〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 トントンという遠慮がちなノックの音で、私はふと我に返った。

 いつの間にか書類に没頭してしまったらしい。窓の外はすでに夜のとばりが降りていて、部屋時計は午後七時を指していた。

「どうぞ」

 と促すと、ツォンが部屋に入ってきた。

「……失礼いたします。ミスタ・ヴァレンタイン」

「あ、ああ、何だろうか?」

 彼は、広いデスクに散らかった紙切れを見て、目を見開いた。

「……! こちらの書類は……」

「え……あ…… 私の裁量だけで処理できるものを先に済ませたのだが…… すまないが、明日にでも簡単に目を通してもらえるだろうか?」

「い、いえ、私などにそんな権限はありません。補佐官殿が押印されましたのなら、それで……」

「私もまだ慣れていないから不安なのだ。手空きの時間でいいから」

「はい、仰せの通りにさせていただきます」

 四角四面の受け答えで、さっそく書類を受け取ってくれた。彼に対してはあまり遠慮した態度を取るのはよくないのかもしれない。返ってツォンの方が気遣ってくれて、疲れさせてしまうようなのだ。

「ああ、それより、何か用があったのではないか?」

「ええ。こんな時間なのに申し訳ありません。……ただいま、ソルジャー部門人事統括のラザード氏が見えておられます。補佐官殿にご挨拶をしたいと」

「わざわざ? それはお待たせして失敬した。すぐに行こう」

「いえ、ミスタ・ヴァレンタインさえよければ、こちらにお通ししたいと思うのですが」

 落ち着き払った口調でツォンは言った。どうもソルジャーの統括という人物に対し、親しみを持っているとは言い難い態度だ。

「ああ、ではそうしてくれたまえ。今すぐ書類を……」

 はしたなくもバタバタと、デスクの上に広げてしまった紙片を必死にまとめた。

 私の執務室はもったいないほどに広くて綺麗で、上品な応接セットも揃っているのだ。だが、いくら元が素敵な室でも、散らかしてあればありがたみは薄れてしまう。

「それではお呼びして参ります。……なにもそんなにお気遣い為される必要はありません」

 一言ため息混じりにそういうと、ツォンはさっさときびすを返した。

 

 

 

 

 

 

「初めまして、補佐官殿。私はソルジャーの人事統括主任・ラザードと申します」

 彼は一分の隙もない、瀟洒なストライプ柄のスーツを着こなし、丁寧に頭を下げた。

「あ、あの、ヴィンセント・ヴァレンタインと言います。どうぞかけてください」

 直立したままソファを見遣りもしない彼に、慌てて私は椅子を勧めた。

「恐れ入ります。……ご挨拶が遅れて大変失礼いたしました。軍事部門に優秀な部門長補佐が着任され、我々ソルジャー部門一同、心より貴殿を歓迎いたします」

「い、いえ……私としてはできるだけのことをしようと思っておりますが、なにぶん若輩者でして……」

「とんでもない。補佐官殿の経歴は私も伺っております。なにより副社長がこれほどまでに信頼を置かれている方ともなれば……」

「ルーファウス神羅副社長も、私のことなどほとんど知らなかったはずです。長く言葉を交わしたのは、今日が初めてですから」

 馬鹿正直に答えた私に、ツォンがやわらかく会話に割り込んできた。彼は我々に茶を振る舞うために側についていてくれたのだ。

「補佐官殿は誠に謙虚な御方なのです。副社長もお人柄に深く感銘されておりました」

「おやおや、ツォンがここまで正直に人を誉めるとは…… これはまた期待が深まります」

「長旅を終えられたばかりですのに、さっそく本日執務をこなされ、私ども部下のタークスに挨拶までいただきました。若いメンバーの中にはすでに補佐官殿に心酔する者まで出てきております」

 ああ、ツォン……それは誉めすぎというものだ。なにもそんなにムキになって、ソルジャーの人事統括を相手にしなくてもよいと思うのだが。

「あ、あの……ラザード統括。わざわざご足労いただいたのですから、ご用件を承りましょう。私にできることでしたら、さっそく……」

「あ、いえ、これは失敬。もちろん、まずは直接会ってご挨拶をと考えておりました」

「……ラザード統括。補佐官殿はお疲れなのです。お気遣いいただきたい」

「ツ、ツォン…… そんな、私は問題ないから……」

 ……たぶん、ラザードは私とほぼ同年代か、少し上なのではないかと思う。

 いや、もちろん、私の今現在の外見の年よりも、という意味合いで。おそらく34、5歳といったところだろうか。

「明日のご予定は? 補佐官殿」

「あ、はい。……やりかけの書類仕事がありますので、本社から出るつもりはありません。調べ物をしたいとも思っておりますし」

「では、基本的に、終日外出されるご予定はないと……」

「え、ええ」

「申し上げておきますが、あくまでも現段階での予定です。お疲れのようでしたら、散策をお奨めしようとも思っておりましたし、食事くらい外でゆっくりとお取りした方がよいと考えております」

 ツケツケと口を挟むツォン。もちろん私を気遣ってのことだとは思うのだが……

「あ、あの、統括、今のうちに言っていただければ、きちんと予定に組み込ませていただきますので……」

「いえ、たいしたことではないのですよ。補佐官殿には、是非一度我々ソルジャー部門の人間と会っていただきたいと思っております」

 なめらかな口調でラザードが申し出た。当然私に否応はない。

「は、はい。それはもちろん……」

「ミスタ・ヴァレンタインはタークスご出身と伺いましたが、現在のお立場は軍事部門のトップであられますから」

 やや切り口上で、ラザード統括は言い切った。だが、トップというのは『部門長』だ。私は補佐の立場だから……

「い、いや、それはハイデッカー氏が……」

「おっしゃるとおりです。ラザード統括。ミスタ・ヴァレンタインは軍事部門の最重要人物です。ですから、ご多忙ですし、長話に付き合っている時間もありません」

「ツ、ツォン……あ、あの……」

「お話を遮ってしまい、誠に申し訳ありません、ミスタ・ヴァレンタイン。ですが、私はルーファウス様から、貴方の身の回りのことを仰せつかっておりますし、健康管理にも十分留意せねばならないのです」

「あ、ありがとう。でも、本当に心配はないから……」

 なんとかツォンをいなして、私はラザード統括に向き直った。この若さでソルジャーの人事統括を任されるということは、彼もツォン同様、カンパニーにおいて非常に重要な人物だと考えられる。

 そういった輩に、不快感を与えてはならないし、私自身が生粋のタークス出身であればこそ、ソルジャーの人事担当の彼とはできるだけ懇意にしたいと考えていた。