The beginning of Autumn
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<3>
Interval 〜05〜
 ヤズー
 

 

 

 
 

 

 

 

 セフィロスを送り出してから、ヴィンセントの部屋に様子を伺いにいくと、感心なことに兄さんはきちんとヴィンセントを寝かしつけ、タオルで額を冷やしていた。

「ヤズー、熱、37.4℃……」

 電子体温計を差し出す、兄さん。

「そう。やっぱり熱があるね。……ヴィンセントは平熱低いから……つらいんじゃない?」

 俺は寝台に横たわるヴィンセントに声を掛けた。

「……いや、吐き気も収まったし……大丈夫だ」

「すぐにお医者さんが来るからね。安心して」

「え……? だ、だが……私の身体は……」

 不安げに揺らめく紅い双眸を覗き込み、励ますようにささやきかける。

「大丈夫だよ。DGの事件の時も、治療してくれた人だから。人相悪いけど、人は悪くないんじゃないかな。黙々と手当してくれたし」

 兄さんがそう言った。 

 

「……で、でも」

「ただの町医者さんだよ。おかしな機械使って調べるような人じゃないんだから」

 俺は額のタオルを取り替えてやりながらそう言った。兄さんにボウルの氷を足してきてくれるように頼む。

 

「あ、ああ……でも……変に思われたら……ヤズー……?」

 具合が悪くて心細いのだろう。いつも以上に怯えるヴィンセント。

「大丈夫だったら。その人、セフィロスのお友達だし」

 そう言ってやると、ヴィンセントは切れ長の双眸を丸くして吃驚していた。

「さ、お医者さんが来るまで、少しでも寝て。何も不安に思う必要ないから、ね?」

 濡れタオルで乱れた前髪を撫でつけ、やさしく応える。

「……ああ……すまない」

「なに謝ってるの。いつも言ってるでしょ。俺、あなたに世話焼きできるの、ちょっと嬉しいから。うふふふ」

「……ヤズー」 

 そんな会話をしているときだった。

 表通りから車の爆音が聞こえた。

 

 ……手段はともかく、セフィロスの仕事は速かった。

 バタバタと兄さんが玄関に迎えに行く。

 ヴィンセントの掛け布団を直してやると、すぐに俺も出迎えに行った。

 

「まぁ、遠慮するな、オラ入れ」

 とセフィロス。

 しゃがれた、しゃれこうべのような医師はヨロヨロと上がってきた。セフィロスの迫力に押されているわけではなくて、生来の資質がヨロヨロ系の男性に見える。

「入れって、チミが無理やり連れてきたんだろうがね、コレ」

 ブツブツ文句を言い返す様が、これまた痩躯で猫背の彼に合っていて、おもわず吹き出してしまいそうになる。

「まったく……チミはアレだ。コレ……そう本当に我が儘だねェ。わしもねェ、長いこと医者やっとるが、チミみたいのは初めてだね、コレ」

「あたりまえだろうが。オレみたいなヤツが何人も居るはずないだろ」

「そうだねェ、居たら困るよね、みんなが。コレ」

 ……微妙にずれているが、会話が成立している。

 以前セフィロスが寝込んだとき、インフルエンザと診察したのが彼……山田医師なのだ。山田医院の内服薬でインフルエンザが完治したのはよかったが、その後、いろいろと問題が発生したのは、我が家の軌跡を見知ってくれている方々にはご承知のことであろう。

 

「それでェ、今日は何だというんだね、コレ。ほとんど拉致されるように連れてこられたのだがねェ〜」

 診察カバンを持ち上げて、彼はブツブツと文句を言った。

「急病人が居る。メシの後、急な嘔吐と発熱があった」

「フムフム」

 山田医師は、こけた頬を撫でながら頷いて聞いている。

「こんにちわ、お久しぶりです、先生。ああ、無理やりごめんなさいねぇ。うちの者が無茶して」

 まずはそう謝罪する。

「まぁ、仕方がないねェ、コレ。もうここまで連れてこられちゃったんだからね。ホントにまぁ、お宅はアレだ」

 ……ちなみに彼が、アレだのコレだの指示語を言葉にくっつけるのに、大意はないらしい。単なるくせなのだろう。

「あー、で、患者はどこかねェ。今日は休日なんだからしてね、ホント。早く帰りたいのだよ、コレ」

「あ、センセ、こっち!はやく!」

「あー、はいはい」

「カバン貸して! 俺、持ってやるから! ヴィンセントが大変なんだよ! もうホント何とかしてよ、コレ!」

 兄さんが息せき切って促す。口癖が伝染っているのがご愛敬だ。それに辟易とした様子で頷くと足を引きずるようにして歩き出す。

「早くったら!」

「ああ、もう乱暴にせんでくれよ、医者の腕は繊細なのだからね、コレ」

 兄さんにぐいぐいと腕を引っ張られ、痩躯の医師はよろけるように、ヴィンセントの部屋へ連れていかれた。その場の流れで俺たちも後に続く。

 

「はやく! 入って!看てあげて! ヴィンセント、苦しそうなの! 心配なんだよ、早く治してあげて! で、でも、もしかしたら、万一、オメデタ……」

「チミは何を言っとるのかね?」

「ホント、何言ってるの、兄さん? 状況わかってる?」

「生まれるガキはギンパツだな、ハッハッハッ!!」

「セフィロス!いいかげんにしろッ!コノヤロー!!」

 騒々しいふたりを後ろに追いやり、軽く部屋をノックすると、そのまま扉を開けた。ヴィンセントは言いつけ通り、きちんと寝台の上に横になっていたが、紅い瞳には動揺の色合いが強かった。