コスタデルソルへようこそ 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&銀髪三兄弟〜
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 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

18:00

 そろそろ夕食の仕度を始める時刻だ。

 私は客室と自分たちの部屋のベッドメイクを終えると、キッチンへ向かった。

 

 今日は心ならずもクラウドを傷つけてしまった。あんな風に怒鳴らねばならなかった彼にとって、私の吐いた言葉は、千のナイフにも似たようなものだったのだろう。

 自己嫌悪に尽きないが、落ち込んでいても仕方がない。

 今は、私にできることをするだけだ。

 

「夕ご飯の仕度? よければ手伝わせてもらえない?」

 そう言って、寄ってきたのは、三人のうち髪の長い青年だった。彼はさきほどまでソファで本を読んでいた。クラウドにじゃれついて遊んでいるふたりに比べると、大人びた印象の青年だ。

「……客人なのだから、気遣いは……」

「勝手に厄介になるんだから、せめて手伝いくらいさせて?」

「…………」

「ああ、ごめん、俺はヤズー。むこうの小さい方がカダージュ、大きいのはロッズ。ちゃんと自己紹介もしてなかったよね」

「……ヴィンセント・ヴァレンタインだ」

 私は言った。気の利いた自己紹介などできない。

「うん、知ってる。元タークスのガンマンなんだってね。そして今は兄さんの大事な人」

「…………」

「さっきはカダージュがごめんね」

 そう言われて、カッと頬が熱くなるのを感じた。

 情けないが、表情を消すことはできても、顔の上気を消すことはできない。ワイシャツ一枚では顔をかくすことも不可能だ。私はやや困惑して顔を背けた。

 

「ちょっ……コラコラ! ヤズー、ヴィンセントに何言ったんだ? さっきも注意したろ? ヴィンセントを困らせるような真似だけは……」

 いけない。私が過剰反応すると、クラウドが飛んできてしまう。

「ち、違う、クラウド。彼は手伝いを申し出てくれたんだ」

「え、何? そうなのか、ヤズー」

「うん。ほら、僕たち三人で押しかけて迷惑かけてるわけだから、せめて家の手伝いくらいさせてもらえないかなって」

「そ、そういうことだ。私は大丈夫だ、ありがとう、クラウド」

 私が含めるようにそう言って聞かせると、クラウドは安心したらしく、弟(?)たちのところへ戻っていった。

 

 

18:20

「ハァ……」

 知らず知らずのうちに、つい安堵の吐息がもれる。

「大丈夫? 兄さんにまでそんなに気を使うの? あんなに好かれてるんだから、もっと楽にすればいいのに」

 長髪の青年……ヤズーが少しからかうような口調でそう言った。聞きようによっては、意地悪く感じないこともないが、彼の言葉は私の欲しい言葉であることが多い。

 そしてそんなふうに、感じる自分を、ひどくあさましい人間だと思わずにはいられなかった。

「じゃ、手伝わせてもらうね? なんだったら、明日から食事の支度は分担にしよう。こう見えてもそこそこはできるんだよ」

 そういうと、彼は慣れた手つきで、野菜を洗い出した。

 

 

19:30

 夕食。

 今日のメインメニューは、白味魚のワイン蒸しと根菜のポトフだ。もちろん海藻のサラダもつけておく。

 クラウドは苦手な野菜が多く、バランス良く食べてもらうのに苦労する。生野菜の苦みが嫌いらしい。だが、マリネにしたものや、温野菜は比較的口にするので、野菜のポトフは定番になっている。

 この人数分の食事を用意するのは、相当の労力を要するのであろうが、不思議なことにいつもよりも手早く楽に感じた。言うまでもなく、私を手伝ってくれた長髪の青年……いや、ヤズーのおかげだ。

 彼は本当に器用だ。すべての動作に無駄がない。そして鋭敏なのだろう。私が次に何を必要としているのか、ごくあたりまえに察して、調理器具や調味料を差し出してくれた。 

「美味しいッ! これ、僕、食べたことないや」

 カダージュがせわしなくポトフを口に運び、食事中にしては大きな声で発言する。

「あっつい!」

「ほら、カダ、落ち着いて食べろ」

「うん、ヤズー。これ、美味しい。今度うちでも作ってよ」

「わかったわかった」

 となりに座っているヤズーが、ナプキンで弟の頬をぬぐう。なんとなく私とふたりでいるときと印象が異なる。

 

(ヴィンセント、ごめんな?)

 となりのクラウドが耳打ちする。

「……?」

 (人数分用意するの、大変だったろ? いきなりだったし……)

「いや……そんなことはない」

 私は低く応えた。

 

 

20:10

「ねぇ、もう食べないの?」

 ぼんやりしていると、先ほどの少年……カダージュに声をかけられた。この子の物言いは屈託がない。

「え、あ、ああ……」

「こんなに美味しいのに」

「あ、ああ、そうか」

「うん。作ってくれた人なのに」

「…………」

 私が困惑しているのを見て取ったのだろう、クラウドが横から会話を引き取ってくれた。

「ヴィンセントは食が細いんだよ。俺もいつも心配してるんだけどな」

「ふぅん。僕、美味しいものならいくらでも食べられちゃうけどな」

 かく言う彼は、すでにポトフのお代わりを食べ終えている。

「カダージュは好き嫌いが多いだろ?」

 ヤズーが口を挟んだ。さきほどからずっと大人しいもうひとり……ロッズという青年は、ひたすら食事を続けている。ちなみに彼のポトフもお代わり済みだ。

「えー、そんなことないよ。僕、ちゃんと食べてるもん」

「兄さんの前だとな」

 やや意地悪く、ヤズーが言った。

 クラウドがくすくす笑っている。突然来られて驚きはしたのだろうが、クラウドがすでに、彼らに対してのわだかまりを解いていることを知り、私は安堵した。

「ヴィンセントは料理が上手なんだね。俺、となりで手伝ってて驚いたよ」

 ヤズーが私を見て微笑む。彼はとても整った顔立ちをしている。

 弟のカダージュは未だあどけなさが抜けない幼い表情が多い。ロッズという青年は、もともと体格がよいのだろう。精悍な印象だ。

 だが、私に親しげに語りかけてくるヤズーの面立ちは、語弊を恐れずに言えば、女性的……というか、きらびやかな美貌といえよう。

 細面の中、切れ長の双眸を覆うのは、うるさいほどに長い睫毛、孤を描く細めの眉、形良く通った鼻梁……そして色味の淡い口唇。

 

「そうだろ、そうだろ。ヴィンセントはすごく器用なんだよ。俺、食事の時間が楽しみでな」

 となりのクラウドの声で、ハッと正気づく。あわててヤズーの顔を見ると、私の心中を思い当てているように、あでやかな微笑を返した。

「いや……その……たいしたことは……」

「ねぇ、あんまし、しゃべんないんだね? なんかヤズーみたい。ううん、ヤズーよりしゃべんないんだね?」

「…………」

「こらこら、そんなにストレートに聞かれたらヴィンセントが困るだろう。ヴィンセントは物静かな人なんだよ。騒々しい子は嫌われるぞ」

 ……なんというか、完全に兄モードで話すクラウド。自分のことを言われているにもかかわらず、となりで聞いていると新鮮で微笑ましい。

「にぎやかなの、嫌いなの?」

「……そういうわけでは……」

「にぎやかだと、ご飯食べらんないの?」

「いや、それとこれとは……」

「カダージュ、ヴィンセントを困らせると兄さんに怒られちゃうよ」

 不思議な微笑を浮かべつつ、ヤズーがカダージュの肩を叩く。

「ええッ? 今、いけないこと言っちゃった?僕。……よくわかんないや」

「ち、違う……すまない……私は話をするのが……その、苦手で……」

 しゅんとうなだれてしまった少年に心が痛む。はるかに年長のはずの私が、こんな子どもに気を使わせてどうするのだ。

「不快なわけじゃ……ないんだ」

「じゃあ、話かけてもいいの?」

「え? あ、ああ、おまえがそうしたいのなら……」

 私はなんとか言葉を繋げた。

 傍らのクラウドが、私の物言いに驚いたのだろう。小さな声で、「へぇ」と感嘆するのが聞こえた。