とある日常の風景。 
〜神羅カンパニー with クラウド〜
<午後の部>
 セフィロス
 

 

 

 

13:30

 

「そんなわけで、教官業務の一環として、授業参観をさせていただきたいのだが」

 あくまでも丁重に申し出るが、語学担当の教官はガクガクと首振り人形のように頷くだけだった。

 そんなにこの私が恐ろしいか。

 まぁ、確かに身長差30センチ以上はありそうな、貧相なジジイ教官にとっては無理もないかもしれない。こんな貧乏くさいカマキリのような男が、私の大切なクラウドを居残りさせるなど……言語同断である。

 

 ガタガタと足を震わせるウジ教官の後に続いて、クラウドの教室に入る。

 同じ年頃の少年たちが、一斉に私を見るが、どうという感慨もない。もちろん、ザックスのようにかわいげのないクソデカ男を眺めるよりは、はるかに気分はいいが、私の目は窓際二列目、前から二番目の席のクラウドに釘付けなのだから。

 

 私の姿に気付き、蒼の瞳を目一杯見開くクラウド。

 ああ……驚いているクラウドも愛らしい。本当にこの子の動作、ひとつひとつが新鮮に映る。

 驚いたまま、私を見つめるクラウドに、にこやかに手を振ってやるが慌てて前を向いてしまう。

 

 ……無視されたのだろうか……?

 

 

14:00

 

 カマキリ教官は、ご丁寧にも、教室の後ろに見学用席を設けてくれた。

 私としては立ちっぱなしで、見学していてもまったくかまわないのだが、ヤツ本人が気になるのだろう。ご丁寧に、使用教材まで持ってきてくれる。

 ここはありがたく拝借することにした。

 

 

14:50

 

  授業も大分終盤にさしかかったところで、カマキリが口を開いた。

「あー、もう少し先まですすめるかな。では、次、学籍番号710、読んで」

「え……あ、は、はい!」

 立ち上がったのはクラウドであった。

 ……しかし、『学籍番号710』だと?人間を記号化するのは好ましくない。後で苦情を言ってやろう。

 

 ……?

 心なしか、クラウドの顔色が悪い。どこか具合でもおかしいのだろうか。ならばこのまま医務室に拉致して……

 だが、クラウドはおどおどと教本を持ち、起立した。

「え、えっと……Someday my father talked……」

 可愛らしい声で、しどろもどろに本文を読む。

 必死なクラウドは本当に可愛らしい。しかし……学問系の教官というのは特だと思う。オレのようにたまに実技の指導を受け持たされる側からみれば。

 なぜなら、生徒たちが動くわけではないから、こうして必死な面もちで勉強するクラウドを間近で観察できるし、運が良ければふたりきりで「居残り」も可能だろう。

「え、え〜と…… that's time……」

 うんうん。

 もう少し、年を経て上等兵に昇格したら、ぜひとも私の遠征に同行させてやりたい。語学が苦手なら、それこそ、任務の間中、側について教えてやれば……

 ふわふわとしたピンク色の妄想を思い描きつつも、表情だけは崩さない。

 トップソルジャーたるもの、この程度のことができねば話にならん。

「あー、はいはい。そこまで。もうちっとスラスラ読めるようにならんとね、君ね。あー、それでは今読んだセンテンスを訳して」

 不快な声が、天使のささやきを遮った。

 殺意を覚えるが、ここはぐっとガマンする。カマキリのためではない。クラウドの和訳を聞くためにだ。

「は、はい……あ、あの……え、えっと……」

「あー、どうしたかね。はい、訳して」

「あ、あの、まだ……」

 しどろもどろになっているクラウド。

 なるほど、理解した。もう授業も終了間際の時間帯だ。

 一生懸命、授業の用意と宿題はしていたものの、きっと今のセンテンスまで予習がすんでいなかったのだろう。

 あの子は心を許した人間には、わがままも言えるし、素直になれるが、もともとは引っ込み思案で内気少年なのだ。こんなふうに、公衆の面前でさらしものにされるような状況、耐えられるはずがない。

 ここは私の出番だろう。

 

 すっと片手をあげた。

「カマキ……ではない、教官。本日の授業について質……」

「授業中、すいまっせーんス!」

 バァン!と、扉を開ける音。

「センセ、事務室から連絡入ってるらしいスよ。実家からお急ぎだそーで」

 ぬぼーっとした物言いはザックスだ。

「そ、そうかね!い、いよいよかねッ! あー、きょ、今日の授業はここまでッ!」

「どーも、おめでとさんデス」

 ザックスの言葉を聞き終わらぬ内に、カマキリはものすごい勢いで教室を飛び出していった。

 ……私は上に持ち上げたこの右手をどう処理すればよいのだろうか。

 

「ザックスー! ありがとーッ!」

 クラウドがまたもや、ザックスに飛びついていく。

 それを横目に、そっと腕を戻した私であった……

「なんだよ、ありがとうって、だって、あのセンセに電話入ったのマジだぜ? 娘さんが里帰り出産なんだと」

「ザックス、超タイミングいいよッ! あー、あぶなかった〜。また週末補習になるとこだったよ〜」

「はぁ? 宿題教えてやったろ」

「ちがっ、そこじゃなくってさ〜。もっとずっと先のセンテンス。今週はそこまでいかないと思ってたのに」

「あー、そんでグッドタイミングな。はははは!」

 ……野獣と子犬が仲良く会話している間に、私はクラウドの同級生たちに囲まれてしまった。

 ひとりがサインをねだったら、次々にペンとノートを出す。挙げ句の果てには、制服のシャツに書いてくれなどという輩まで出現するありさまだ。

 

「はー、緊張解けたらお腹空いちゃった〜」

「そんなら食堂行くか? 授業終わりだろ」

「うんッ! ミルクプリン食べたいなっ」

「よしよし、今日は昼休み返上で頑張ったみてーだからな。おにーさんが奢ってやろう」

「ありがと! ザックス大好き〜ッ」

 ごふっ……と、私は血を吐いた。

 ……心の中で。たぶん、心臓か……どこかが怒りのあまり千切れたのだと思う。

「……あり? なんで、セフィロスが居るんだ?」

 部屋を出るときにようやくこの私に気付いたらしい。

 私は椅子に座ったままだが、見習いの生徒たちが、周囲を取り巻いているせいで気づいたのだろう。

「いいの。セフィはみんなとお話するみたいだし。行こ、ザックス」

「……そっか……? まぁ、そんなら邪魔しねーけど」

 さっさと教室を出て行くふたり。

 すぐさま、他の生徒たちを振り切り、後を追おうとしたのだが……

 

 ピンポンパンポーン

 

『ソルジャー1st セフィロス。ソルジャー1st セフィロス。ご来客があります。ただちに副社長室へ。繰り返します……』

 

 私は子供らに気付かれぬよう、ぎりぎりと歯を噛み締めた……