Fairy tales
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<21>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

「チッ……」

 と舌打ちする俺。

 できれば、ヴィンセントと一緒に踊りたかったのに……せっかく今、女の子なんだしィ。

 ただ、これはもともとの打ち合わせ通りっていうか……とにかくお城にやってくる女性の歓心を、出来る限り王子さまから引き離し、俺が彼に近づけるチャンスを作り出すこと。

 となれば、ヴィンセントやセフィロスが、女性を引きつけ、ヤズーもそのパートナーたちを魅了するように振る舞ってもらって、ということだ。

 とにかく、パーティ会場に、『王子』という綺羅星の他にも、いくつか人の関心を集める恒星を散らしておくのが良策ということになったのである。それはまったく道理にかなった作戦だった。

 そして、現在、彼ら三人はその『恒星』の役目を果たすべく行動しているわけで……

 となると、俺のほうも文句を言っている場合ではなかった。

 

 カクテルグラスを持って回っているウェイターに酒を勧められるが、クラウド姫……もといシンデレラ姫はにっこり微笑んで回避した。

 いざ、王子をゲットしに行く前に、このなんとも苦痛でたまらないハイヒールのかかとを、多少なりとも懐柔できないかと、人目の付かぬところへ移動しようと思ったのだ。

 まさかあのきらびやかな席で、靴を脱いで、足の裏を眺めるわけにも行くまい。

 

 

  華やかな大広間からこっそり退出し、これまだ豪勢なエントランスを抜ける。

 広間の隣には控え室のような休憩所があったが、何人か人がいたし、ここも目映いばかりの光が溢れていたから却下した。

 ちょっと歩くと、鈍いランプの光だけの空間に出る。人の気配もないし、イイカンジの雰囲気だ。

 何のことはない。そこはただの長ったらしい廊下だった。使用人が通る場所でもないらしく、好都合に無人であったのだ。

 ロビーにあるような身体の沈む豪奢なソファはなかったが、よっぽどこっちの方が落ち着く。

 俺は、ホッと安堵の吐息をつくと、手近なベンチに腰掛け、ようやく拷問具のような靴を脱いだのだった。

 

 

 

 

 

 

「……どうかしたのか? 気分でも?」

  無理矢理ぐいぐいと靴のかかとを引っ張っていると、音もなく背後から声が掛けられた。びっくりしなかったのは、その声がとても静かで低かったからだ。

 チッ……だれだよ、ウゼーな。

 こうして靴脱いで、唾つけてんだから、空気読めよな。

 こんな童話のような世界にも、空気の読めないウザ男ってェのはいるんだよな。

「別に。ちょっと疲れたから休んでただけだよ」

 俺は無愛想に言った。早く消えてくれというように。

「続きの間に控え室があったろう?」

「いやなんだよ、ああいうところは。うるさいし、チカチカまぶしくってさ」

「……そうか。なるほど、言葉通りだな。同感だ」

 少し感心したように、彼がそうつぶやいた。

 ……誰だ、こいつ馴れ馴れしい。まだ行ってくれないの?

 こんな暗がりにやってくる野郎が王子のはずはないし、たぶんバイト……いや、この世界的にいうのなら、雇われ給仕のような野郎だと思ったのだ。

 

「……となりに掛けてもいいか?」

 意外なことを言われて、ちょっとびっくりした。男の顔を観てやろうとしたが、遠慮しているのか、暗がりなのに近寄ってこない。

 ヴィンセントやセフィロスがいなくなって、ちょびっと心細かったせいもあったのか、俺はこの不器用そうな使用人に小さな好意を見い出した。

「いいよ。どうぞ」

 気がついたときにはそう答えていた。

 彼は物音ひとつたてず、静かに俺の隣に腰を下ろした。ごく自然で、上品な物腰だった。

「あー、いててて……」

 脱いだ靴をあれこれひっくり返してみるが、それで痛みが軽減するわけではない。しっかしまぁ、女の子って、いつも、こんな靴履いて動き回っているのだろうか?

「こりゃ、ホントに拷問だっつーの……」

「足が痛むのか? ああ、靴が……」

「うん、まぁね。普段こういうの、履くことないしな。これ、メチャクチャかかと痛くなるよね」

 俺の傍若無人な物言いが可笑しかったのか、少し間隔を置いて座っていた彼がプッと吹き出した。

 貴族の娘に向かってシツレーな!!

「おい、貸してみろ」

 なかなか笑いが引っ込まないのか、苦笑しつつ隣の男が俺に手を差し出した。

「何をだよ?」

「その靴。……以前、知り合いに、そういった靴の解決方法を聞かされたことがある」

「マジすか? あー、楽になるなら頼むわ、コレ。まだ、ダンスとか踊らなきゃなんねーしよ」

「そうなのか? 退屈なら帰ってしまえばよいものを」

「あー、コレ、そうもいかんのですよ。世知辛い世の中だからねェ。やらなきゃならないことが山積みでさぁ〜」

 ぶつぶつと独り言じみた愚痴をこぼしていると、隣の男はスッと立ち上がって、燭台の蝋燭を手に取った。優雅な仕草で火を消し、蝋の腹の部分を靴のかかとに擦りつける。

「……よし、いいだろう」

 そうつぶやくと、彼は俺にハイヒールを返してくれた。

 今度は引っかかることなくするりと足が入り、苦痛は大分軽減された。

「うわっ、ホント、よくなってる! マジでサンキュ!」

「いや……」

 彼はそう言って、俺の感謝の言葉を受け流しただけだった。

 この人、口数少なくて声低くて、なんだかちょっぴりヴィンセントっぽい。

「アンタって物知りで器用なんだね。どうもありがとう」

 ちゃんと礼を言って、改めて彼の顔を見上げた。

 月を隠していた黒雲が溶け去ると、目の前に驚くほど端正な面差しが浮かんでいた。ちょっとドキリとするほどに。

 でも、アレ……? なんだか見たことがあるような……懐かしい感じ……

「……どういたしまして」

 彼はそう言って、少しだけ笑って見せた。

 

 だが、もう、俺は笑うことなどできなかった。

 嫌な予感があるどころか、そんなものを突き抜けて一挙に彼の顔を見てしまったわけだから。

「レ、レ、レオン……?」

「……え?」

「あ、い、いや、なんでもない。あ、あのアンタ……じゃなくて……あなたは……?」

「……ああ、私は今日生誕日を迎えた、第十七代次期当主……」

 と、前置きしてから、なんたらかんたら、クソ長い名前を名乗ってくれた。

 その中に『レオン』の文字が入っていたのは、まったくの偶然だろう。だが、こいつが間違いなく、正真正銘の王子であることに、もはや寸毫の疑いもなくなっていた。

 スーッと背筋から血の気が引いてゆく。いやな汗がうなじを伝わる。

 

 ……なんだか知らない間に、絶体絶命に陥っているクラウド姫であったのだ……