近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 
 ヤズー
 

 

 

 

「……検査着……ダサ……」

 前あわせの簡素な上下を着させられる。鏡を眺めていて、ついこぼれ落ちたセリフだ。

 幸い誰の耳にも入らなかったらしく、突っ込まれることはなかった。

「……なぁに、あなたもするの? ずいぶんと付き合いがいいじゃない?」

 俺と似たような格好に着替えさせられたセフィロスに、からかい半分でそう言ってやった。まだ目が覚めきっていないのか、反応は鈍い。

 ただの気まぐれで着いてきたのかと思っていたのだが、どうやら彼も検査をするらしい。

 低い声で、『うるせェ』と言っただけだ。

「では、おふたりとも準備はよろしいでしょうか」

 年若い助手風の医者が、俺たちを誘導する。

「ではY−023号殿は、こちらの部屋へ。S−015号殿は、対面の部屋へ移動願います。付き添いの方には別室をご用意しておりますが、時間がかかりますので……」

「Y−023〜!? なんか、ヤダなぁ。その呼び方ァ」

 説明の途中だったが、思わず異議を唱えてしまった。記号化して呼ばれると、ただでさえ思念体などという不安定な生き物としては、不快な心持ちになる。

「あ、いえ……その申し訳ございません。お名前を伺っていないものですから」

 意外なことを言われて、俺はすぐに返事ができなかった。

 そんなこちらの反応に、赤毛くんはすぐ気づいたのだろう。

「まぁ、アレだ。一応、表向きはタークスの守秘義務ってトコだ。まぁ、アンタらの名前なんざ、知らない方が安全だろうしな」

「いいんじゃねーのか。オレはS−015な」

 どうでも良さそうに手を振って、セフィロスはさっさと部屋から出て行こうとした。付き添いのヴィンセントが、すぐにその後を追う。

「き、きっと大丈夫だ。何の問題もない、セフィロス。もし、何か気がかりな結果が出たとしても、我々が着いているのだ。すぐに良くなるに決まっているし、不安に思う必要はない。私もずっと病院で待機しているから、どうか安心して行ってきてくれまえ、セフィロス」

 必死の形相で慰めるヴィンセントに、セフィロスは心の底から大きなため息を吐いた。

『セフィロス、セフィロス』と、思い切り彼の本名を呼んでしまうヴィンセントだ。

 これでわざわざS−015という、ナンバリングした意味は無効になったわけだし、セフィロスとしても、子供のように心配される様を他人に見られるのは本意ではないだろう。

 やれやれといった態で、額に手を添えていた赤毛くんが、一応この場所にいる医者は承知のことだからと教えてくれた。

 だが、極力外部に漏れる可能性を低くするために、記号で呼び合うことに決めたそうだ。

 

「……おまえなァ、ヴィンセント……」

「な、なんだろうか? その、私にできることなら何でも……」

「…………」

「何か欲しいものでもあるか? ああ、だが、検査が終わるまで飲食は……」

「……何でもない」

 この上なくうんざりとした面持ちで小さくつぶやくと、セフィロスはくるりと踵を返した。まったく警戒心がなく、我らのことを真剣に心配してくれているヴィンセントに、気勢をそがれた形だ。

 赤毛くんが、ふたりのやりとりに声こそ出さずに腹を抱えていたが、セフィロスに気付かれてゴッと後頭部を殴られた。

「ヤ、ヤズーも、不安はあるだろうが、気をしっかり持って……」

「やぁねェ、ヴィンセント。俺は大丈夫だから。あなたのほうが卒倒しそうな顔色してるよ? なんだったら、ホテルで待っていたら?」

「な、何を言う! 私は君たちの保護者なのだから……!」

 外見とは正反対の力強いセリフに、俺とセフィロスは顔を見合わせた。

「あ、あの、では始めますので、各部屋に別れてください」

 申し訳なさそうに、誘導する医師の指示に従って、俺たちは別々の方向に足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

「それでは、こちらへ……」

 さすが神羅の病院施設といったところか。

 コスタ・デル・ソルの若い医者が言っていたことは、どうやら眉唾でもなかったらしい。

 素人の俺でさえ、その室内に設備された機器が、最新鋭のものであるとわかる。マスクをしている医者達の顔は知らないが、きっと優秀な神羅専属医師なのだろう。

「時間がかかる検査ですので、リラックスしてください。問診を始めます」

 促されるままに、医師と対面で着席する。

 俺など、患者の座る椅子は、事務用の簡素な丸椅子というイメージがあったが、こちらの検査室のものは、重厚なつくりの四角形であった。

『まず睡眠時間についてですが、就寝時刻と起床時刻を教えてください』

「そうだなァ。美容のためにも、なるべく0時までには寝ようと心がけてるよ。起きるのは午前六時半くらいだね」

『……心がけているというのは、不眠気味ということでしょうか』

「病的なほどじゃないかな。いろいろ考え事していると頭がさえちゃうこと、あるでしょう。そんな感じ」

『食生活についてですが、規則的で栄養バランスに気を遣っていますか』

 しばらくこの教科書どおりの尋問……いや、問診が続くのだろう。ややうんざりとしつつも、口を開いた。

「ああ、食事については、我が家は完璧だねェ。料理人が並じゃないから。コスタ・デル・ソルはそうそう遊べる場所もないし、俺個人の私生活については、何ら問題ないと思うよ。目が見えなくなったことと関係はないだろうね」

 先回りしてそう答えた。

 問診担当のふたりの医師は、互いに目配せのようなものを交わすと、なにやら書き込んでいたカルテを横に退け、もうひとつのファイルをとりだした。