〜 午 睡 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 広すぎる執務室に入り、ホッと一息つくと、時間を空けずタークス側の扉がノックされた。磨りガラスのドアの向こうに、バランスの整った長身が写っている。

 ツォンが約束通り、声を掛けに来てくれたのだ。

 よかった、なんとかギリギリで間に合ったらしい。自ら申し出たのに遅刻をしては謝罪の言葉も見つからないだろう。

「……どうぞ」

「ミスタ・ヴァレンタイン。数名ミッションで出ておりますが、主立った者はそろっております」

「ありがとう。手間を掛けてすまない」

「とんでもございません。……どうぞ」

 ツォンはドアを大きく開いて私を通してくれるとタークス本部に招き入れてくれた。ここはかなり広い部屋である。

 チームごとに島の形でデスクが配置され、壁際にはぐるりと整理棚が並んでいる。タークスの扱う資料は社内秘のものも多いから、すべての資料棚はオートロック形式だ。

 私が室内に足を踏み入れると、黒いスーツの社員が一斉に起立した。その音に圧倒されてしまう。

 男性も女性も……比較的年若い人が多いようだ。

 その中に見慣れた赤毛の青年が居て、ホッと息を吐く。やはり見知った顔を見るのは安心する。

 

 後から続いてきたツォンが、自らの主任席につくのを見計らって、私は口を開いた。

 どうせ夢なのだし、現役のころに感じていたことを、そのまま挨拶に置き換えてみようと考えた。

「初めましてヴィンセント・ヴァレンタインです」

 広い部屋だが、物音ひとつしないこの場所では、十分声が通るようであった。訓練されたタークスの者たちは、皆まっすぐにこちらを見てくれている。

「今回は思いがけず、タークスを含めた軍事部門の補佐をする立場を拝命し、本音ではひどくとまどっています」

 あからさまにそう言ったせいか、ツォンが心許なげに目線を送ってきた。だが、私はかまわず続けた。

「おのれを正当に評価しても、私はあまり人の上に立って指示を出すのに向いている人間ではないし、もっと年長の経験豊かな方々にお任せしたいのが正直なところです。ですから私は皆さんの相談役になりたいと思っています」

 どんなに厳しい上官が来るかと想像していたのだろうか。タークスの皆は一様に戸惑った様子であった。だが、もちろん、声を上げるような不躾な人員はいない。

 最初の挨拶口上を終え、古巣ともいえるタークスの面々に、話し掛けるような気持ちで再び口を開いた。

「タークスという職務は……その……私も最初からこの組織に配属され、長く職務に就いていたので、色々と思うところ、感じることがありました。仕事とはいえ……おのれの正義と葛藤することも一度や二度ではないと思う」

「ミスタ・ヴァレンタイン……」

 ツォンの不安げな面持ちに、軽く会釈を返し私は続けた。

 

 せっかくの夢の世界なのだ。

 現役のときには、とうとう口に出せずじまいだった思いを、後輩に当たる彼らに伝えてみたくて。

「納得いかないこと、内なる正義と反すること……それらの任務に就くとき、君たちは己を責めるのかもしれない。だが、その時には、内奥にくすぶる思いを、どうか私に話してもらいたい。その責めを負うことこそ、年長の者、上層部の者の役割であり存在価値なのだ。……私はそう考えて、今回の職責を受け入れることにしました。……どうか、皆、自分自身を大切に。それぞれ、かけがえのない命なのだから」

 そう締めくくり、私はきちんと身体を折って一礼した。

 最後のかけがえのない……というのは、コスタ・デル・ソルに居る今現在、常にそう感じさせられていることである。

 クラウドもセフィロスも、そしてヤズー始め、三人の青年たちも、誰一人として同じ個性はなく、皆それぞれかけがえのない家族なのだ。

 

 

 

 

 

 

 私が頭を上げるとほぼ同時に、信じがたいほどの拍手が室内を満たした。

 あのレノという青年も、まるで叩きつけるような拍手を贈ってくれている。女性職員も皆一様に……

「あ、あの……その……あ、ありがとう……」

 話したかった事柄を言い終えてしまうと、ふたたび緊張感が戻ってきた。

 だが、力強い拍手の音は、まだ止む気配がない。

 何と応じればよいのか、経験の少ない私にはよくわからないのだが……少なくとも皆がかなり好意的であることだけは理解できた。気むずかしい雰囲気のツォンも、表情をやわらげ、一緒に拍手の輪に加わってくれている。

「ええと……あの……よ、よろしく……」

 引き際が上手く定められない私の窮地を察してくれたのか、ツォンがさりげない雰囲気で前に進み出てまとめてくれた。

「我々、タークスは、貴方の軍事部門長・補佐官就任を心より歓迎いたします。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」

 彼が一礼した後、皆がまるで輪唱するかのように、『よろしくお願いします』と言葉を続けてくれた。

 私は慌ててその言葉に頭を下げた。

 ……よかった、受け入れてもらえたようだ。ああ、夢とはいえ、冷や汗をかくものなのだな。

 私は汗で湿った手の平を、こっそりスーツのズボンにこすりつけた。

 

 ようやく解放され執務室に戻る。

 磨りガラスの瀟洒だが重厚な造りの扉は、ほとんど隣室の音をシャットしてくれるので、彼らにどのようなうわさ話されているのか気にする必要はなくなった。

 とりあえず当初の目的は果たせた。今日は他に何の用件も入っていないはずだから、退室してもよいのだろうが……

 できれば私は先ほどの資料室に戻りたかった。もう少し現在の環境を取り巻く人々に着いて知っておきたかったし、大切な人たちの所在を調べておきたかったからだ。

 

 ……だが、挨拶をしたばかりで、すぐに退出するのははばかられるし……

 

 いや、この際、人調べは後回しにすべきだろう。

 こちらの執務室は一見整然としているように見えるが、閉架式のロッカーにはまだ目を通していない書類が収まっている。樫の木作りのデスクの引き出しには、『緊急』という付箋の貼られたレジュメの束もあるのだから。

 先輩面をして偉そうなことを言ったくせに、自らの責務を果たさないのは恥ずべき行為だ。

 そう覚悟を決めると、私はレジュメの一つを手に取った。