〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「ジェネシス……ッ! 貴様ッ!」

 こらえきれなくなったように、背後に控えていたツォンがジェネシスの腕を掴み締めた。

「無礼にもほどがあるぞ! 上官に対し、いったいどういう……」

「ツ、ツォン……大丈夫。そんなに怒らないでくれたまえ」

「ですが、ヴィンセント……!」

「ただの親愛の情だ。せっかく友好を示してくれたのだから…… ツォン、頼む」

 私にそう言われてしまったら、彼には為す術が無くなる。ツォンには申し訳なかったが、むしろ、現時点でのジェネシスには、地下室での出会いが発生していないということに、私は安堵を覚えていた。

 ややしらけたムードになってしまったところで、最年少の2ndの青年がおずおずと側に来た。

「あ、あの、俺……いえ、わたくしはまだソルジャークラス2ndで、補佐官殿と直接話が出来る身分ではないんですけど…… その、ザックス……ザックス・フェアって言います。頑張りますのでよろしくお願いします!」

 彼は大げさすぎるほどの勢いで、頭を下げた。

 なんて気持ちのいい青年なのだろう。クラウドの側にはこんな人が着いていてくれたのか……

「ザックス……よろしく。握手をしてもらえるだろうか?」

 私が手を差し出すと、彼はぎょっとしたように太い眉を持ち上げ、手袋を外すと、ごしごしと服に擦りつけた。なんだかこんな仕草までが素直そうで可愛らしく見える。

「あ、あの……光栄ッス」 

 頭を掻きながら差し出された、骨張った大きな手。私はそれをしっかりと握り返した。

 不思議そうに上目がちに見つめてくる彼に微笑み掛けると、ザックスは真っ赤になってしまった。確かにこの年齢のソルジャーから見たら、私の拝命した職責は雲の上になってしまうのかもしれない。

  

「もう十分ですね、ラザード統括」

 ツォンがこの上なく冷ややかな口調でそう言った。たぶんまだジェネシスの行為に怒りを感じているのだろう。

「ええ、ヴィンセント殿さえご満足いただけたなら」

「あ、はい。無理を言って申し訳なかった、統括」

「いえいえ、こちらこそ。わざわざお越しいただきまして……」

「さぁ、ヴィンセント。お部屋にお送りいたします。きちんと食事をとってお休みください」

 統括の言葉途中にも関わらず、やや強引に私の肩を引き寄せたツォンに、聞き慣れたからかい口調が跳んできた。

「相変わらずの過保護っぷりだな、タークスの腰巾着が。ルーファウスはやめて『補佐官サマ』に乗り換えたのか?」

「セフィロス! 口を慎みたまえ。私は副社長から、補佐官殿のご身辺に便宜を図るよう命じられているのだ」

 鋭い口調でツォンが言い返す。

「あぁ? テメーの態度はただの鬱陶しいオッサンだろーが。ほとんどストーカーじゃねーの?」

「同感だな。馴れ馴れしく女神に触らないでくれたまえ」

「おまえもちょっとズレてんだよ、ジェネシス」

「ああ、おまえら、よさんか! 補佐官殿の前で!」

 アンジールがフォロ−に入った。彼は気の毒なほど気を遣う。

「補佐官殿、大変失礼いたしました。どうもウチの連中は不躾者ぞろいで……」

「アンジール。私のことはヴィンセントと呼んでください。それからどうかあまり気を遣わずに」

「は、はぁ。しかし上官をファーストネームで……」

「私がそうして欲しいのです。お願いします」

「は、はいッ! しょ、承知いたしました。で、では、どうかヴィンセント殿のほうも、気軽に応対していただけると嬉しいです。我々に敬語は無用です!」

 『殿』も不必要なのだが。

 だが、この真面目な青年にこれ以上無理を強いては、返って負担になってしまうだろう。

 今の私はタークスの一人員ではないのだ。必要以上に遠慮したり、物を言わなかったりすれば、返って周囲が混乱してしまう。

 それにここは夢の世界なのだから。目覚める前に、少しでも有意義な時間を過ごしてみたい。

 

 

 

 

 

 

「あの……ザックス・フェア」

「は、はいッ!!」

 唐突なご指名だったのか、彼はすっ飛び上がりそうな様子で返事をした。

「……君にお願いがあるのだが」

「は、はいッ! なんでしょうかッ!!」

「あの……どうかそんなに緊張しないで普通に接してもらいたい。頼みがあるのは私のほうなのだから……」

 突き刺さるような目線はツォンのものだろう。面白い物を観察するような眼差しはおそらくラザードだ。セフィロスやジェネシスに至っては、平気で側に寄ってきて、我々の会話を聞いている。

「……さきほどツォンが言ったように、夕食がまだなのだ。もし君がいいようなら、いつも行く場所にご一緒させていただきたい」

「え……えぇぇぇッ!!? で、でも、あの、わたくしめが……ま、まいっておりますのは……」

「ぎゃはははっ!なんだ、おまえも、この黒髪に惚れたのか? 敬語が宇宙語になってんぞ、ザックス!」

「……ザックス、おまえは俺に手袋を投げるつもりかい?」

 とんでもないセリフは、セフィロス、ジェネシスの順番だ。

「ア、アンタら、馬鹿なこと言わんといて!」

 ザックスは悲鳴じみた声音でそう叫んだ。

「ヴァレンタイン氏は、とんでもなく身分違いの上官なんだぞ、お、俺、こんな階級の御人と直で話したことなんて……」

 ああ、やはりどうしてもそう思われてしまうのだろうな。逆の立場に立てば理解はできる……出来るのだが、ザックスのような者たちにこそ、心を割って話してもらいたいのだ。

 おまけに、この青年は、あのクラウドのルームメイトであり、親友であった人物なのだから。

「ミスタ・ヴィンセント。申し訳ございませんが、お伝えするのを失念しておりました。ルーファウス副社長がお話したいことがあるとのこと。おそらく夕食をご一緒されることになるかと……」

「ツォン……」

 やれやれ困った人だ。どうしてそんなにソルジャーたちに敵愾心を抱くのだろうか。

 だが、まさかこの場でそんなことを問いただすわけにはいかない。

「そうか。それならばすぐに参りましょう。……ザックス・フェア」

「は、はいッ!」

 ふたたび、戦地の二等兵のように気を付けをする、ザックス。

「……恐縮だが、明日はどうだろうか? 昼は君も忙しいだろうから……」

「あ、あの、晩飯……い、いや夕食ってあの……俺、寮生なんス。だからいつも社食で……」

「ああ、それはいいな。……君も同室の人がいるなら、ぜひご一緒に連れてきてくれたまえ。では明日の夕食を楽しみにしている」

「ハ、ハイ……」

 ひどく驚かせてしまった様子のザックスには申し訳なかったが、やはり私は少しでも早くクラウドの存在を確認したかった。

 セフィロスやジェネシスにも逢えたのだ。

 これは私の見ている夢なのだから…… きっと彼はこの世界に存在してくれているはずだ。

 

 私はラザード統括と、ソルジャーの人たちに、きちんと挨拶をすると、ツォンに連れられ副社長室に伺った。

 

 最初の日はこんな形で、せわしない一日だった……