〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<23>
 
 支配人???
 

 

 

 

 

 

「ああ、いらっしゃいましたね。さ、そちらにお掛け下さい」

 ネロはいつにもまして上機嫌のようであった。

 時刻は午後七時過ぎ……夕食の時間である。

 シンプルな麻のシャツに黒のパンツ。素っ気ない出で立ちが、貴族的な美貌をさらに怜悧に印象づける。計算でやっているのなら、センスの良い人物といえよう。

  

 日に三度ある食事の時間……そのうちの最低一度は、こうして彼と同じテーブルに付かされた。場合によっては、朝昼晩と同席させられたこともある。

 

「……こうして、貴方とテーブルを囲めるのも、今日が最後になってしまうのでしょうかね……」

 冗談なのか本気で残念に思っているのか……ネロはひょいと両手をあげて、いかにも不本意というように、頭を振ってみせた。

「……ゆっくりふたりで食べますから……君たちは下がっていなさい」

 彼は給仕を努めた者どもに、そう告げて手で追い払うような仕草をしてみせた。

 彼らは一様にうっそりと頭を下げ、無言のまま立ち去る。

 屋敷の中には、ああいった『者ども』が数多くいるらしいのだが、屋敷自体が広いし、彼らはほとんど言葉を発することがないので、正確な数を掌握するのは不可能であった。

 どっしりとした作りのアンティークなテーブルに、薔薇の刺繍が施されたシルクのクロス。その上で、澄んだコンソメスープが湯気を立てていた。他にも焼きたてのパン……そして魚料理にサラダが品良く盛りつけられている。

 ごくあたりまえの日常生活の一コマならば、上品な料理に誉め言葉のひとつでも述べたいところだが、あいにくそんな気分ではない。

 仏頂面のまま、無言でテーブルに付く私に、ネロが無邪気に微笑みかけてくる。

「ヴィンセント・ヴァレンタイン。今日は昼もあまり食べて居られませんでしたね。夜は貴方の好きそうなものを並べましたので、きちんと食事をなさって下さい」

「…………それはどうも」

「おやおや、まだご機嫌を直していただけませんか?」

「……申し訳在りませんが、これが地顔です」

 スプーンを手に、彼の顔を見ないで返事をした。

「今日は朝食は抜きになさったそうですね。それなのに、昼もほとんど口にしていないと伺い、ずっと気になっていたのですよ」

 恩着せがましい物言いに、苛立ちが募った。

 普段ならば、どんな迷惑な客相手でも、適当に受け流せるのだが。待遇だけはよいものの、当然屋敷の外には出られないし、店のことも気になっている。なにより、今頃、セフィロスはどうしているだろうかと考えると、落ち着いて食事などできるはずがなかった。

 それなのに、ひとりよがりにしゃべるネロに鬱憤が溜まっていたのだ。

「……朝は起床時刻が遅かったので、欲しくなかっただけです」

「申しましたでしょう? 貴方は僕にとって大切な人なのです。身体を労ってください」

「……よけいなお世話です」

「これはまたずいぶんと嫌われてしまったようですね? 昨夜は虐め過ぎましたか? それとも、恋人が迎えにこられることで気持ちが大きくなりましたか? クックックッ……」

 嬲るような物言いに、反吐が出る。

「僕たちは相性もよいと思うのですが……? ああ、ご安心ください。貴方のお知り合いの方々には、一言も話をしてはいませんよ、ふふふ」

 楽しげな言葉がさらに不快感を強めた。

「やめてください。あなたはしつこすぎます。……好みではありません」

「おやおや……傷つくことを言ってくださる」

 心外という口調で、おお、神よ、とばかりに天を仰ぐネロ。

 

 

 

 

 

 

 ……セフィロスが迎えに来てくれる……

 それは、私にささやかな勇気を与え、矜持を守る力になった。

 

 ……セフィロス、あなたに会いたいです。

 どうやら私は、自分が想像していた以上に、あなたのことを慕っているらしい。

『ホンモノ』とおっしゃっていた方の代わりなのだろう、と割り切った付き合いをしていたつもりだったのですが……まだまだ私も修行が足らないようです。

 

「ヴィンセント・ヴァレンタイン」

 私ではない人の名を呼ばれ、思いの淵から引きずり出される。

「……貴方の保護者殿はすでにこちらに向かっておられますよ」

「……そうですか。何時にお約束なさったのですか?」

「さぁ……いったいこちらに到着するのはいつになるのでしょうかねェ……」

「……どういうことです?」

 そう聞き返した私の言葉に、かすかな動揺を感じ取ったのだろう。ネロは満足そうに微笑むと獲物をいたぶる猫のような笑みを浮かべた。

「言葉通りです。こちらには向かっておられますが、何時に到着するかは彼ら次第ですね」

「………………」

「どうなさいましたか、ヴィンセント・ヴァレンタイン?」

 唇の端をクッと持ち上げたまま、ネロは意地悪く訊ねてきた。唇が震えるのに内心舌打ちし、私は極力固い声で言葉を続けた。

「……話が違います。セフィロスがあなたの欲しがっているものを持ってくると……」

「ええ、そのとおり。さきほども彼と話をしましたが、間違いなく持参してくださったようです」

「ならばそのままこちらに通すのが道理でしょう!?」

「それではつまらないではないですか。わざわざお運びいただくのです。歓迎しなければ」

 いけしゃあしゃあと言い放つネロを睨み付け、私はふたたび口を開いた。

「……それからもうひとつ。さきほどあなたは『彼ら』とおっしゃいましたね!? 指示された物を持参するならば、セフィロスひとりで済むことでしょう!? 他にいったい誰を呼びつけたというのです。まさかその方まで巻き添えにするつもりではないでしょうね!?」

「ヴィンセント・ヴァレンタイン。少し見ない間に、きちんとご自分の意見を口にできるようになられましたね。……いいことです」

 出来の良い生徒を誉めるように、ネロはやさしく微笑み頷いた。

「………………」

「せっかくですので、僕も貴方の質問に答えて差し上げましょう。一番わかりやすい形でね。……お食事は済みましたか?」

「……? え、ええ、もう充分です」

「そうですか。デザートは……後で別室に運ばせましょうね。……おいでなさい」

 ツ……と誘うように片手を差し出す。

 どこか別の部屋に誘導するつもりらしい。その手を払いのけてもよかったのだが、気持ちが急いた。

 素直に手を預けると、整った面が柔和に笑み崩れた。

 冷たい……まるで陽の当たらない世界に住む、爬虫類を思わせるような、冷ややかでしっとりとしたネロの手。

「こちらですよ」

 長い廊下を歩き、辿り着いた部屋の扉を、もったいぶった様子で自ら開けた。

 それはまるで、宝物を見せびらかす、子供のようなしぐさであった。