〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<46>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 



 

 

 皇太子殿の端的、かつ力強い挨拶が終わると、一時的にまた照明が元に戻った。

 いつまでも止まないのではと心配になった拍手も、ようやく落ち着いてくる。会場の皆は、この短い幕間に、ほぅっと息を吐き、観劇に向けて気分を変えるのだろう。

 

 ヴィンセントは箔押しされたパンフレットを大事そうに膝に乗せてる。

 ぶっちゃっけ、俺はただの仕事だと思って来たから、演目なんかに興味はなかった。でも、立場上……そう、ルーファウスぶりっこの俺としては、『興味ないね』っていつものセリフをいうわけにもいかなくて……

 

 『フィガロの結婚』

 とかいうタイトルで、なんか結婚式の話?くらいに思ってたんだけど、かなり有名な作品ということで、知らないのは俺くらいのもんだった。

 前半と後半、二幕形式の変形で、オペラ・ブッファというらしい。もともと王侯貴族向けの娯楽が、より市民的に身近な内容を取り扱ったもので、当時はずいぶんともてはやされたとのことだ。

 ……皇太子殿の受け売りだが。

 気になる内容だが、ちょびっと聞いたところ、なかなか面白そうだった。

 主人公の青年はフィガロ。アルマヴィーヴァ伯爵の召使いだ。その彼がスザンナという女性と結婚しようとするのだが、色好みの伯爵の陰謀で上手く運ばない。

 この当時、領主には『初夜権』なるものがあって……というのは、小耳に挟んだ部分だ。

 ま、話のストーリーは興味がある人は調べてくれ。

 俺的には、ヴィンセントのとなりで、のんびりと観劇が楽しめればそれでいいんだ。

 

 今夜の舞台は、この一幕のために、一流どころのオペラ団を呼び寄せているといった。もっとも、よほどの愛好家でない限り、オペラなんてものはくわしくはないだろうが。

 だが、記念すべき今回の三者会談の締めくくりである舞台なのならば、それこそ最高のステージを期待したいものだ。

 荘厳なホールに、きらびやかな舞台装飾……

 その雰囲気のせいだろうか。当初は対して興味を引かれることもなかったこの舞台に、俺は子供みたいにワクワクしてきた。

 

 

 

 

 

 

 ……五分

 ……十分

 ……十五分……!

 

 どうしたんだろう。

 今か今かと待ち続けていた客席にも、ざわめきが広がりつつある。

 ふたたび会場のライトが落ち、これにつづいて幕が開くはずなのに……

 皇太子殿の挨拶が終わり、会場は一端明るくなったわけだが、ずっとそのままの状態が続いている。開幕のブザーが鳴ったにも関わらずだ。

 傍らのヴィンセントも、見えなくてもただならぬ状況を察しているのだろう。不安げな面持ちで、辺りを見回している。

「ヴィンセント、大丈夫だよ。落ち着いて座ってて」

 俺はそんなふうにヴィンセントを宥めた。

 彼は、物言いたげに首をかしげた。

「ほら……レノが言ってたじゃん。セフィたちは楽屋とか裏方に様子を見に行ったって。もし、万一DGソルジャーがいたとしても、あのふたりなら簡単にやっつけちゃうよ」

 その言葉に彼も頷いてはくれたのだが…… 確かに俺としても気になる。皇太子殿はすでに舞台から降りているわけだけど……何か途中でトラブルが……

 いや、彼に万一のことがあったなら、こんなふうに開幕を待っているような状況じゃなくなっているだろう。

 楽屋裏へ行ってみようか……?

 と一瞬考え、いいやと頭を振る。

 俺はルーファウス神羅の格好しているわけだし、目立って仕方がない。それに舞台の裏方というのは、ひどく混雑しているだろうから、下手に紛れ込まない方がいいとも考えられる。

 なにより、今、ヴィンセントの側についているのは俺だけなのだ。そりゃ、ボックス席の出口には、神羅のガードマンがいるんだろうけど、こうして近くにいるのは、俺なんだから。やっぱり、ここはヴィンセントの側を離れるわけにはいかない。

 

 一階席や一般人の立ち見席あたりからの、ざわめきが納まらない。

 さすがに皆、おかしいと感じ始めたのだろう。

「……まずいなぁ」

 マナー違反だけど、携帯でレノと連絡をとってみようか……そう考えたときに、二度目のブザーが鳴った。

 今度はそのまますぐにライトが落ちる。

 安堵のため息を漏らしたのは俺だけではないだろう。現金な聴衆はすぐに広い舞台に見入った。

 

 音もなく緞帳があがり……

 舞台下のオーケストラが、華やかな演奏を始める。音楽の細かなタイトルなんかわからないけど、ちょっとコケティッシュで楽しい感じのメロディが会場の緊張を解く。

 そして可愛らしいドレスを身につけた少女が、軽やかに舞台中央へ……

 ええと、この人がスザンナ……なのかな? ヒロイン……だよね。

 細くてそんなに大きくない女性なのに、その声はすごくのびのびして……二階席の俺たちのところまで、無理なく響いてきた。

 

 彼女の登場が終わり、今度は舞台袖から、長身の男が出てくる。

 

 彼は悠々と長い腕を前に伸ばし、少し高めの甘いバリトンを、彼女以上の声量で華やかに披露した。

 すらっと背が高くて……まるで役者みたいに綺麗でかっこいい……

 ええと、役どころとしては……ああ、こいつが主人公のフィガロかな。伯爵に仕えていて、さっきの女の子の婚約者だ。

 確か、フィガロは伯爵に彼女の貞操を奪われそうになるんだけど……女だったら、ヘンな伯爵よりも、超かっこいいこっちの男しか眼中に入らないはずだ。

 しかし、本当に背が高くって…… 目鼻立ちが整っていて…… 舞台化粧もしているんだろうけど、すっごい美形だ……

 

 …………

 …………え?

 あの……いや、まて。

 あの人……あの立ち姿……

 これって…… この声…… まさか……?

 

 傍らのヴィンセントが、声も出ないはずなのに息を呑み、両手で慌てて口元を押さえた。

 いつもの憂いを帯びた瞳が、今はまん丸く見張られている。

 今のヴィンセントにはハッキリと見えはしないはずなんだけど…… でも、やっぱり彼も気づいたんだ!

 

「ご、ごめん、ヴィンセント、ちょっとオペラグラス貸して」

 小声で話しかけたが、彼はそれどころではないのだろう。片手で胸元を押さえ、舞台から目を離さない。

 俺はあるはずのない現実をオペラグラスでのぞき見た。

 

 フィガロ役で、華々しく歌っているのは、ジェネシスその人であった……!