The beginning of Autumn
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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Interval 〜05〜
 ヤズー
 

 

 

 
 

 

 

 

 

 医師が入ってきて、寝台の上のヴィンセントがにわかに緊張する。紅い双眸に怯えの色が浮かんだ。

 すぐにそれを見取ったのだろう。俺が口を開く前にセフィロスが言葉を挟んだ。

「……安心しろ。オレのなじみだ」

「あ、あの……」

「おやおや、またチミかねェ。この前の傷がようやく治ったかと思ったのにねェ」

 山田医師は、ヴィンセントを見遣ると、やれやれと遠慮のない溜め息をついてみせた。

「まったくだな。オレなんざ二日後には普通にメシを食ってたのにな」

 セフィロスが言葉を重ねる。

「チミもちょっとおかしいがね、ソレ」

 ……なんだか漫才を聞いているような気分になる。

「じゃあ、診察しようかねェ。あー、まず、チミ。具体的にどんな感じなのかね? 言ってみて頂戴ナ」

 診察カバンを探りながら、医師は直接ヴィンセントに訊ねた。

「……食事をしたら……急に吐き気が……して……」

「食事をしたらァ? ほとんど食ってないじゃないか! スープ飲んだだけだろ?」

「チミはうるさいねェ、声が大きいんだよ、コレ」

 セフィロスに抗議する山田医師。

「あ、あの……あの……」

「ああ、はいはい聞いとるよ。それで? 吐き気がして、どうしたの、コレ?」

「吐き気がして……戻してしまって……」

「熱があります。37.4℃。彼の平熱は35℃ですから」

 俺はすばやく有用な情報を耳打ちした。フムフムと頷く医師。

「それでェ? 今はどんな具合かね、コレ? どこか痛いところや苦しいところはあるかね?」

 質問しながら、カバンを漁る。

 にゅッとばかりに取り出したのはシリンダーとぶっとい注射器……いわゆる浣腸器ってヤツだ。

「……あれ、間違えた」

 などと不安な独り言に、すかさずツッコミを入れる兄さん。

「ちょっ……ちょっとォォォォ! なに不穏なことしてくれてんの、先生ッ! アンタね、俺もまだそんなプレイ……」

「聴診器と間違えただけだからね、コレ」

 兄さんのツッコミもツッコミだが……どう取り違えるというのだろう。形状も材質もまるで異なると思う。

 

「ああ、ちょいと布団持ち上げてくれるかねェ」

 医師の指示に従って、兄さんが丁寧に布団を寄せる。だが、医師を見る目は懐疑的だ。

「パジャマの前、はだけてくれるかねぇ。そう下まで」

「あ、……はい」

 大人しく指示に従うヴィンセント。

 さすがに凝視されるのは不快だろうから、俺は遠巻きにしているカダージュたちのところまで下がった。

 心配そうに状況を訊ねてくる彼らに、小声で耳打ちし安心させてやる。

 セフィロスは図々しくも、傍らの椅子に座り込み微動だにしない。もちろん兄さんはヴィンセントにびったりとくっついている。

 

「はーい、ちょっと冷たいですよー」

 間延びした声でそう言うと、聴診器をそっと宛てた。

「んー」

「んん?」

「んん〜……」

「……ちょっとセンセ。なに唸ってんの?」

 と兄さん。

「チミ、邪魔せんでくれんかね、メーワクだからね、コレ。あー、ちょっと失礼。触りますよ〜 はーい、触りますゥゥゥ」

 おかしなトーンで予告すると、山田医師は彼の胸から腹部を撫でた。びくりとヴィンセントの肌が反応する。

 

「ええッ、ちょっ……ちょっとォォォッ! アンタ、ホント何してくれてんのォォォ! ヴィンセントはね、俺の大事な……」

「兄さんッ! 邪魔しないのッ」

 騒々しい彼を引き戻すと、医師は聴診器を宛てたまま、コツコツと何カ所かを指先で叩いてみせた。

 

「むーッ むむむ……?」

「あ、あの……?」

 不安げなヴィンセントの声。

「ふむふむ……なるほどの」

「……ックション」

 ヴィンセントが小さなくしゃみをする段になって、俺とセフィロスも立ち上がり、診察の様子を覗き込んだ。

「ああ、失敬、失敬。ハイ、前閉じてくれてかまわんよ、コレ」

 聴診器を耳から外しながら、しかめつらしい面持ちで山田医師は促した。

 自分でしようとするヴィンセントに近寄り、かわりにボタンを留めてやる。

「それで、先生……」

「あー、まぁ、アレだね。チミ。ちょっと痩せすぎだねェ、コレ……この前診察したときも思ったのだがねェ……」

「……あ、あの……」

 困惑するヴィンセント。唐突にそう言われてもどうしようもないだろう。

「ちょっ……先生ッ! アンタね! さっきから聞いてりゃ失礼なことばっかり!! ヴィンセントが華奢なのはチャームポイントだろうが、コルァ!」

「チャームポイントってチミねェ……男性なのだしね、さすがにもうちょっと何とかせんとね、コレ」

「アンタだって似たようなもんだろーが!」

「ちょっと……兄さん、うるさい。……それで、先生? ヴィンセントの容態は? 看病で気をつけなければならないことは?」

 ひとりで違う方向に行っている兄さんは放っておいて、実用的な質問をする。

「おい、医者。そいつの、病名はなんだ? もしかしてもう取り返しのつかない……」

 セフィロスが不穏な方向に先を促す。

「あのなァ!よせよ、セフィロス!」

「ちょっと、やめてよ、セフィロス!」

「そーだそーだッ!」

「意地悪!!」

「うるさいッ、黙ってろ、ガキども!」

 ブーイングのオンパレードを一喝するセフィロス。

 

 くたびれたネクタイを直しながら、医者はマッタリと口を開いた。

「……あ〜、まァ、アレだね。コレ」

「アレって、なんだよ、ハッキリ言ってくれよッ!!」

「先生、それじゃなにもわかりません」

 俺も言葉を重ねた。単細胞の兄さんのように怒鳴ったりはしないが。大切なヴィンセントのことだ。かなりイラついているというのが本音である。

「それもそうだよねェ」

「このクソ医者ッ! 相変わらずのヤブっぷりだな、オイ!」

 気の短いセフィロス。すぐさま胸ぐらを掴む勢いで詰め寄る。

「いちちちち……やめてくれたまえよ、コレ」

「だったら、さっさと状況を言えッ!」

「あー、まぁ、チミね……」

 そういうと、医師は、寝台の上で困惑していたヴィンセントを眺めた。 

 

「あー、これはアレだ。神経性の胃炎ですなァ、コレ」

「……胃炎?」

 俺はその言葉を繰り返した。

「そう胃炎」

「あの……胃炎って、胃が炎症を起こす……アレですか?」

「そうだよねェ、コレ。他の胃炎があったら教えて欲しいものだよね、コレ」

 なんだか肩すかしをくらったような気分だった。きっとセフィロスもそうだったのだろう。ドサリと椅子に座り、はぁとため息なのか、安堵の吐息なのか、わからぬものを吐き出していた。

「先生? ……胃炎? 本当に?」

 ヴィンセントを不安がらせるつもりはなかったのだが、ついつい詰問するような形で確認してしまう。

「なんじゃね? 不満かね?」

「い、いえ、そうじゃなくて…… ほ、ほら、さっきまでひどくつらそうだったし、顔も……真っ青だったから……」

「そりゃ胃炎で嘔吐したら、真っ青にもなるだろうよ、コレ」

「でも、センセ。神経性って? それって、どういうコトなの? 何がいけなかったの?」

 兄さんが言葉を覆い被せるようにして訊ねた。

「言葉通りですからね、コレ。あー、ホレ、あれだ。心配事を抱えとったり、つらいことがあったりすると、繊細な人間は過敏に反応し神経を消耗するワケじゃね、ああ、まぁ、チミのようなタイプにはちっと無縁かもしれんがね、コレ」

 兄さんをチロリと見やって、ヤレヤレと頭をふる。

「だからね、まずは心も体もきちんと休ませてやることじゃな。それから何か気がかりなことがあるようなら、それを無くしてやるよう、周囲が協力してやること。それからね、チミもだね、ヴィンセントくん」

「……え?」

 いきなり名前を呼ばれて驚いたのだろう。ヴィンセントは微かな声を上げた。

 この前、山田医師がヴィンセントの怪我を治療した際、彼は昏睡状態にあったのだ。

「あー、まぁ、もう少し太り給えよ、チミね、ホントに」

「……あ、はい……」

「それじゃあ、クスリ出すから。あー、コレね。とりあえず三日分だからね。そいからコイツはビタミン剤ね」

 そういうと、医師は古ぼけた往診鞄から袋詰めの薬を俺の手に押しつけた。きっとセフィロスから症状を聞いて、いくつか用意してきたものなのだろう。

「安静にして、きちんと眠りなさいよ、コレ。ただでさえ、ホレ、この家はアレだ。大変そうだからね。まわりのチミたちも気を使ってやりたまえよ」

 ぐるりと俺たちひとりひとりの顔を眺めると、医師は念を押すようにそう言った。

 

「は、はい、もちろんです」

 俺が返事をすると満足したように頷き、蛇足だがね、と言い置き、付け加えた。

「あー、アレだ。胃炎はくせになるからしてね。しばらくは消化のいいものを食べさせるようにね。疲れている様子だからね、一週間くらいはゆっくり横にさしときなさい」

「はい、俺が責任をもって」

「フーム、フムフム。けっこう。あー、薬が足りなくなったら医院に取りに来てくれ給えよ、コレ」

  

 送っていくと申し出るのを、冗談じゃないとばかりに断られ、痩躯の医師は散歩するような足取りで、フラフラと帰っていった。

 彼を玄関先まで見送り、室内に戻ってから、さっそく家族会議に突入だ。

 ヴィンセントに聞こえると気にするだろうから、いつもは開け放しにしてある居間の扉をきちんと閉じて、皆でサンルームに移動する。

 煩わしげにしていたが、セフィロスも新聞を片手に、だらだらとやってきた。