近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<27>
 
 ヤズー
 

 


 

「ん……」

 目の前が薄ぼんやりと滲んでいる。

 視力が回復していない、という意味じゃない。

 回復しているからこそ、ここしばらく使用不可であった片側が霞んでいるのだ。

「う……ん?」

 徐々に視界が明けて行く。

 目映い光が目について、少々痛いくらいだ。

「あ……ここは…… あぁ、そっか……」

 検査中であったのだ。そしてそのままセフィロスの過去意識と同調しすぎて……

 現実世界では当然時間が進んでいるのだ。俺が意識を失っていたのは、どれくらいの時間だったのだろう?

「ヤ、ヤズー……? 目が……覚めたのか?」

 低くて小さくて聞き取りにくい声。でも、それは限りなく優しい響きを伴っていて……

「……あぁ、ヴィンセント」

「ヤズー……私がわかるのだな、よかった……!」

「ご、ごめん、心配かけちゃったみたいだね」

 今にも泣き出しそうな面持ちをした彼に、俺は慌てて謝罪した。

「もう、大丈夫。ちゃんと両目であなたのこと、見えてる」

 そう言うと、ヴィンセントのとなりで、若い医師が、青息吐息といった風情で、椅子に頽れた。どこかで見た顔だ。

「ホント、まったく人騒がせったらねーぜ。テメェはよ」

「……赤毛くん……キミもずっと着いていてくれたの……?」

「任務だ、任務! 別に心配してたわけじゃねェぞ、と!」

 セフィロスばりの口の悪さで、彼は即座に言葉を返した。頬の辺りが紅くなっている様子を見るに、ポーカーフェイスは苦手らしい。

「おい、こっち! セフィのほうも目ェ覚ました!」

 兄さんの声だ。彼はホテルで待機のはずだったのだが……

「心配すんなよ。カダージュとロッズにはジェネシスとルードが着いてるぞ、と。っつーか、もうとっくに寝てんだろ」

 とっくに寝ている……?

 ここは特殊施設だから、研究棟は自然採光をとれる作りになっていない。ましてやここは地下室だったはず……

「ねェ、赤毛くん、今、何時なの?」

「午前一時過ぎだぞ、と。あー、畜生! 眠ィ……」

「ご、午前一時? 日付替わってるの?」

 セフィロスの意識に同調に、長い長い旅を経て戻ってきた……そういう実感はあった。

 だが、現実世界においても、それほど時間が経ってしまったとは思っていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

「オイ、イロケムシ。どうやら無事なようだな。……憎まれっ子世にはばかる、だ」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ、セフィロス。……ま、何はともあれ、一件落着かな。カダたちの相手をさせてしまったジェネシスが、一番大変だったかもね」

 慣れた調子でセフィロスと会話する。

 俺を創り出した男…… 別個の人格を完全に有したにも関わらず、未だに強く惹き付けられている。

 カダージュやロッズは、ほとんどその影響下にはない。だが、どうも俺だけは、セフィロスと同調しやすい精神を持ってたまま……まったくもって難儀なことだ。

 思わず苦笑が漏れて、傍らにいたヴィンセントが不思議そうに見上げてきた。

「なんでもないよ、ヴィンセント。我ながら、しぶといものだと思ってね。ああ、ようやく光に慣れてきた。両目が見えるっていうのはいいものだね」

「オレ様のおかげだ。感謝しろ」

 クソ偉そうにセフィロスが宣った。

 疾患の原因を、内密にしておくと約束したからなのだろう。

「あぁ、ハイハイ、わかりました、と。さて、俺はもう完治しているから。こんな時間だけど、ホテルに……」

 そこまで言いかけたとき、先ほど椅子に座り込んでしまった、年若い医者にふたたび目をやった。

「……あ、あれ? あなた……確か、コスタ・デル・ソルで……」

「あ、あ……あの、ご、ご挨拶が遅れまして……私のことなどお忘れかもしれませんが…… コスタ・デル・ソルでヤズーさんに紹介状をお書きいたしました。で、ですが、本当によかった! 意識が戻って……目も元通りに……」

「あぁ、センセェ、もちろん、覚えてるよ。でも、なんでこんなところへ? まさか、わざわざ……」

 人の好い、生真面目な若い医師だ。医者の少ないコスタ・デル・ソルの病院で、毎日、一生懸命、患者の相手をしている。

 俺が今回の一件で一番最初に診てもらった人物なのだ。 

「い、いえ、自分が勝手に来ただけなのです! ですから、どうぞお気に為さらず……」

 慌てて手を振る医師に、ガシッと長い腕が巻き付いた。

「おい、イロケムシ! 言って置くが、貴様が無傷で戻ってこれたのは、オレ様の働きが90%。残りの10%はこいつのおかげだぜ。なぁ、ロッケンフィールド?」

「い、いえ、そんなッ! セフィロスさんにそんなふうに言っていただける立場ではありません。私はただ……」

「済んだことは忘れろ。とにかく、今回の件では世話になったな、助かった」

 セフィロスの言葉に、年若い医師は眼鏡の中で大きく目を瞠った。そこに、涙のようなものが光っていたのは、俺の気のせいだろうか。

 彼は深々と頭を上げると、しばらく顔を上げてはくれなかった。