〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<8>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「ミスタ・ヴァレンタイン。顔が朱いですよ。まさか風邪など……」

 ぴったりと、左横少し後ろといったポジションを崩さずについてくるツォンが声を掛けてきた。

「い、いや、あの……大丈夫だから、ツォン」

「目的を果たされましたら、今日は早々にお休みくださいますよう。ああ、その前に夕食はきちんと取ってください」

「あ、あの……本当にそんなに気を遣わないでくれたまえ。君は十分よくしてくれている」

 戦国時代の家臣のように、上役に忠実なタークスの主任。基本的には怜悧なクールタイプだが、仕事となると一直線なのだろう。

 副社長に命じられたという大義名分があるせいか、私に不自由をさせない!という決心が痛いほどに伝わってくる。

 かえって、そこまで思い込まれると、こちらとしても疲れるのだが……

「おやおや、主任殿。ルーファウス副社長をほったらかしにしては、ヤキモチを焼かれて大変なのではないのかな」

 私の気持ちを見透かしたのか、タイミング良く茶々を入れるラザード。さすがにツォンよりも年長者だけあって、物言いに余裕が感じられる。

「ご心配なく、ラザード統括。そのルーファウス様に補佐官殿のことを十二分によろしくと命じられておりますので」

「それはそれは。たいしたものですな、補佐官殿。貴方の人柄のよさに、あのお子様も参ってしまったというところか」

「副社長に向かって不躾な。貴方は自分の立場をわかっておられるのか、ラザード統括!」

「あ、あの、ふたりともッ!」

 私はなんとか声を励まして、彼らの言い合いを制止した。

 このまま放っておいたら、ソルジャーの執務室に着く前に、ケンカ別れすることになりそうだったから。

 それにしても……二人ともいい人たちなのに、どうして、こんなふうに揚げ足取りのような物言いをするのだろう。

「いや、これは失敬補佐官殿。軽口が過ぎましたかな」

「ミスタ・ヴァレンタイン。ご心配なく、私は冷静です」

「あの……ふたりとも。ええと……その……私のことはヴィンセントとファーストネームで呼んでいただきたい」

 タイミング的にどうかと思ったのだが、ふたりの言い争いを中断させる口実が、他に見つからなかったのだ。

「いや、さすがにそんな馴れ馴れしい。貴方はハイデッカー氏と同等の……いえ、今後の人事を考えれば、彼以上の要職につくであろう御方なのですから」

 そつなくラザードが言葉を返してきた。

「……そうです。私の仕事は軍事部門を様々な意味合いで、よりよい場所にすることです。それなのに、人員を統括されるあなた方に、『補佐官殿』などと呼ばれると、とても距離を置かれているように感じます」

「ミスタ・ヴァレンタイン……」

「ツォンも。普通に話しかけるのが難しいというのなら、せめて呼び方だけでも、ファーストネームにしてはもらえないだろうか?」

「は、はぁ……ご命令とあれば」

「命令ではない。お願いしているのだ」

 私はかなり必死の形相をしていたのだと思う。ツォンが気圧されたように、

「……承知いたしました」

 と言葉少なに頷いた。

「分かりましたよ、ヴィンセント。今後とも色々話をしていきましょう。……これでいいですか?」

「はい、ラザード。どうもありがとう」

 私はようやく折れてくれたふたりに、素直に礼を言った。

 そんなやり取りをしていたせいだろうか。

 ラザードに、

『ああ、この部屋です』

 と言われ、さっそく執務室の扉を開ける……その場面になって、ようやく不具合の多い私の心臓は、ドキドキとものすごい勢いで波打ち始めた。

 

 

 

 

 

 

「ああ、君たち。ちょうどよかった」

 慣れた風にラザードが部屋に入ってゆく。執務室に目当てに人物たちが居たのだろう。

 私とツォンもその後に続いて…… ああ、なにをしているのだ、私は! ほら、しっかり足を動かして……

「あの……ミスタ、いや、ヴィンセント? どうしましたか?」

「い、いや……」

 背筋を冷たい汗が伝わる。これでは遅刻して教室に入れないダメ生徒ではないか。私の方から挨拶に出向くといったのに、足がすくんで動かなくなるなんて。

「……大丈夫です、ヴィンセント。私が側についています。もし彼らが礼を失する態度に出たならすぐさま糺しますので」

 何をどう誤解したのか、ツォンはそんなふうに言い出した。

「ち、ちがうんだ…… その、少しばかり緊張してしまって……」

「何をおっしゃるのかと思えば…… 彼らは貴方の部下に当たるのですよ」

 そういいながら、ツォンは私の背を静かに押してくれた。

 

 ああ、ほら、しっかりしないか、私の心臓ッ!

 これは夢なんだから! 

 何かトラブルがあっても、目が覚めればコスタ・デル・ソルでの笑い話だ。

 

 私は意を決して一歩踏み出した。

 ラザードが彼らに私の身分や功績(?)などを話している。

 ああ、ほら、ヴィンセント! 挨拶をするのだろう? 顔を上げなければ……!

 

「ミスタ・ヴィンセント・ヴァレンタイン氏だ。軍事部門の部門長補佐として、本日付で着任された。恐れ多くも、自ら挨拶に出向きたいとおっしゃられたので、お連れした」

 『恐れ多くも』だなんて言わないでくれ、ラザード! 

「ミスタ・ヴィンセント。ソルジャークラス1stの三名と、2ndの者一名です」

 ラザードの声に私は意を決して顔を上げた。心臓が口から飛び出すのではないかと思うくらい、脈が速くなっているのがわかる。

 十分な広さのある執務室の中央に、彼ら四名はきちんと並んでくれていた。きっとラザードがそのように促したのだろう。

 

 ああ、皆一様に背が高くて、立派な体格をしていて……

 だが、その中でももっとも目立つ長身で、長い銀の髪をもつその人……!

 

 ……セフィロス……!!

 

 ああ、セフィロス、君だ!! 私の知っている……

 いや、いささか面影が幼い。ああ、この当時の彼はまだ二十代の前半くらいなのだろうか?

 あの小さかったセフィロスが、こんなにもたくましく美しい青年に成長している。

 君に見せてやりたい……ルクレツィア…… 

 

「ミスタ・ヴィンセント?」

 ふたたび、ラザードに声を掛けられ、私はなんとか正気を取り戻した。

「……初めまして、本日付で軍事部門補佐官を拝命いたしました、ヴィンセント・ヴァレンタインです」

 声は震えていなかっただろうか? 大丈夫だろうか?

 ああ、何か話を続けなければ。転校生の挨拶だって、もう少しマシなはずだ。

「軍事部門の補佐官など、若輩者で未熟な私には身に過ぎた要職だと思っています。現役時代の経験も、タークスでの仕事が中心で、ソルジャー部門については正直ほとんど知識がありません」

 どもらぬよう、言い淀まぬよう、落ち着け落ち着けと自らを慰めつつ、必死に言葉を手繰る。

「ですから、ソルジャーの現役で活躍されている皆さんには、多くのことを教えていただきたいと思っています。頼りなく思われるかも知れませんが、出来る限り職務に尽力いたします。どうか今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

 私はそこまで一気に言い尽くし、深く頭を垂れて一礼した。タークスの部員相手のような、フレンドリーな物言いはできなかった。

 到底上官から部下への挨拶というふうではなかったろう。だが、それでいいのだ。

 私にはソルジャーの経験がないし、物のわかったような口ぶりは返って失敬だと思うから。

 ……だが、堅苦しいと言えばそうだろうし……おもしろみがないといえば、まさしくその通りで……

 彼らからのリアクションを、私は断頭台に登るルイ16世のように待った。