近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<18>
 
 ヤズー
 

 

 

 

(……ここはどこ……?)

 ぼんやりと目を開けると、見たことのない部屋の中に、俺は居た。

 

 ……ああ、そうか。

 そうだったね。

 俺は今、検査を受けている真っ最中なのだった。

 脳派の検査のため、強制的に眠らされているのだ。

 つまり、コレは眠っている俺の夢……

 『意識の内側』に居るのだ。

 

(俺の意識の中なら、知っている場所のはずなんだけどな……)

 独り言は『音』にはならない。しゃべっているつもりでも、頭の中で響いているような感じなのだ。

 

 ふと俺は室内に意識を戻した。

 さっきから気がついてはいたのだ。壁紙まで白いこの部屋は、どこか病院の一室に似た雰囲気をかもしだしている。

 だが、それほど気にならないのは、大きく採光のとられた窓で、薄いピンク色のカーテンが風に揺らめいており、床の絨毯もやさしげな桜色をしていたからだ。

 ふわふわとやわらかそうな絨毯の上で、ひとりの子供がちょこんと座っている。

 どうやら、向こうからはこちらが見えないらしい。

 透明人間になったらしい俺は、それでもそっと小さな後ろ姿に近づいた。

 いや、子供というより、幼児……いや、まだミルクを必要とするこの時期の子供は、『乳児』と呼ばれる。

 おむつもまだ外れておらず、歩くことさえ、上手くできないこの子は、ほんの一才くらいだろうか。よくわからない。

 だが、特徴的な銀の髪に、抜けるような白い肌をしている。

 もしかしてこの子は……?

 

 思考を巡らせていると、唐突に部屋のドアが開かれた。

「セフィロス……! セフィロス、ああ、すまない。ひとりで寂しかっただろう?」

 部屋に入ってきたのは、俺もよく見知った人物であった。

 黒髪にワイン色の瞳……黒いスーツを身につけている姿は新鮮であったが、間違いなくヴィンセントだ。髪は短く整えられているが、まごうことなく俺の知るヴィンセント・ヴァレンタインであった。

「ふにゃあぁぁぁ〜」

 猫のような鳴き声を上げ、半泣きの顔で赤ん坊が手を差しのばした。

「よしよし、良い子だな、セフィロス。お腹が空いただろう?」

 ……察しのいい、皆はすでにわかっているだろう。

 俺自身も、もちろん気づいている。ほとんどあの赤子を目にしたときからだ。

 

 これは『セフィロス』の記憶だ。

 セフィロスの中から、思念体が生まれる以前……つまり、俺がまだ彼と意識を同一としていた頃の思い出なのだ。

 この当時、『ヤズー』という意識は一個体として分離されていない。

 まだ、『セフィロス』と同化していたころの記憶……

 

 

 

 

 

 

「ふえぇぇ〜、ほえぇぇ〜」

「ほら、ミルクだ。熱くないかな? もうすぐ、君のママが迎えにくるから、良い子で待っていよう、セフィロス」

 ヴィンセントが、そっとほ乳瓶を赤ん坊の口元に宛がうと、んぐんぐと勢いよく飲み始める。どうやらセフィロスは幼い頃から食欲旺盛だったらしい。

 

 ……しかし、ヴィンセントの幸せそうなこと。

 ゆったりとしたソファに腰を下ろし、赤ん坊を抱きながらミルクをあげる。

 完全に、女性向けのシチュエーションでありながら、何の違和感もない。唯一、彼の身につけている黒服が、このピンクに霞んだ部屋に似つかわしくないだけだ。

 赤ん坊のセフィロスも、ヴィンセントには慣れているのだろうか。

 彼に抱っこされ、ミルクを飲ませてもらっている間におねむになったらしい。そのまま、ぴったりと張り付き、すぐに規則的な吐息をもらした。

 

「セフィロス…… 君のことは必ずこの私が守る。この命に代えてでも」

 ヴィンセントの独白は、ズキンと俺の胸に響いた。

 以前、兄さんに、『おまえにだけは話しておく』と言われて、ヴィンセントとセフィロスの関わりについて教えてもらった。

 その時以上に、いやその数倍、今の情景は説得力があった。

 ヴィンセントの、セフィロスへの思いはもはや別次元なのだ。セフィロスが生まれたばかりのときから、彼は自身に誓いを立てているのだ。

 『セフィロスが幸福な生涯を送る』

 これは、すでに神にすら砕くことの出来ない、ヴィンセントの強い意志なのであった。

 

(……あ〜、なんか納得。恋愛感情だのなんだのというモンダイじゃないわけね)

 ひとり蚊帳の外である俺は、小さくため息を吐いた。

 目の前の若き日のヴィンセントは、この上もなく愛おしげにセフィロスを抱きしめるのであった。

 

 ふたたび、ぼんやりと視界がにじむ。

 覚醒の時間が近いのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 この場所は……?

 どうやら、ここも知らない場所だ。

 一見して、高級なオフィスビルの一室と思われる。その部屋には四人の男が居た。

 ひとりはもちろん、セフィロス。今とほとんど様相は変わらないが、ほんのわずかに幼く見える。

 そして紅のコートは、ジェネシス。相変わらず艶やかな雰囲気の人だ。

 彼らよりやや年長に見える、屈強な人物は、誰なのだろう?

 セフィロス、ジェネシスとくれば、おそらく神羅のソルジャークラス1stの面々だろう。もしかして、アンジールというのは彼なのだろうか?

 昔、一度だけセフィロスの口から訊いたことのある名だ。

 もう一名はまったくわからない。ひとりだけ、気障なストライプのスーツを身につけ、眼鏡をしている。金髪のせいか、ややルーファウス神羅に似ているような気がするが、まさか彼のはずはない。セフィロスたちが神羅のソルジャーだったころ、彼はまだ少年と呼んでもおかしくない年代のはずだから。

 

 そのストライプさんが、書類の束を手にして、なにやら小難しい話をしているようだ。

 ウータイだの、ゲリラだのという言葉が頻繁に出ることから、ソルジャーとしての任務の話なのだろう。

 書類の下に、小説本を隠し持っているジェネシス。セフィロスに至っては、寝不足なのか、うつらうつらと船を漕いでいる。

 そのふたりをこっそり注意するアンジールらしき、青年剣士。

 ……ああ、この当時から、セフィロスは周囲の人々に迷惑を掛けていたんだなと、しみじみ頷く俺であった。

 

 ミーティングが終わり、部屋を出て行く面々。

 セフィロスだけは、皆と反対方向に小走りに去ってゆく。

 俺としては、どちらかというと他のソルジャーの人たちについていって、この当時の神羅カンパニーについて知りたかったのだが、どうやらそれは叶わぬらしい。

 『セフィロスの一部』であった当時の俺は、彼に引き寄せられるように、人気のない中庭に走り出たのだ。