〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<9>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 

 メシを食っている間に、湿り気を帯びた髪が乾いてくれたようだ。

 オレの髪は乾きのよいほうだと思うのだが、なんせこの長さだ。乱暴にドライアーを掛けると痛みが激しくなるし、けっこう面倒ではある。

 それでも切ろうという気にならないのは、ガキの頃のクラウドが、こいつをひどく気に入ってくれていたのを覚えているし、今この家で、散髪するなどと言ったら、ヴィンセントが泣いて止めるのだろう。

 不思議なことに、縁もゆかりもないあの男も、クラウドと同じように、この長髪を気に入ってくれているようであった。

 さて……本当は今日こそ、いつもの店に行こうと思っていたのだが……

 ここのところ、ヴィンセントがらみの揉め事で足が遠のいていた。かれこれ……ああ、もう二週間も間が開いている。

 顔はヴィンセントそっくりのあいつだが、ヴィンセントのように思ったことがすぐに顔に出るヤツではない。不実で勝手なオレに言いたいことのひとつふたつもあるだろうが、いつでもポーカフェースで迎えてくれる。

 そう、泊まった翌朝でさえ、追いすがるような素振りは見せない。

 ヴィンセントに瓜二つのツラが気に入ったのはもちろんだが、あの男のそういう性格が、オレのような人間相手でも上手くいく理由なのだろう。

 

『そうですね。セフィロスがそうしたいのなら』

『かまいませんよ。あなたがよいときに……』

『いいえ、別にわがままを言うつもりはありません。……ほんの気まぐれを口にしてみただけです』

 いつでもオレの意向を優先する。

 オレたちの付き合いは、決してアレの商売がらみではない。そもそも高級クラブの支配人をしているのだから、実入りも悪くはないのだろう。金に困っている様子はない。

 食事をおごったりプレゼントをしたりという金は惜しげなく使ってやっているが、これまでいわゆる『寝る』ことの対価として金を支払ったことはなかった。

  オレはあの男を気に入っているからかまう。アレも同様にオレと居る時間を楽しんでいるのだろう。だから、付き合いが継続してきたのだ。

 『恋人』……になるのだろうか。

 いや……ヤツは自分の立場を愛人だと考えているようだ。オレと居る時は決して先の予定を聞き出そうとはしないし、『約束』という類をしたことがなかった。

 彼のことを考えると、なんとなく会いたいような気もしてきたが……だが今夜はイロケムシにもそう告げたし、外出せずにおこう。

 あいつにも番号は教えてあるのだから、会いたいのなら掛けてくりゃいいものを……たまには電話くらい入れてやろうか……この時間なら、まだ店に居るだろう。

 ……そう考えはしたが、ベッドに転がったら面倒くさくなった。

 放り出してあった読みかけの単行本を手に取る。

 そろそろ眠たくなっているときほど、読書が効く。すると、あっという間に眠りに落ちるのだ。

 

 

 

 

 

 

 だが、今日は眠気が差してくる前に、扉をノックする音が耳に入った。

 鬱陶しい時は無視してやるが、あの叩き方は多分ヴィンセントだろう。何を言いに来たのかはだいたい想像がつくが、昼間の消沈ぶりを思い出すとあまり邪険にするのも可哀想であった。

「開いている。勝手に入れ」

 そう声を掛けると、やはり思ったとおりの男が、おずおずと入り口付近に立ちつくしている。ヤツは手に小箱を携えていた。面白いことに、子猫のヴィンまで一緒にくっついてきている。

 『ヴィンセント』と『ヴィン』だ。

 子猫の方は、すぐさまターッと室内を駆け出した。

「おい、冷えるだろ。中に入ってドアを閉めろ」

 本を片手に寝転がったまま、そういうと、ヤツは慌てたように扉を閉めた。

「す、すまない。もう休むところだったのだな……」

「みゅんみゅん!」

「おまえのほうこそだろ。そんな格好でオレの部屋に来るのはめずらしいな。なぁ、チビ助」

「にゅ〜ん」

 じゃれかかってきた黒猫をすくい上げ、オレはそんな風に話しかけた。

 ヴィンセントの雪のような頬に、カーッと血が上る。

 ヤツはパジャマの上からガウンを羽織っていた。ローブ一枚のオレがいうのもおかしいが、ヴィンセントが夜着で人前に出ることは滅多にない。

 恋人のクラウドなど、パンツ一枚でも平気で居間を走り回ったりしているのに。

 

「あ、あ……すまない。先ほど風呂に入ったので、こんな……はしたない格好で……」

 はしたないもクソも、きっちりと第一ボタンまで填めた上下に、ガウンまで着込んでいるのだから、まったく乱れた風には見えない。

「それで? 何の用だ? そんな『はしたない格好で』?」

 ああ、まただ。

 またもや、口をついて意地の悪い言葉が飛び出す。情けないコイツのツラを見ていると、もはや条件反射になっているらしい。

「あ、あの……」

「せっかく来たんだ。今夜はここに泊まっていくか? ホレ。ああ、チビ、おまえも一緒でいいぞ」

「にゃんにゃん!」

 ダブルベッドの布団を持ち上げ、からかってやる。

 チビはすっかりその気で、ポスッ!と中に潜り込んできて、しゃかしゃかと穴を掘る仕草をしてみせた。

 チビ猫はともかく、ヴィンセントもいいかげん、オレの物言いに慣れればいいものを、いちいちまともに受け止め、反応してしまうのだ。それがまた面白くて、ついついからかってしまうのだが。

「セ、セフィロス! ……あ、あの……今日は……」

 気を取り直すように、息を継ぎ、ふたたび言葉を続けた。

「あの……今日は……本当に迷惑を掛けて……も、申し訳なかった」

「それで? わざわざそんなことを言いにここまで来たのか?」

「みゃんッ!」

「おまえに訊ねているのではないぞ、チビ」

「にゅーん!」

「ヴィ、ヴィン……よ、よしなさい。あ、い、いや……もちろん、あらためて謝罪するつもりであったが……それよりもセフィロス、そこでいいから……そのまま座って……左手の袖をまくってくれるか?」

 そういいながら、ヤツは寝台に近づくと、サイドテーブルに持参した小箱を置いた。どうやらそれは救急箱らしかった。