近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<17>
 
 レノ
 

 

 

 

「……はぁ……」

 さきほどから何度目になるのか。 

 組み合わせた両手に顎をのせ、ヴィンセントさんは小さく吐息した。

 あー、話し手が変わったから、あいさつしなきゃわかんねーか。

 

 オレ、レノ。

 レノだぞ、と。

 

 メテオ事件からこっち、『暗殺諜報部員』というよりは、『何でも屋』と化したタークスの精鋭であり、リーダー・ツォンさんの片腕としてこき使われているのが、このオレさまだ。

 

 ご存知の通り、今日は銀髪野郎共の検査入院に付き添っている。

 ……いやはや、ここまでくると、もう本当に何でも屋だな。

 神羅の最盛期には、こんなのどかな任務など、ありえはしなかった。

 

「ヴィンセントさん、メシ、食わないんですか? 冷めちまいますよ?」

 俺は待合室で、膝つき合わせている、ヴィンセント・ヴァレンタイン氏にそう訊ねた。

 彼にはひとかたならぬ恩があるのをふまえても尚、この人には出来る限りの気遣いをしてやりたくなる。

 なぜならそれは、目の前の人物が、自分よりも常に人の気持ちを大切にするような、この時代、希有にもほどがあるこころやさしい佳人だからだ。

「あ、ああ……私のことは気にしないでくれたまえ」

「いや、そう言われてもスねェ…… クラウドの野郎に、くれぐれもアンタのことを頼むと念を押されちまってんで」

 これは方便ではない。

 今朝早くからあのねぼすけのクラウドが起きだしてきて、『くれぐれも……本当にくれぐれも、ヴィンセントを頼む』と言いに来たのだ。

『もし、万一怪我でもさせたら、アンタらも同じようにしてやる』

 と、付け加えるのも忘れなかった。

「……まったく、あの子は…… 私の心配などよりも、ヤズーやセフィロスに慮るべきだろう! それに、君にそんな物言いをするとは……」

「いや、まぁ、別にいいんスけどね」

「よくない。……クラウドの不躾は私が謝罪しよう。すまなかった」

 こんなときにも関わらずきっちりと頭を下げるヴィンセントさん。

「アンタに謝ってもらう必要はないッスよ。クラウドの気持ちもわかりますし、俺たちはずいぶんとヴィンセントさんに助けられました」

「……ルーファウス神羅の従弟のことを言っているのか? それこそもう済んだことだ。私にできることをしたまでのこと……」

 やれやれ、こういうアンタだからこそ、クラウドはじめ、周りにいる連中…… まだ関わりの薄いオレなんかも、放っておけない気分になっちまうんですがね。

 そんなふうに心の中で言い返すと、ほとんど手つかずのまま冷めてしまった紅茶を入れ替えてやった。

 

 

 

 

 

 

「どうぞ、ヴィンセントさん」

 湯気の立つそれを、難しい顔の前に差し出すと、

「え、あ、ああ…… ありがとう」

 と、少し驚いた様子で礼を言った。

 不作法な俺が、手ずから茶を淹れたことに驚いたのだろうか。

「ふたりとも検査しているだけだ。何の心配も要らないぞ、と」

「そうだな…… だが、もし、よくない結果だとしたら……」

「ヴィンセントさんは、ものごとを悪い方へと考えるよくないくせがあるぞ、と」

 以前から感じていたことを口にした。

「あ、ああ…… そう……以前にもクラウドやセフィロスに注意された……」

「フフン、一応アンタのことはわかっているんだな。そりゃそうか、一緒に住んでいるんだから」

「……家族だから」

 ヴィンセントさんは小さくつぶやいた。

 その声は低くて掠れていて、聞き取れないほどであったが、強ばっていた表情がわずかにやわらいだことに気づいた。

「それによ、もし、なにか問題があるんなら、早くわかったほうがいいッスよ。ここは神羅カンパニーの最先端の総合病院。最高の医療を受けられる」

 ひょいと両手を挙げ、おどけた調子でそう言ってやった。

「……レノ」

 あらためて名を呼ばれて、オレは『なんスか』と彼を振り返った。

「レノ、ありがとう。君はやさしい人だな」

「おい、ちょっ……ちょっとォ! やめてくださいよ! オレ、タークスなんスよ? 今だって、仕事で付き合っているだけなんスから!」

「いや……君は気持ちのやさしい人だ。ありがとう私を気遣ってくれて」

 オレは大げさに両手で遮った。

 ヴィンセントさんが、この上なくやさしげな笑みを浮かべ、こちらを見つめていたからだ。

 ジェネシスが女神女神と呼んでいるのは知っていたが、なるほどこりゃ本物の『女神だ』だ。

 そもそも、もと暗殺集団、諜報部員に向かって『やさしい』だなどと微笑みかける人間がいるはずないのだ。

 物心ついたときから、神羅に拾われ、すぐにタークス配属されたオレだ。

 好きになりかけた女はいたが、大抵、こっちの本職を知れば離れて行く。ソルジャー以上に、タークスの評判は悪いのだから。

「フフ、私は君の先輩なんだぞ。……私だって、元タークスだ」

「アンタは違います! たまたまその時代、所属していたってだけッス。オレはすれっからしで、殺し屋で……ホント、だれかにそんな風にいわれる男なんかじゃ……」

「自身を穢い言葉で貶めるのはやめなさい。……君は大切な友人のひとりだ」

「ヴィンセントさん……」

 そうだ。

 そうなんだった。

 この人はこういう人だ。

 社長の赤ん坊事件のときも、DGソルジャーのミッドガル襲撃事件のときだってそうだった。

 目がまともに見えず、声が出せないのに、ルーファウス社長を守り、ネロと対峙したのだ。

「……そんなら、ほら。オトモダチとしてお願いしまス。アンタが倒れるのは見たくねェ。ちゃんとメシ食ってください」

 そういって温め直した昼食を、無理やりテーブルの端に押しつけると、彼はようやくスプーンをとってくれた。