End of Summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
Interval 〜04〜
 
 セフィロス
 

 

 

  

 

 

 

 

「セフィロスの傷を見たら……つい気持ちが高ぶってしまって」

 ヴィンセントが言い訳を重ねた。

「いや……」

「今はおまえの方が不安なのに……すまない……取り乱して」

 年長者の恥じらいだろうか。

 入れ替わり騒動で、不安定になっているクラウドに、溜め込んだ感情をぶちまけたことを後悔しているようだった。

 

「『ヴィンセント、何でそんなに不安がるの? セフィは約束の地を見つけるだろうけど……でも、先のことなんて誰にもわからないじゃない』」

 ああ、そうだな……と曖昧な相づちを打つヴィンセント。

 だが、その双眸は『クラウド』を見てはいない。形のない何かに怯えるように、じっと虚空を見つめていた。

「『ねぇ、ヴィンセント。我慢していることや不安があるなら、全部話して? ヴィンセントはどうしたいの? 何がヴィンセントをそんなに怯えさせるの?』」

 『クラウド』の問いかけに、空を彷徨う目線がようやく戻ってきた。

 だが、未だに何かに憑かれたように不安げに見える。

 

「……時たま……本当に何気ないきっかけで、足が竦んでしまうんだ。DGの一件が解決して、平穏な日常がやってきてから……よけいに」

「…………」

「あまりに長く生きすぎて、私はどこか狂っているのかもしれない」

「ヴィンセント……」

「あの時、あれほどまでに危険な状況であるにも関わらず、おまえもヤズーも……子どもたちも、私などのために命をかけてくれた。そうまでして私を守ろうとしてくれた……」

「…………」

「そして……かつては矛を交えたセフィロスまでが、いや、セフィロスこそが最期の最期まで……あれほどの深手を負いながら、この私を守ってくれた……」

「……ああ」

「おまえたちと出逢ってから……私は泣いたり叫んだり……少しだけ笑ってみたり……」

 そうつぶやくと、ヴィンセントは泣き疲れたような笑みを浮かべた。次の瞬間には、霞んで消えそうな淡い微笑だった。                                             

「ルクレツィアを失い、人為らざる肉体となった時……私の時間は止まったものだと思っていた。あの時から、そんな風に人間に関わってきたことはなかった。それは私の禁忌だったのだ」  

 そこまで一呼吸で言い募り、深く息継ぎをすると、ヴィンセントはゆっくりと顔を上げた。紅の双眸に浮かぶのは怯えの色であった。

 

 

 
 
 

「……クラウド」

 と掠れた声で、オレを呼ぶ。

「なんだ」

「……クラウド……私は怖いんだ……」

 血色の悪い口唇が震えながら言葉を紡ぐ。

「……何がだ?」

 穏やかに問いかける。不安げに……怯えきった眼差しで、オレを見つめるヴィンセントを宥めるために。

「……怖い……クラウド……」

「…………」

「ずっと……気付かないようにしてきた……出来れば先延ばしにしたかった……」

 ポツリポツリとつぶやく。

 オレは辛抱強く先を待った。

「……おまえに支えられ、穏やかで安寧だったこの場所に、ヤズーや子どもたちがやってきた……そしてセフィロスも…… ただ静かなだけの生活ではなく……多くの人に声を掛けられ、色々な事柄に巻き込まれ、慌てて動き回ったり……泣いたり笑ったり……どれもこれも今までの私の生活にはなかったものだ。……望んではいけないことだと思っていた」

「……ああ」

「人から思いを込めて名を呼ばれることが……抱きしめられることが……これほどまでに嬉しいことなのだと……初めて知った」

 カタカタと奮える指先が、オレの頬に触れる。

 そう……クラウドだと思い込んでいる、このオレの頬に……

 

「だから……もう二度と……もう……二度と……」

「……ヴィンセント」

「もう……二度と……離れたくない…… ひとりになりたくない……皆と一緒に居たい……!」

 まるで子どもにように彼は言った。

 感情の高ぶりを示すように、深紅の双眸が揺れ、惜しげもなく真珠の粒が転がり落ちた。

 

「おまえさえそのつもりがなければ、離れることなどないだろう……?」

 困惑を押し隠しつつ、言い聞かせる。

「おまえが一緒に居ようとさえ思えば……」

「……セフィロスはいつの日か必ず、約束の地を見つける。思念体の三人の青年を連れてゆくだろう。……そしてかつて愛していたおまえも……クラウド」

「『俺はセフィとなんか行かない。ずっとヴィンセントと居る』」

 おそらくクラウドが口にするであろう言葉を言ってみた。

「……ありがとう……クラウド」

 ヴィンセントの手が、オレの頬から額に伸び、慈しむように前髪を梳いた。

「だがな……私はやはり欲張りらしい。セフィロスに糾弾されたように、ひどく強欲な人間なのだ」

 ボロボロと大粒の涙が頬を伝った。まるで瞳から血を流しているようにも見える。

 あの夜……行きがかり上、つい口を滑らせた言葉が、大分ヴィンセントを傷つけてしまったらしい。

「私は……今、在るこの状況を失いたくないのだ…… おまえの傍らに居させてもらって……ヤズーと、みんなの食事を作ったり……子どもたちの相手をしたり……」

「…………」

「そして……セフィロスと……一緒に散歩に出掛けたり……話相手にしてもらったり……」

 嗚咽に取って代わりそうな吐息が、オレの名を綴った。

「……セフィロスの……側に居たい……離れたくないんだ……!」

「……ヴィンセント……」

 ああ、これは何なのだろう?

 コイツはオレをどう思っているのだろう? オレにどうして欲しいのだろう? 

 ただ側に居て欲しい……それだけを望んでいるのだろうか?

 ……指一本触れずに? お綺麗な関係のままで?

 

 ああ、やれやれ……やはりおまえは我が儘で欲深い男だ、ヴィンセント・ヴァレンタイン。

 

「……何度も言っているだろう? おまえがひとりきりになることはない」

「……クラウド……」

「その時が来たら、あのガキもおまえも連れてゆく」

 クッと口角を持ち上げ、オレはツ……と片手を伸ばした。涙の軌跡の残った頬に触れ、そのまま首筋に滑らせた。

「……なァ、ヴィンセント? クックックッ……」

「……あ……?」

 ヴィンセントの泣き濡れた双眸が、丸く見開かれる。

「相変わらずの泣きベソ男だな。……安心しろ、おまえは未来永劫、オレと一緒に居ることになる。おまえの気が変わって、逃げ出そうとしても無駄なことだ……クックックッ……」

「あ……? え……?」

「可愛いヤツだな、おまえは。ここのところ妙に気落ちしていると思っていたら、そんなことを心配していたのか?」

「……あ、あ、あの……ま、まさか……?」

「クックックッ……フッフッ……フハハハハ!! アーッハッハッ!」

 ついに堪えきれなくなって、オレは笑い出してしまった。