〜 CAIN 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 セフィロス
 

 

 



  

 

 

「はァ? なんの真似だ」

 ひょいと眉を持ち上げて、あからさまに鬱陶しげな声を上げてやった。

「いいから…… 君にとってはかすり傷かもしれないが……万一のことがあると……あそこはダウンタウンだからお世辞にも衛生的な場所とは言えないし……」

 じとりとした眼差しで下から見上げられると、いちいち口答えするのも面倒になってくる。

「ビール瓶を左腕で受け止めただろう。あのとき、破片がかすったはずだ」

 やれやれ。

 腐っても鯛ではないが、さすがは元タークスの凄腕ガンマンだ。あのスピードの中でそんなところまで見取っているとは。怯えて縮こまっているだけかと思ったのに。

「セ、セフィロス……?」

「フン、さすがに動体視力は大したモンだな。ボケボケしているだけかと思ったが」

「ボ、ボケ……」

「だが、風呂でも洗い流したし、たいしたことはないと思うがな」

 そう言いながらも、こいつが簡単に引っ込んだりしないのをよく知っているので、ため息混じりにも腕をまくり上げた。子猫が不思議そうにオレを見上げた。

 左腕の手首の少し上から肘まで、うっすらと朱い線が走っている。こいつのいうとおり、ビール瓶を武器に殴りかかってきたヤツがいたのだ。それを左腕で受け止め、蹴り飛ばしたたのだが……

 さすがにノースリーブでは、降りかかる細かな破片までは対処しきれなかったのだ。

「ん……確かに浅いようだが……」

 オレの腕をとり、ぐっと身を乗り出してくる。

 こんなときのコイツは、本当に必死というかそれゆえの無防備というか。普段なら、オレと息が触れ合うくらい近くになぞ来ることはないのに。

「血も止まっているし、消毒をした後、ガーゼだけ当てておこう。包帯を巻く必要はなさそうだ」

「あるわけないだろ、大げさな。それより、イロケムシにオレが怪我したなんて言うなよ。雑魚相手に、遅れを取ったようで、バカにされるからな」

「……まったく……君は…… ヤズーが君のことを悪く言うはずはないだろう」

 ごく真面目にそう言い返す。本当にコイツは洞察力があるのか無いのか。いや、きっとおのれ以外の者たちを過大かつ善意的に評価しているだけなのだろうが。

「……はい。これでいい。君のことだからすぐに治ると思う」

「まァな」

「……あの、セフィロス……?」

「なんだ、まだ何かあるのか? ベッドに入るつもりが無いのならさっさと部屋へ帰れ。風邪を引くぞ。おまえもだ、チビ助」

「みゃみゃん!」

 追い立てるようにオレはそう言いはなった。

 ……昔からクラウドやザックスによく言われていたことなのだが、どうやらオレの物言いは、かなり素っ気なく聞こえるらしい。

『普通の人は興味がないことやどうでもいいことでも、相手のことを思いやって、もっとちゃんとお話しするもん!』

 十五才のクラウドにそう言われたときは、さすがにショックを隠せなかったが……

 だが、それはもはやオレの個性というか、性格そのもので、簡単に治せるものではなかったのだ。

 

「……セ、セフィロス……」

「なんだ、もう用事はすんだんだろ」

 本の続きを読もうと、枕元に手を伸ばしたところ、ヴィンセントの悲壮な声が、オレにそんなつまらん過去を思い起こさせたのだ。

「セフィロス…… あの…… もう、嫌われて……しまっただろうか……?」

「ああん?」

「今日の……ことで…… 私を嫌いに……」

 まだ、こいつはオレがいなくなるなどということを心配しているのだろうか。おずおずと見上げてくる顔は、決して冗談ごとではなく、至極真面目な面持ちであった。子猫がオレとヴィンセントの顔を交互に見る。

「もう……愛想が尽きて…… 私のせいで……君が家に居るのが嫌になってしまったら……」

「おまえなァ」

 オレは手に取った本を、吐息と共に、もう一度元の場所に放り出すと、ヴィンセントの腰掛けた寝台の横に座り直した。急に側に近寄られたせいか、ヤツはビクッと背を竦ませた。

「怯えているくせに…… なぁ、ヴィンセント。おまえはそんなにオレのことが好きか? クックックッ」

「……も、もちろん。君はかけがえのない人だ」

 聞き取れないような小さな声でヤツはそうつぶやいた。

 かけがえのない人……

 コイツの言うそれは、『一体どういう人』なのだろう。

 ヴィンセントは『その他』にもそういう物言いをする。ヤズーにもカダージュにもロッズにも……そして目下恋人というクラウドに対しても、同様に、『大切な……かけがえのない人』という。

 ひとつ吐息すると、それでもオレはきちんと言葉にしてやった。コイツと付き合うようになってから、以前にも増して忍耐力が付いたと思う。 

「言っただろ。オレはどこへも行かないし、行くときには必ずおまえを一緒に連れて行く」

「ほ、本当に……?」

「ああ」

「本当に……だな。セフィロス?」

「ああ」

「よ、よかった……」

 ほぅっと、胸を押さえ、安堵の吐息を吐き出すと、ようやくコイツは正気に戻ったらしい。

「よ、ようやく安心できそうだ。な……ヴィン?」

「にゅんにゅん!」

「あ、い、いけない。いつまでも長居しては迷惑になるな。邪魔をしてすまなかった。おやすみ、セ……」

 ヤツがそこまで言ったとき、片腕をぐんと引っ張って、そのままベッドに引きずり込んでやった。

 長身ではあっても、ヴィンセントはオレとは対照的な体格なのだ。引力に従って、紙のようにふわりと簡単に浮き上がり、寝台の真ん中に落っこちた。

「ひゃあぁぁ!」

 素っ頓狂な声を上げるが、オレを押しのけて立ち上がれるほどのパワーはない。

「アーッハッハッハッ! 相変わらず、細そっこいなァ、ヴィンセント!」

 華奢な姿態に体重を掛けないよう注意して、強ばる身体を撫でくりまわす。チビ猫から見れば、遊んでいるようにしか見えないのだろう。尻を振り振り間合いを計っていたと思ったら、ぴょんとばかりにベッドに飛び乗ってきやがった。

「みゃーんみゃんみゃんッ!」

「な、なに……やっ…… わ、悪ふざけは……ッ」

「まったく抱き心地の悪いヤツだ、なぁ、おまえもそう思うだろ、チビ」

「にゅんにゅん!」

「セ、セフィロス! か、からかわないでく…… やっ……」

 くすぐったいのだろう。ヤツは肩をすくめて、声を堪えるように息を詰めた。

「はっはっはっ、おまえはまったく可愛いヤツだな。飽きない野郎だ」

「ひゃあぁぁっ やっ……そこッ……くすぐった……」

「どこだ? ここか? ハーッハッハッ!」

「にゅにゅにゅんにゅ〜ん!」

 

 タンタンッ!

 

 可愛い獲物にじゃれ掛かっているところ、無粋なノックが響いた。

「勝手に入れ!」

「セ、セフィロ……ッ!」

 ヴィンセントの抗議を、片手で簡単に防ぎ、オレはドアに向かって声を上げた。このノックはイロケムシだ。

 二度ほどタンタンと弾けるような、小気味のいい音をさせる。

「入るよ〜。はい、洗濯物ね。ここ置いておくから。まーったくこんな時間にふたりと一匹で何をじゃれ合ってるんだか」

 クスクスと笑いながら、ヤズーは着替えの山をソファに置きに行った。

 

「やっ……! もうッ! 君は……すぐに……年上をそうやってからかって!」

 多少腕を緩めてやったところ、ヴィンセントは何とか自力で這いだした。白蝋の頬を真っ赤に染め、『年下のオレ』を叱りつけてみせた。

「も、もう部屋に帰るッ!」

「ここで寝ればいいだろ。ハッハッハッ!」

「さっ、行くぞ、ヴィン! おやすみッ! セフィロス、ヤズー!」

 そういうと、ヤツは乱れたガウンを片手で押さえ、逃げるように部屋を飛び出して行った。

 チビ猫がこっちを名残惜しそうに眺めていたが、にゃーんと一声鳴くと、ヴィンセントの後について出ていった。