Fairy tales
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<23>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

「えーと、あー、そろそろ、広間に戻んなきゃ」

 手を握られたまま、俺は俯きかげんで声を上げた。

 頭の中では、鬼セフィが、『バカヤロウ! 千載一遇のチャンスだろ!』と、怒鳴っている。そうなんだけど……そのとおりなんだけどさ。

 あの『レオン』と同じ顔をした王子様を前に、何だか居たたまれなくなってしまったのだ。

 それはおそらく……純粋に恥ずかしいというか……照れのような気持ちが大きかったけど……それと同様に、彼をだましている良心の呵責があった。その苦しさは想像以上のものだった。

「い、行かなきゃ……」

「……広間に……だれか、連れがいるのか?」

 彼はさきほどと同じ低く静かな口調で訊ねてきた。だが、その中に密かな怯えが潜んでいる。

 俺に、誰か特別な相手がいるのかと気にしているのだ。

「ううん。そんなことは……ないけど。ああ、知り合いとかならいるけど」

 言葉を濁してごまかす。

 ああ、嫌だ。なんだかこんなのは!!

 どんな理由があろうとも、俺はこの人を瞞している。嘘をついているんだ。

 軽い気持ちで引き受けたけど……なんて無神経なことをしてしまったんだろう。

 

 なぜだかわかんないけど、この人、本当に俺のこと好きになりかけてる。

 そういうのってわかるんだ。

 ほんの数刻の語らいだったのに……本当にまるきり初対面なのに、こういうことってあるんだよなぁ……

 ああ、そう。俺だって、そうだったんだ。

 あの薄暗いニブルヘイムの神羅屋敷。

 地下で眠るヴィンセントと初めて出逢ったとき……予感がなかったといったら嘘になる。

 会話らしい言葉などほとんど交わしていなかったのに、彼の在りようと……それからのわずかな時間で、あっという間にヴィンセントは、かけがえの無い人として俺の心に棲み着いた。

 二度と誰も好きにならない。なれっこないと……そう思っていたのに。

 人の気持ちなど宛にならないと自覚したのは、たぶんこのときが初めてだったと思う。

 

 ヴィンセントのことが好きで好きで、無理矢理告白して彼を困らせて……

 すべてが終わった後、コスタ・デル・ソルに一緒に来てはもらえないだろうかとさんざん気をもんだあの日々。

 人を愛する気持ちは幸せを運んでくれるけど、同時に胸を押しつぶされるような切なさをももたらす。

 それを、身をもって知っている俺が、目の前の彼を欺くのは…… 

 それはもちろん、後でちゃんと本物のシンデレラちゃんと入れ替わって、ハッピーエンドになると、シナリオを知っていてさえも、今このとき、この瞬間、自分の本当の名すら名乗れないのが苦痛だったんだ。

 

 

 

 

 

 

「ええと……あのさ、よかったら、一度でいいから踊ってくれない?」

「え……?」

「あ、いや、ほら、せっかく靴、直してもらったんだし。王子様だって、いつまでもここに居るわけにはいかないでしょ?」

 俺はできるだけ自然にそう言ったつもりだった。

「もちろん、おまえがそう望むのなら……」

 レオン王子は、そのまま俺の手を引くと、広間に向かって歩き出した。もちろん、エスコートされ、俺も一緒にダンスホールに向かう。

 うん、かかともそんなに痛むことはない。

 

 予定通り……というか、広間ではセフィたちが頑張って、妙齢の女の子たちの注目をつなぎ止めていた。だが、やはり『一国の王子さま』の影響力はハンパじゃなかった。

 中央ホールに向かう俺たちの通り道にいた女性たちは、皆一様に息を呑み、礼をとりつつもこちらを凝視する。

 さすがに王家の人間相手に、嬌声を上げて突進してくる人はいなかったけど、遠巻きに嫉妬と羨望のまなざしで睨み付けられるのはキビシかった。

「ふぅ……」

 小さなため息を、レオン王子は見逃さなかった。

「どうした? やはり気分が優れないか……?」

「ふふ、やだなぁ。心配しすぎだよ」

「だが……」

「ううん。ちょっとね、考えてたんだ」

 そういって笑ってみせると、彼は不思議そうに背の低い俺に向かって顔を寄せた。

 正直に、「みんなの視線が痛い」っていおうかと思ったけど、たぶんやさしいこの人は気にしてしまうだろうと、とっさに別の答えを用意した。

「……えーと、あのさ。自分で誘っておいて何なんだけど、あんまし上手くないんだ、ダンス。だから簡単なの、踊って」

「ふ…… ははは。 ああいや、失敬、笑ったりして。では、楽に踊れるワルツを……」

 よし、そんなら多分、オッケーだ。

 ホストクラブ事件(命名:ヤズー)のとき、セフィに教えてもらっておいてよかった。女の子のパートを直接教わったワケじゃないけど、相手をさせられたから、ステップくらい覚えている。

 

「……一曲、お相手願えますか?」

 俺の手を放すと、彼はよく映画で見る、昔の紳士のように、腕を腰元に差し出し、腰を折って礼を取った。

「えッ、わッ、な、なんでそんなことすんの!? 誘ったのはこっちなんだからッ」

「……淑女に対する当然の礼だ。あまりしたことはないのだがな」

「え、あ、ありがと…… あ、ええと、これなら踊れそう!」

 聞き覚えのあるワルツのメロディ。

 彼と会話をすると、胸がずくずく痛んでくる。それなら、まだ踊っているほうがいい。少なくともその間はしゃべらなくて済むのだから。