近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
 
 ヤズー
 

 


 

 ヒュウッ!

 と、すれ違いざまに口笛を吹かれたが、いちいち振り返るような面倒くさい真似はしない。

 どうせいつものことだ。

 

 ミッドガルとは異なる南国の風が、髪を遠慮無くなぶってゆく。

「ああ、やっぱりコスタ・デル・ソルはいいねェ」

 俺は軽く身体を伸ばす。

 一緒に道を行くのはジェネシスとヴィンセントだ。

 お子様組は、泳ぎに出てしまっているし、兄さんは一応仕事。

 セフィロスに至っては、わざわざ行き先を告げるようなおくゆかしい心人間ではない。

 

 今日は食事がてら、セントラルの若き医師にご挨拶に行ってきたのだ。

 彼はいくつもの医師免許を持っているという話だったが、やはりコスタ・デル・ソルの病院では、眼科医のままであった。

 

 さて……あの後のことを、ちょっと記しておこうと思う。

 研究室で俺たちふたりが目を覚まし、ヴィンセントが泣いて、兄さんがセフィロスに憎まれ口を叩いて……深夜にホテルに戻って……

 

 真夜中なのに、ジェネシスだけは起きていて、セフィロスが軽く舌打ちしたものだ。

 神羅の頃からの友人であった彼だけは、なんとなく事の次第を推察していたんじゃないかと思う。

 当時を知る者としては、兄さんもそうだろうが、基本的にあの人は物事を深く考えるタイプではないし、彼はホテルに戻る車の中で、よだれを垂らして爆睡していたのだ。

 

 セフィロスの話は半分正しくて半分間違っていた。

 まず、俺の肉体の回復は、コスタ・デル・ソルの若医師の発案によるものだった。

 ゆえに、90%の働きをしたのは、お医者様のほうだ。残りの10%は、彼のおかげ……といえないこともなかろうか。

 

 

 

 

 

 

「どうかしたのか、ヤズー? 急に黙り込んだと思ったら微笑んで……」

 ヴィンセントのやわらかな声で、俺は気を取り直した。

 そう、幾度も思い返したい出来事ではない。

 やはり、片目が徐々に見えなくなってゆく過程は、言葉では表現し難い不安感を伴った。

「ヤズー?」

「え、あ、ううん。なんでもない」

「今日は食事を済ませたら、買い物などせず家に戻ろうか? 一番重要な目的は終えたのだし……」

 ヴィンセントがさらに言葉を重ねた。

 彼の言う一番の大事……というのは、当然、医師への御礼のことだ。

 俺的には、ミッドガルでもさんざん頭を下げたし、もう十分だろうと思うのだが、ヴィンセントはコスタ・デル・ソルでの今後の付き合いもあるからと、あらためてお伺いしたのだ。

 もちろん、手みやげを持って。

 ヴィンセントとしては、眼科の受付に品を渡し、くれぐれも……と伝えるだけのつもりだったらしい。

 だが、たまたま通りがかった件の若医師に遭遇してしまったのだ。

 そう『逢えた』ではなく『遭った』だ。

「あははは、なるほど、女神はごく普通に対応できていたものね。俺でさえ、あの青年にはいささか鼻白んだよ」

 ジェネシスが横合いから言葉を挟んだ。

「……なんのことだろうか?」

 細い首をかしげるヴィンセントを、蕩けそうな眼差しで見つめる。

「だって、医師の彼、ちょっとフツーじゃないくらい感激していたじゃないか。ヤズーのこと見つめて、今にも抱きつかんばかりの勢いでねェ」

「ああ、確かに。ただ、予後の報告とあらためて礼をしたかっただけなのに、ずいぶんと時間をかけてしまった」

 ヴィンセントがまさしく正論という返事をした。

「いや、だからさァ。言って置くけど、病院のロビーだったから、ヤズーは手を握られるだけで済んだんだよ? ああいう純情一直線タイプは、本気になられると面倒だからね、君も十分注意しておきたまえ」

 ジェネシスは、おのれの想い人に言い聞かせるように説明した。

 兄さんが居たら怒るかもしれないが、ヴィンセントに対しての思いはジェネシスと同じだろう。

 最年長者らしく、思慮深い人ではある。だが、こと己の事となると、まったくもって鈍感で無防備……自身がどれだけ人目を引く外見なのかという自覚さえない。

 

「あー、だからね。あのセンセはいい人だし、好ましいけどさ。ちょっと精神的に、疲れただけ」

 話が変な方向にいきそうだ。

 冗談じゃない。今日は美味しいものを食べて、アクセサリーやお洋服見て……

「だから、その精神疲労を癒やすために、買い物とショッピングなの!」

 そこは絶対に譲らないという俺の物言いに、ヴィンセントは気圧されたように頷いた。

「そうそう、ヤズーのいうとおり。ディナーでなくてランチなのが、ちょっと不満だけど、今日の店はセントラルの中でもかなりオススメなんだ」

「そう! ジェネシスがオススメっていうフレンチ! 今まで教えてもらった店でハズレってないもんね。どっちかってったら、俺の目的はそっちだからさァ」

 そう言って歩を進めた俺に、ため息を吐くヴィンセント。

 ジェネシスは艶やかな笑みを浮かべたままだったが、小走りに俺に近づいてきた。

 

「……セフィロスは大丈夫だからね、ヤズー」

 そっと彼がささやく。

「まぁ、あいつは子供の頃から意地っ張りだから。不安を口にできない男だけど、彼は君たちと居ることによって昔よりも強くなってる」

「ジェネシス……」

「俺は学者じゃないから、一度死んだ肉体がどうだのということについてはわからない。でも、俺もセフィロスも今この瞬間、こうして生きている。だからね、大丈夫。……たまには俺にも頼ってよ、ヤズー。セフィロスの一番の理解者さん」

 女性ならそのまま卒倒しそうな、甘い響き。

「いいこというなぁ、惚れそうと思ってたけど、最後のフレーズだけは余計! なんだっかんだいって、あの人のこと一番わかってるのってあなたなんじゃない?」

 茶目っ気たっぷりにそう言い返した。

 

『嬉しかった』とか『ありがとう』とか……ヴィンセントや兄さんみたいな人たちには簡単に言えるのに。

 なぜか、ジェネシスやセフィロス相手に口にするのは、『負けた』気がする。

 俺も相当の意地っ張りらしい。

 

 コスタ・デル・ソルの昼下がり、のどかで……そして今日も暑くなりそうな一日だ。