〜 ALL STARS 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<27>
 
 ヤズー&クラウド
 

 

 

 

 

「ハァハァ……」

 俺は呼吸を整えつつ、次の攻撃に備えた。

 決着がつかない…… 思いの外時間がかかっている。いや、むしろ圧されているのは俺の方だ。

 あきらかにあの女は、前に倒したツヴィエートではない……と考えざるを得ないようだ。

 姿形は以前の彼女だ。だが、中身は異なる。

 男相手にこれだけやりあって、呼吸一つ乱さない。いや、それどころか、徐々に体術のスピードが増しつつあるのだ。巨大な環をいともたやすく扱い、疲れをまるきり見せない。

「馬鹿な…… 機械じゃあるまいし……」

 俺は低くつぶやいた。

 あの後、彼女の部下と思われるDGソルジャーが戦闘に加わってきたが、そいつらを打ち倒すのは難儀ではなかった。

 やはり彼女だ……朱のロッソの状態だけが特異なのだ。

「ハァッ!」

 巨大な鉄環が俺の髪をかすめ、背後の大樹を見事にふたつに割った。

「チッ……! これ以上……」

 いよいよ美術館を守りながら戦うのは苦しい。だが、今、館内のどこかの場所には一行が避難しているはずなのだ。

 兄さんも闘いの場所を庭園にしているに違いない。となれば彼は間違いなく皇太子殿下一行を室内に押し込めているはずだから。

「逃げ足ばかり早い小僧め……」

 彼女の紅い唇から、ゼンマイの切れかかった時計のような軋んだ声音が漏れた。

 頬に伝わる血をぬぐいながらそれに応える。

「そういうつもりはないんだけどさ。美術館疵付けるのはやめて欲しいんだよねェ。芸術品って、コピーが取っておけるもんじゃないんだしさ」

「くだらぬ。……うぬのような輩に遅れを取ったとは……」

 ギイギイという耳障りな音混じりに彼女がささやいた。

 以前のコトを記憶しているというのなら……やはり本物の彼女なのだろうか。

 

 彼女はガッと壁を横飛びに跳躍し、一挙に俺に肉薄した。

 肉弾戦になると、飛び道具使いの俺は不利になる。体術も……それなりには使えるものの、彼女のパワーは尋常じゃなかった。おそらく肉体になにか特殊なドーピングを施しているのだろう。

 手刀が俺の額をかすめ、そのまま空を切る。続けざまに蹴りを繰り出され、美術館のガラス戸を背後にした俺は、一瞬判断に迷った。

 

 

 

 

 

 

 ドシュッ!

 

 脇腹を蹴りこんだ靴先を、右の肘で必死に途中で食い止める。そうしなければ、そのまま骨を砕かれ、臓腑を破られていただろうから。

 

「グッ……!」

 腹の痛みにめまいがした。

 思わず前に倒れかかったところを、横面を張られるような衝撃で吹っ飛んだ。

 顔の側面を蹴り飛ばされたのだ。

「ガハッ……!」

 吹っ飛んだ俺の身体は、そのまま石壁に叩き付けられた。もう少し上方だったら、ガラス窓を割り砕いていただろう。

「ゲッ……ゲホッ……ゴホッ! 痛ッ……」

 吐いた胃液に血が混じった。口の中が苦い鉄の味でいっぱいになる。

「……何をご大層に守るか。うぬのような虫けらが……」

 またもや、ギィギィと機械じみた彼女の声。今度はすぐ側で聞こえたと思ったら、そのまま髪を引きずり挙げられた。

「ぐっ……ハァハァ……」

 視界が紅くぼやける。瞳に血が入ったらしい。

「時間があれば、なぶり殺しにしてやろうものを…… 運が良かったな」

 そういうと、彼女は俺の髪を引き摺りあげたまま、胸の前にぴたりと手刀を構えた。

 

 ……心臓を貫くつもりか……

 

 彼女は勢いよく腕を引いた。その反動で胸を突き破られれば、さすがにひとたまりもない。

 俺は全力で彼女の戒めを解き、身を躱した。

 

 ドシュッ!

 

 手刀は俺の二の腕を抉り、背後の石壁に突き刺さった。

『石壁』に、だ。

「ぐっ……!」

 痛みに苦鳴が漏れる。だが、次の瞬間、痛みとは別の、身体が浮遊するような不快感に襲われた。目の前がゆらりと揺れ、ひどく酒に酔ったような気分になる。

 

 ……血を流し過ぎてるんだ……

 

 進退窮まるとはまさしくこの状況だろう。肉体の痛みなら、何とかやり過ごして応戦することは可能だ。だが、貧血状態になれば動きが緩慢になる。

「チッ…… 煩わせるな!」

 一撃目を外した女が、小さく毒づいた。

 

 この状況に陥ったのは俺の驕りのせいだ。館内の人間を守りつつ応戦するというハンデはあっても、もっと用心深く戦えていたはずだった。

 一度闘って勝った相手だったから……そんな気持ちが、心のどこかに無かったと言ったなら嘘になる。 

 グンと胸ぐらを掴まれ、そのままガンガンと背後の壁に打ち付けられる。もはや、俺の肉体はまるで自分の思うままにはならなくなった。意識が飛ばぬのが不思議なくらいだ。

 鼻の奥が熱くなり、血が喉と鼻を伝って降りてくる……そんな不快な感覚と、後頭部の痛みが、妙にリアルに感じられていた。

 ぐったりと動かなくなった俺に満足したのだろう。

 女が嗤う気配を感じた。