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〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&銀髪三兄弟〜
<10>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

14:00

「ヴィンセントの様子、どう?」

 彼の部屋から戻ってきた俺に、ヤズーが訊ねる。

 大分時間も経ったし、起きているようだったら、汗を拭いて着替えさせようかと思っていた。
 
 だが、どうやら薬が思いの外、効いているようだ。彼は額のタオルを取り替えてやっても、目覚めはしなかった。

 

「そう…… ま、朝食も遅かったしね。お腹空くには早いかな」

「ああ、そうみたい。よく寝てたよ。タオルだけ替えてきた」

「熱はどう?」

「うん、呼吸、楽そうだったし、今朝より落ち着いたんじゃないかな」

「そう。それはよかった」

 ヤズーが柔和に微笑んで頷いた。

 

「さてと、そろそろ行かなきゃかな」

「え、なにどっか行くの?」

「買い物」

 短くヤズーがこたえる。

「少し食材を買い足さないとね」

「あ、ああ、そうだな。俺も一緒に行こう」

「……いや、いいよ」

「いや、ひとりじゃ大変だし、場所わかんないだろう?」

「……ああ、まぁ、そうだね」

 少し思案するように、目線を泳がせると、ヤズーはカダージュとロッズを呼んだ。

「カダ、ロッズ、俺は兄さんと出かけてくるから、おまえたち留守番しててくれ」

「えー、ヤズー行っちゃうの? 兄さんも、一緒に? 俺も行く〜」

 と、ロッズ。

「僕、ヤズーと兄さんと一緒がいい! 一緒に行く!」

 と、カダージュ。

 案の定だ。

 俺が何か言う前に、ヤズーが口を開いた。

「今日はダメだ。ふたりで留守番していてくれ。ヴィンセントが休んでいるだろう? 万一、モンスターが襲ってきたり、そうでなくても、ヴィンセントの容体が急変したら困るからな」

「……はーい」

「はーい」

 わずかな逡巡の後、素直に返事をするふたり。

 俺は開いた口がふさがらなかった。

 きっと、この場でいくら俺が説得しても、ロッズはともかく、カダージュはゆずらないだろう。しかし、ヤズーが噛んで含めるようにそう言うと、手の掛かるふたりの弟はすんなりと頷くのであった。

 思わず脅威の念を抱いて、ヤズーの整った顔を見遣ってしまう。

 カチリと目線が合うと、彼はその美貌にふさわしい艶然とした微笑を浮かべた。

 

 

15:00 

「じゃ、兄さん……行こうか」

 俺たちは連れだって歩き出した。

 まぁ、あたりまえというか、予想していたことではあったが、道行く女性たちが、皆、ヤズーを振り返る。いや、女性ばかりではない、いい年こいたオヤジまでもが彼を振り返るのだ。

 女性たちの視線は、完全に憧憬……あこがれの視線だ。中には声高に噂する年若い女たちもいる。

 オヤジどもは、一瞬、男か女か判別がつかないといったふうな、不思議な生き物を見るような目で彼を見つめ、幸運にもヤズーと目のあった者などは、気の毒なくらい動揺し、無様にも手荷物を落としたりしている。

 

「……ヤズー、視線、気になんない?」

 俺はぼそりと訊ねた。

「別に……もう慣れちゃったかな」

「そっか……痴漢とかに遭わない?」

 俺は馬鹿なことを訊ねた。

「ま、さすがにね。側によってもらえば男だってわかるだろうし。ドレス着ているわけじゃないからね」

 そう言って笑うヤズーは、今日はオフホワイトのゆったりとしたサマーセーターを着ている。背中と胸元が、Vの字に切り込まれており、銀のクルスをつけている。下は飾り気のない細身のデニム、色は黒だ。

 俺は、ぼんやりと、美貌の具現という他はない男の顔を眺めていた。

 

 セフィロスの思念体とはいえ、成人した男の肉体を持っているのだ。ならばあたりまえの欲求があるはずだと思う。

 だがヤズーが女を組み敷いたり、吐息を荒くしたり、その形良い唇から声をあげたりする様はあまり想像つきそうにもなかった。

 しかし、俺の身体は正直だった。まともな想像もできないくせに、正常に反応してしまう自分の下半身が呪わしい。

 俺は少し前屈みになりつつ、歩幅を狭めた。それをどう取ったのか、ヤズーはまったく表情も変えずに俺の歩きに合わせてくれた。

 

「な……すっごい変なこと聞いていい?」

 俺は口火を切った。カダージュやロッズがいるところで出来る話ではない。ましてやヴィンセントに聞かれるのは好ましくないだろう。しかし、俺自身かなり好奇心のある人間だと自覚している。疑問に思うことはつい訊ねてみたくなる。

 

「なに? かまわないけど」

 くすくす笑いながらそう言ってくれるヤズー。本当にこの微笑の意味が分からない。彼はいつでもその整った造形にうっすらと笑みを浮かべている。

「いや、あの、変っていうか、俺にとってはかなり真面目な質問なんだけど……」

「フフ、そんなに構えなくていいよ。なぁに?」

『なぁに?』という問いかけがカダージュと同じだ。たぶん、カダがヤズーの口調を真似ているのだろう。

「あのさ、おまえたち、成人男子だろ?」

「なに、それ、ハハハハ……兄さんは面白いなぁ」

「もう! ちゃんと聞けよ。ほら、まぁ、カダは10代かも知れないけど、みんな大人じゃないか」

「まぁ、そうだね」

「あのさ、性欲とか……ないの?」

「あるよ」

 あまりにあっさりと肯定されて、俺はウッとつまった。

「そ、そうなの?」

「うん」

「いや、うんって……あんまりそういうふうには見えないんだけど……」

「そう? 普通にあるよ。思念体とはいっても両性具有なわけじゃないからね。俺たちは男だから」

「あ、ああ、それはわかってるけど……」

「まぁ、今のは俺の話」

「……一番、興味なさそうに見えるけど……」

「え〜? そう?」

 というと、彼はまたフフフと軽やかに笑った。

「う〜ん、ロッズはどうなんだろ……あいつは頭の中まで幼稚だからなぁ……カダージュは普通にあるよ。あまり行為の意味を理解しているとは思えないけどね」

「……ああ、カダはそんなカンジだな。この前も邪魔してくれたし」

「ハハハ、ごめんねって」

「……ヴィンセント、固まってたよ」

「そうだろうねぇ。でも、兄さんもちょっと見境無くない? 真っ昼間の来客中に仕掛けるのはどうかと思うよ。ヴィンセント、かわいそう」

 ……まぁ、確かに。

 俺はその件については水に流すことにした。

 

「そうだね……カダージュはよく『して欲しがる』よ。身体が若いしね。あまり深く考えてないんじゃないかな。気持ちよければそれでいいってカンジ」

 ロコツな物言いに、ドギマギしてヤズーを見た。きっと俺は耳まで紅くしていたんだろう。ヤズーが面白そうに笑みの色を強くした。

「……して欲しがるって」

「俺が相手をしてやるんだよ。どこの馬の骨ともわからないようなヤツを、カダに触れさせるわけにはいかないだろう?」

「…………」

「カダはね、兄さん。あの子は決定的にどこか欠落しているんだよ。知能は常人よりも遙かに……いや、俺たち三人の中でも飛び抜けてる。体力バカはロッズだけど、機敏性や動体視力はやはり一番だ。目にしたものはすぐに仕組みを解いてしまうし、読んだものは覚えてしまう。毎日毎日、ギガバイト級であの子の頭脳は活動している。本人が望むと望まざるとに関わらずね」

「…………」

「その反面……」

 そう言葉を紡いだヤズーの声は、低く固かった。

 

「その反面、人としての原始的な感情を理解できないんだよ。愛情と恋情の違いや、家族と恋人の相違……そんなことは他人に言われるまでもなく、普通の人間はわかって行動するものだろう?」

「あ、ああ」

 俺はぎこちなく頷いた。

「感情面においてのみ、そこらの赤ん坊とかわらない。憐れといえばそうかもしれないね」

「…………」

「でもね、兄さん。俺はそんなカダージュが大切なんだよ。愛おしくてならない。……あの子はただ、抱いてあやして気持ちよくしてくれる人が欲しいだけだろうけど、ね」

 俺はほとんど木偶の坊のように、ヤズーの口上を聞いているだけだった。

 彼にとってつらいはずの話をしているのに、女性めいた華やかな美貌には一点の翳りも浮かばない。

 

「フフ、兄さん、なんて顔してるの?」

「……だって」

「兄弟で何してるんだって、キモチ悪くなった?」

「そうじゃない!」

 俺は激しくヤズーの言葉を遮った。

「……だって、おまえ、つらいだろ? そんなの…… おまえがそんなふうにカダのことを想っているのを……あいつは理解できていないんだぞ?」

「……ああ、うん……仕方ないね」

「それでいいのかよ? 仕方ないって……そんな気持ちで……その、アレしたって、満たされないだろ……おまえ……?」

「フフ……真剣な顔して……兄さんは本当にやさしいね」

 そう言った彼の微笑は、先ほどまでの仮面のような笑みではなかった。

「いいんだよ、カダがよければそれで……」

「ヤズー……」

「俺だって聖人君子じゃない。自分がしたいときはカダ以外だって相手にするしね。兄さんには悪いけど、ヴィンセントなんてすごく好みだよ。綺麗でやさしくて大人しくて……フフフ」

 そう言って、長い髪を掻き上げるヤズー。セフィロスのような銀の髪が、午後の日差しを受けてキラキラと輝く。

「ちょっ……おい、ヴィンセントはダメだからなッ!」

「はいはい、わかってるよ。……兄さんもね、大好きだよ。強くてやさしくて、可愛くて」

「オイィィィ! もう、その可愛いってなんだよッ! カダといい、ヤズーといい……そりゃ、身長はちょっとおまえに負けてるけど……」

「そういうところが可愛いんだよ。兄さんの短い金の髪も、睫毛の長い蒼い瞳も大好きだよ」

 そういうと、彼は機敏な動作で少しだけ腰をかがめ、俺の額にチュッと音の出るキスをした。

 人通りからは離れていたのに、目ざとい女たちが、キャーッと黄色い嬌声を上げる。

「ちょっ……なにすんだよ、ヤズー!」

「行こう、兄さん。お店、閉まっちゃうよ」

 軽い足取りで走り出したヤズーの後を追う。

 

 紺碧の海を背景に駆ける。

 そんな彼の姿は、やはりとても綺麗……としか言いようのない俺だった。