〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 コンコン。

 穏やかにノックをして、声を掛ける。

「ヴィンセント? 俺だけど」

「…………」

「ヴィンセント?」

 返事がないので、もう一度彼の名を呼ぶ。すると、ずいぶんと弱々しげな声が、

「ヤ、ヤズーか……?」

 と返してきた。

「うん。兄さんに聞いたけど、具合悪いって? ここ、開けてもらってもいい?」

「い、いや、ダ、ダメだ。い、今は…… あ、明日になれば……もう平気だから」

 明日になれば?

 食事もせず、薬も飲んだ様子はない。それなのに、いったい何を言っているのか。

「ヴィンセント、薬飲んでないでしょ? もし、タチの悪い風邪なんかだったら厄介だよ? もともと貴方はそう丈夫なほうじゃないんだし」

「…………」

「ね、とにかく開けて。顔見ないと、俺、心配で落ち着かないよ」

 掻き口説くように……とまではいかないが、俺はなんとかヴィンセントを説得しようとした。このままキッチンへ回れ右なんかできやしない。

 ジェネシスも待ちかまえているだろうし、なによりヴィンセントの身体が心配だった。

 ネロら、DGソルジャーに狙われるヴィンセント。彼の肉体は、通常の人間とは異なるのだ。

「あ、あの……ヤズー……」

 おずおずとヴィンセントが声を掛けてきた。

「ん? どうしたの? 大丈夫だから、開けてよ」

「ヤ、ヤズーひとり……か? クラウドたちは……」

「ああ、兄さんはいないよ。俺一人。だから安心して、ね?」

 そういうと、ようやく扉がゆっくりと開いた。

 中からビクビクとヴィンセントが顔を覗かせる。

「ヴィンセント…… 本当に大丈夫なの?」

 思わず俺はそう訊ね返してしまった。

 ルビーの瞳は露を含んで潤んでおり、頬は紅く上気している。息をしているのも苦しそうな有様なのだ。

「ヤ、ヤズー……」

「ねぇ、ちょっと、風邪の引き始めって感じ? 熱、かなり高いでしょう? 何℃あったの!?」

「え……あ……いや……」

「まさか、計ってないの? ほら、ふらふら起きてないで横にならなきゃ!」

 つい乱暴に彼の腕を引っ張ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 と、その時である。

 ビクンッ!とあからさまにヴィンセントが反応した。

「……あッ……」

「あ、ご、ごめん、痛かった!?」

「……ち、違う…… 違うんだ、ヤズー」

「どうしたの……ヴィンセント? 熱っぽいんでしょ? 早く着替えて……」

「違うんだ……」

 低くつぶやくと、彼はたまらなくなった様子でその場に座り込んでしまった。

 ハァハァと荒い吐息をつく様が、妙に艶めいて見える。……って、こんな状況で俺は何を考えているんだか。

「……ヴィンセント、大丈夫、立てる?」

「さ、触らないでくれ…… 違うんだ……これは……病などではなくて……」

 身体の震えを押さえるように、両腕で身体を抱きしめる。

「病ではなくて…… 馬鹿なことを……してしまった。どうして、こう私はつまらない好奇心を……」

「どうしたの? 言っていることがよくわからないよ?」

 腰をかがめてそう訊ねると、ヴィンセントは観念したように、デスクの上を指さした。

 そこには、先日見た覚えのある、可愛らしいピンクのパッケージ。兄さんがWROから、持ち出してきた例の薬が放り出されていた。

「ちょっ……ヴィンセント!? まさか、これ……」

 上目遣いでコクンと頷く。その仕草だけでもアレなのに、今の状態のヴィンセントでは凶器に等しい。兄さんなんかが見たら、ルパン三世飛びをしそうな有様だ。

「……ク、クラウドが何ともないって……言っていたから。ただ、元気になるサプリメントって……」

「い、いや、ちょっと待ってよ。これって兄さんの飲んだのと同じヤツ? なんか色が違うんじゃない? こんなピンクだっけ?」

「な、中身は同じなのではないのか? 配色が多少……異なるだけで。ハァハァ……」

 少ししゃべるだけでもキツイらしい。先ほど腕を取ったときに、驚いた様子だったのは、外部からの感触に過剰反応してしまうせいだろう。

 ……つまり、『感じて』しまうわけだ。

「同じ物だとしたら、効き目は体質によって違うのかな…… でも、ずいぶんと……」

 キョーレツなあらわれようだ。少なくともヴィンセントにとっては。

「あー、うん、事情はわかったよ。まぁ、病気でないだけよかった……とも言っていられなさそうだね」

「す、すまない。こ、こういったものは、どれほどで効き目が切れるのだろうか? もう、私には何がなにやら……」

 まともに思考する余力も残っていないというのだろう。

「そ、そうだね。ちょっと兄さんに聞いてみようか。……さすがに、24時間程度だと思うけど……」

「ま、丸一日!? そ、そんな……」

「あ、いや、よくわからないけど、でも徐々に収まっていくと思うよ。あー、下世話な話でアレなんだけど、抜いちゃったら楽になんない? ずっと我慢してるっていうのもかえってよくないと思うんだけど。そもそもそーゆーための薬なんだからさ」

「……参ったな…… 今後、くだらぬ好奇心は慎もう。私のようなものでも、少しは覇気がでるかと……」

「そんなふうに考える必要はないじゃない。俺は普段の大人しやかで、おっとりしたヴィンセントが大好きだよ」

 そう言ってやると、苦しげな息の中でも、

「ありがとう……」

 とつぶやいた。

「ええと、ちょっと待ってて、食事はともかく、何か冷たいもの持ってくる。喉渇いたでしょう?」

 俺はそう言い置いて、急いでヴィンセントの部屋を後にした。