〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<27>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「……ヴィンセント、どこに行くの?」

 背後からの、困惑した声に、私は一瞬たじろいだ。

 紅のマントに、銃を装備した出で立ちを見れば、声を掛けずにはいられなかったのだろう。

「……カダージュ」

「ヴィンセント、ダメだよ。みんな、心配してるよ?」

「…………」

「僕、セフィロスにヴィンセントのこと、頼まれたんだよ。きっとすごく気に病んでいるはずだから、付いて見ててあげてって」

 ……セフィロス。

 君は自分の恋人が囚われているというのに、私のことまで気に掛けてくれていたのか。やさしい君に、一番大切な人だけは、何が何でも返してやらなければならない。

 例え、私がどうなろうとも……こんなことで最愛の人を失うなど……到底受け入れられるはずがないのだから。

「カダージュ、聞いてくれ」

 私は居間に戻り、カダージュの肩にそっと手を添えた。

 真正面から、セフィロスに似た淡いブルーの瞳が見返してくる。

「……ありがとう。おまえも私のことを心配してくれるのだな」

 まずは礼を告げた。

「あ、あたりまえじゃない。僕、ヴィンセントのこと好きだもん。家族だと思ってるもの」

「…………」

「でもね、僕だけじゃないんだよ? セフィロスだって、ヤズーやロッズだって、ヴィンセントのことが好き。大好きなんだよ? だから……」

「……ありがとう」

 私は思わず彼を抱きしめていた。 

 まだ十代のカダージュは、ヤズーやクラウドのように言葉が上手いわけではない。それでも辿々しい物言いの中に、本当に私を思ってくれている様子がにじみ出ている。

 今はまだ泣く時ではないのに……しょっちゅうセフィロスから泣きグセは直せと注意されているのに……閉じた瞳から熱いものがあふれ出すのを、こらえられそうもなかった。

「ヴィンセント……? ど、どうしたの? 泣かないでよ」

「……いや……すまない。カダージュが、私をそんな風に思ってくれていると知って……とても嬉しかったのだ」

「なんで? 今さら。そんなのあたりまえのことじゃない。僕、このおうちに来て、ヴィンセントに初めて会ったその日から、ずっとずっとヴィンセントのこと好きだったよ? 嫌いになったことはないよ?」

「……そうか……カダージュはいい子だな。ヤズーが誰よりもおまえを大切に想うのがよくわかる。きっともう何年かしたら、強い心を持った素晴らしい青年に成長するだろう」

 顎のラインに沿って切りそろえた髪。さらさらと微風に揺れるそれを、私はそっと指先で梳いた。

 そして声をあらためて続けた。

「カダージュ。セフィロスの恋人が、私と間違われて囚われの身になっているのは知っているな?」

「……う、うん。お店の支配人さんだよね」

 こっくりと頷いてみせる。

「そうだ。……彼はごく普通の民間人なのに、たまたま私と似通った容姿をしていただけで、生き残りのツヴィエートに捕らえられてしまった。今、どれほどの不安に苛まれているか想像もつかない」

「…………」

「だから、私は彼を連れ戻してやらねばならないのだ」

「で、でもッ! 今……それはヤズーたちが行ってるじゃん!? 向こうはヴィンセント自身を狙っていたこともあるんでしょ? 危ないよ、そんなところに……」

 ……そう、カダージュの言うことは筋が通っている。

 というか、セフィロスに預けたものを、本物のエンシェントマテリアだと思っているのだから。それがまがい物で、本物は私の体内に取り込まれたままだという事実を知っているのは、この私以外には誰もいないのだから。

 カダージュに本当のことを話せば……ますます私が行こうとするのを止めるだろう。

「カダージュ、よく聞いてくれ」

「ヴィンセント……」

「そうだな。おまえのいうとおり、彼らの目的がエンシェントマテリアだけでなく、私自身だという可能性もなきにしもあらずだ。実際、この前は私を仲間に引き入れようとしたのだから」

「そ、そうでしょ? ヴィンセントのことスゴク綺麗だって……気に入ったって、アイツ言ってたもの。ヤズーも聞いてたよ? だから、マテリアだけじゃなくてヴィンセントのこともあわよくば手に入れたいって……」

「……そう。ネロは常人ではないのだ。マテリアが真の目的でも、自らの享楽のために、何の迷いもなく人ひとり連れ去るくらいわけはないはずだ」

「…………!」

「わかるか? セフィロスたちがいかに強いとは言ってもわずか三人きりで敵地へ向かったのだ。民間人ひとりを守りつつ、ネロとヴァイス……そして数多のDCどもを相手にするのは難儀なことに違いない」

「……そ、そうかもしれないけど……」

「ネロの操る闇……セフィロスたちはともかく、クラウドにとっては苦手な相手になるだろう。おまけに、ヴァイスだ。彼はオメガを宿すほどの器を持つ人物だ。その強さは現段階でも計り知れない」

 私は言葉を重ねた。

「……少なくとも、ネロの漆黒の闇は私には通用しない。大丈夫、セフィロスたちの手助けをするだけだ」

「…………」

「カダージュ……わかってほしい。もし、ヤズーが囚われていたら? おまえは何が何でも駆けつけたいだろう?」

「そ、それは……う、うん。で、でも……ちゃんとセフィロスが行っているんだから……」

「最愛の人ならば、一刻も早く救い出したいはずだ。だが、セフィロスは私を引き替えに差し出すようなことは一切言わなかった。……彼は本当に優しい人だ。私はいつも彼の気持ちに甘えている」

「そ、そんなこと……!」

「だから……せめて、今一番つらい思いをしているセフィロスの手助けをしてやりたいのだ。私が行けばネロは動揺するだろう。彼らがその隙を突いてくれれば、遙かに戦況は楽になるはずだ」

 ……いささか強引な話とは思えたが、時は一刻を争う。いざとなったら、カダージュと矛を交えてでも行かなければならないと覚悟していた。

 私の説得で彼が納得してくれれば、本当にありがたかったのだが……

「……ヴィンセント」

 ずっと俯いていたカダージュが、顔を上げて私を見た。私は祈るような気持ちで彼の小さく整った顔を見返した。

「……ヴィンセントの気持ちは……よくわかった……と思う。でも、僕は僕の役割を果たさなきゃならないの。セフィロスだけじゃなく、ヤズーや兄さんもそれを期待しているはずだから」

「……カダージュ……」

「だから、僕も一緒に行く。一緒に行くなら『目を離した』ことにはならないから。それが僕の最大限の譲歩だよ」

 これ以上は一歩も譲らないという面もちで、末の少年はきっぱりと宣言した。

 ……否応はなかった。ここで口げんかをしても始まらないし、時間ばかりが経ってしまう。

 カダージュは幼いが利発な子だ。

 

「……わかった。では、カダージュ、一緒に来てくれるか?」

「うん!」

 そういうと、彼はすぐにとって返し、動きやすい服に帯剣して戻ってきた。

「大丈夫。支配人さん、きっと無事だよ」

 そう言ってくれる笑顔に、私は軽く頷き返したのであった……