ」

 面倒見のいいアンジールが、いかにも手間のかかると言わんばかりの態度で、ジェネシスを注意した。

 たぶん、ツォンの手前もあってのことだろう。

「ああ、出会いの衝撃に心を乱されてしまって…… ヴィンセント、俺の名はジェネシス。今、俺は猛烈に神に感謝しているよ。君に出逢わせてくれた運命の神にね……」

「……え……あッ……」

 ジェネシスはごく当然というように私の手をとり、甲に接吻した。

 まるで中世の貴族が、姫君相手に恭しく口づけを与えるように。