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〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&銀髪三兄弟〜
<11>
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

16:30

 カーテンに透ける夕陽の明かるさで、私は目を覚ました。

 喉の渇きを覚え、そっと寝台を出る。 

 

 今朝方の熱っぽさはほとんど無くなり、身体の鈍痛は消えていた。今回ばかりはクラウドの言葉に従って安静にしていたのが良かったらしい。                           

 キッチンへ行き、冷たい水を贖う。クラウドに出くわしたら何か言われるかと思ったのだが、ヤズーの姿も見えないことから、どうやら外出しているらしい。居間のソファで、カダージュとロッズが寝こけていた。
 いかにも遊び疲れて、そのまま眠ってしまったという風情には笑みを誘われる。

 それこそ風邪を引かれては困るので、ブランケットを二人の上にかけてやった。幸い起こすことなく眠り続けてくれている。

 私はわずかな逡巡のうち、シャワーを浴びることにした。長風呂をする体力はなさそうだが、やはり汗を流したい。それに私のベッドの足もとに真新しいコットンの夜着がおいてあったところをみると、クラウドが気を利かせて、着替えさせようと考えてくれたのだろう。

 

 クラウドとヤズーが戻ってきたのは、私がちょうど湯浴みを終えて、私室に戻り付いたときであった。あわてて新しい寝間着に着替えて布団に入る。起きていたところでバッタリ会ったら、きっと何か言われるに違いない。

 

 しばらくして、私の部屋の扉がごく静かに開かれた。

「……クラウド、おかえり」

 私は言った。

「あ、なんだ、起きてたの? ……どう? 具合」

「ああ、もう大分いい。迷惑をかけてすまなかった」

「そんなこと言うなって。全然迷惑なんかじゃないよ。お腹空いた? なにか食べられそう?」

「あ……ああ、そう……だな」

「よしよし。朝方、リゾット食べただけだもんな。食事して薬飲もうな!」

「あ……ああ」

「じゃ、その前に身体拭いて着替えさせてあげる」

「い、いや、クラウド……」

 私は少し前に目が覚めて、シャワーを浴びたことを告げた。クラウドはわずかに眉を顰めたが、私の具合がよいのを見て取って納得してくれたようだ。

 

 そのとき、コンコンと軽いノックの音が響いた。

 クラウドが扉を開けると、ヤズーが食事のトレイを持って立っていた。

「どう、具合? ああ、顔色、よくなったね。熱は下がったかな」

 そういいながら、室内に入ってくる。

「あ、ああ、すまない。迷惑をかけてしまって……」

「何言ってるの。全然そんなことないよ。そろそろお腹が空く頃かと思ってね」

「すごい、いいタイミングだ、ヤズー。っていうか、何時の間に作ったの? 俺たち、さっき戻ってきたばかりだろ」

「下準備は出かける前に済ませておいたからね。はい、どうぞ、自分で食べられるかな?」

 整った面に微笑を浮かべて、ヤズーが言った。

「あ、ああ、もちろん……」

「えぇ、俺が食べさせてやるのに!」

「い、いや、クラウド、もう本当に平気だから……」

「あ、そうだ、兄さん。悪いんだけど、カダとロッズの相手をしてもらえないかな。今日はほとんど兄さんがかまってやってないからご機嫌ななめなんだ」

「えぇ? もう子どもじゃないんだからな、あいつらは! 仕方ないなぁ」

「ク、クラウド、行ってやったらどうだ? 私はもう大丈夫だし……」

「……でも、ヴィンセント……」 

「まぁまぁ、ヴィンセントのことは俺に任せておいてよ」

 ヤズーがにこにこと微笑む。なぜかクラウドのうろんな眼差し。

 

「仕方ないなァ。じゃ、俺、ちょっと行って来るけど……」

「うんうん」

「ヤズー、ヴィンセントはダメだからな! ぜったい、ダメだぞ!」

 しつこいほどに念を押すクラウド。なんの話なのだろうか。

「はいはい、わかってるよ。兄さんは心配性だなぁ」

「だれのせいだよ、もう!」

「ごめんねって。じゃ、ヴィンセント、ご飯食べよう。兄さん、後はよろしく」

「あ、おい、ちょっ……ヤズー!」

 見る見るうちに、部屋の外に追い出されるクラウド。

 

 薄く刷かれた微笑を、強くすると、ヤズーはスツールに腰を落とした。

「まだ、熱いと思うから、気をつけてね」

「あ、ああ……」

 私は背後にクッションを敷き詰められ、半身を起こした。起きてテーブルで食べると言ったのだが、ヤズーがベッド用の簡易テーブルをセットしてくれる。なんだか至れり尽くせりで恐縮してしまう。

 大葉と白身魚のリゾット、ウドの梅肉和え、吸い物、煮物……野菜も豊富だし、完璧な献立だ。

「……ヤズーは本当に器用なんだな。とても美味しそうだ」

 私はしみじみとつぶやいた。

「そんなことないよ。ヴィンセントには負けるよ」

「……いや……」

「ま、食べてみて」

「あ、ああ」

 私はレンゲでリゾットをひとさじ掬う。

「……美味しい」

「そう? よかった」

「……あ、ああ、本当に美味しい。朝食も手製だったろう。すまないな……」

「ヴィンセントは遠慮深いなぁ。俺、正直なところ嬉しいんだよ」

「え……?」

「あ、いや、具合悪いのに、嬉しいなんて言っちゃまずいかな。でも、おかげで多少なりとも役に立てたみたいだし。押し掛けてしまった側としてはね」

「……いや……」

「もう、ホント、カダとロッズが兄さん兄さんってうるさくてね。ごめんね、それほど長くお邪魔する気はないからさ」

「そんな……気を使う必要はない」

「ヴィンセントはやさしいね」

 そういうと、また彼は艶やかに笑った。

「兄さんはヴィンセントのこと、本当に好きなんだね。近くで見ていてよくわかるよ」

「……ああ、クラウドは私にとてもよくしてくれる」

 そんな素直な言葉がこぼれ落ちる。

 ヤズーという人間は不思議な雰囲気を纏っている。彼の方から深く関わろうとはしてこないのに、なんとなくこちらから知って欲しくなるような……彼に話をすることで自らの気持ちを確認することができるような……

 

「あ、あの……」

「ん? なに、ヴィンセント……」

「そ、その……」

 どうも私はふたりきりでいるのが苦手だ。大勢の中にいるより遙かに安堵できるというのが正直なところなのに、あまりに話題がないので、心苦しくなってしまう。

「え、ええと……あの、さっき、クラウドがなにか言っていたが……」

「え? あ、ははは。兄さんは心配性なんだから」

「……?」

「フフ、これじゃ意味わからないよね」

 そういうと、ヤズーは細い首を微かに傾げた。

「あのね、今日兄さんと買い物に行ったときにさ……」

 そう前置きをして、ひどく楽しそうにヤズーは話し始めた。

 

「……ってなワケで、俺がヴィンセントのことをとても好みだって言ったから、兄さんヤキモチ焼いちゃってるんだよ。あの人はホントに単純で可愛いよねぇ?」

 そう言われても当事者としてはどう答えればいいのだろうか。

「……クラウドは変わっているのだ。私のことを好ましいなどと……」

「えー? それじゃ俺も変わり者ってことになっちゃうよ。ヴィンセントは自分のことをよくわかっていないんだね」

 冗談とも思えない口調で言うヤズー。

「……そうなのだろうか……?」

「ヴィンセントはとても綺麗じゃない。そして優しくて穏やかで……」

「おまえのような容貌に恵まれた人間に言われると気恥ずかしい」

「ふふ、俺も自分の容姿のことはよくわかってるよ。人間はこういう外見が好きなんだよね。でも、ヴィンセントは素敵だよ。本当の意味で。兄さんは見る目があるなと思うよ」

 

 そういうと、ヤズーがすっと近づいた。すでに片付けてしまった食器を脇に退けて。

 私は食事用のテーブルを外しても、クッションに寄りかかったまま、半身を起こしていた。

 静かに手を挙げて、私の額に手を触れる。

「ん……熱は下がったのかな?」

 そのまま両の手で頬を押さえ、彼は自分の額と私の額をくっつけた。まるで母親が子どもの熱をはかるように。

 私はどういうリアクションをとっていいのかわからず、そのまま石像のように固まってしまった。

 

「ヤズー、えへへへ〜、来ちゃった! ヴィンセント、目覚ましたって兄さんが……」

「ヤズー、ご飯は〜?」

「こら、カダ、ロッズ、静かに……ああ〜〜っ!」

 クラウドが大声を上げる。

 

「ヤズー! こらこらこらーッ! 離れろーッ!」

「あ〜あ、タイミング悪いなぁ、兄さんは」

 おどけて言うヤズー。

 赤くなる必要はないのに、私はすぐに顔が火照ってくる。

 

「あー、ヤズーとヴィンセント、チューしてたの!?」

「チューすると風邪、伝染っちゃうよ?」

 カダージュとロッズが、あまりにも子どもっぽい表現でそう言うのに、顔を上げているのも照れくさくなる。

「ふふふ、大丈夫だよ。おでこくっつけてただけだから。ね、ヴィンセント?」

「あ、ああ」

「ホントかよ! 熱なら俺が計ってやる!」

 ガバリとばかりに飛びついてくるクラウド。肩に引っかけていたガウンがすっ飛んでしまう。

「ク、クラウド、よ、よさないか」

「なんでよ! ヴィンセント、俺にだけ冷たい!」

「そ、そんなことは……」

「兄さん、子どもみたいだよ。うん、昼間飲んだ熱冷まし、ちゃんと効いたみたい」

 にっこりと微笑んでヤズーが言った。

「ヤズー、ずるいよ、ヴィンセントにチューして。僕にもしてして」

「カダにはいつもしてやってるだろう?」

「じゃ、ヴィンセント、僕にチューして!」

「え、いや……それは……」

「ダメだ! ヴィンセントは俺のだぞ! おまえたちはくっつくな!」

「ブーッ! 兄さん、横暴〜!」

「横暴〜!」

 カダージュとロッズが声を合わせる。

「ほらほら、ヴィンセントが驚いちゃってるよ」

「あ、ごめんなさい、うるさくしちゃって」

「そうだぞ、カダはうるさい!」

「ロッズに言われたくないね!」

「こらこら、ふたりとも。さぁ、ヴィンセントはもう一眠りしなくちゃならないからね。向こうへ行くぞ」

「えー、もう、僕もっとヴィンセントとお話したい」

「俺も俺も」

「それはヴィンセントが元気になったらな。今はまだダメだ。さ、兄さんも出よう。伝染るといけないしね」

「……はーい」

「じゃ、明日ね〜」

 ヤズーがカダージュとロッズを追いやる。

 不思議なことにきかん気の強そうなカダージュも、ヤズーの言うことならきちんと聞けるのだ。

「ヴィンセント……」

「……どうした? クラウド?」

 じっとりとした目でこちらを見つめるクラウド。未だに、ヤズーのしたことを根に持っているのだろうか。

「ヴィンセント!」

 もう一度、名を呼ぶと、まるで独楽鼠が動くように、サッと私のすぐ近くに飛び寄ると、私の熱っぽい唇に口づけた。チュッと軽い音がする。

 やれやれと言った様子で微笑むヤズー。

 パチンと片目をつむり、手を振るクラウド。

 

 彼らが室内から出て行っても、私は不可思議な幸福感にとらわれていた。

 

 ゆったりと夜の帳が降りてくる。

 

 私は、やわらかな惰眠をむさぼるために瞳を綴じ合わせた……

 

 

 

 

終わり