近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
 
 ヤズー
 

 

 結果を待つためでなく、『検査』そのものを行うために、二三日ほど待たされるハメになった。

 もっとも文句を言える筋合いではない。

 人払いのために、わざわざ神羅が経営しているロイヤルホテルの最上階を借り切ってもらい、滞在の間、何不自由のない生活をさせてもらえるのだから。

 このタイムラグは、患者という立場の俺にとっては退屈な時間であったが、『付添人』を自負している人々にとっては、なかなか有意義な時間になったらしい。

 

 兄さんやカダたちは、ショッピングモールに繰り出して行っていたし、ヴィンセントも、このときとばかりに、めずらしい食材や香辛料などを買い集めに出回った。

 もっとも、これまで何度かDGソルジャーの襲撃を受けたこの街だ。

 単独での行動は基本的に禁止と合意していたので、ヴィンセントが出かけるときには、ごく当然のようにジェネシスが護衛で着いていったし、それはカダたちにしても同様であった。

 ただ、セフィロスだけは、堂々と単独で行動していたらしく、ヴィンセントがひどく心配そうに彼の姿を探していたのも知っている。

 

「ヤズー、気分はどうだ?」

 神羅カンパニーが提供してくれた、ロイヤルホテルの特別室。

 ほとんど日課のごとく、数刻ごとにヴィンセントは顔を出してくれた。

「気分も何も……何もやることないんですもの。具合の悪くなりようがないじゃない」

 八つ当たり気味にそう言い返したが、ヴィンセントは嫌みとさえ取らなかったらしい。

「いよいよ明日は……検査入院の日だな」

 心許なげに手もみをしながら、ヴィンセントがつぶやいた。これではどっちが病人だかわからない。

「ああ、そうだねェ。ここに来てからほんの三日しか経っていないのに、ずいぶん待たされた気がするよ」

「……また、気のない返事を…… そうそう、私も一緒に病院に泊まり込むから。おまえの部屋のとなりに、付き添い用の一室を用意してくれるそうだ」

「ちょっとォ、ヴィンセント。子供じゃないんだから。なにも泊まりがけで側に居てくれる必要はないよ」

 カダが患者なら、俺も同じように計らってもらったかも知れないが、診てもらうのは俺なのだ。俺ほど他者の手を必要としないキャラもめずらしいくらいだろうという自負も、ヴィンセントの前では総崩れになってしまう。

「今回の一件では、私は保護者のつもりだ。いくらしっかりしていても、私の方が年長だし、これまで何度もおまえには助けてもらっている。こんなときくらい、側にいて力になりたい」

「ああ……まぁ、別にいいけど……」

 身を乗り出して言い募るヴィンセント相手に、これ以上反論しても徒労に終わることはわかりきっているから。

「そうそう。セフィロスも心配しているようで、私と一緒に病院に行くと言ってくれている。よかったな、ヤズー。私はともかく、彼が側に着いていれば安心だろう?」

「ちょっ……!?」

「普段は突っ慳貪な彼だが、やはり心の奥では、常におまえたちのことを想っているのだ。セフィロスの申し出を受けて、私もとても嬉しかった」

 胸に手を当てて、女学生のように頬を染めるヴィンセント。

「ち、ちょっと、ちょっと、ヴィンセント! なんで、そんな話になっているの!?」

 慌てて訊ね返した私に、彼は不思議そうな面持ちで逆に聞き返してきた。

「……何故って……セフィロスがおまえのことを心配して、側に居たいと言っているだけのことだろう? 普段は素っ気ない態度をとる彼だが、やはりこういうときには頼りになるな」

 明後日の方向の返事に、俺はぐったりとクッションに背を預けた。

 もはや何か口にする気力もなくなったのであった。

 

 

 

 

 

 

 カダージュがひとりで俺の部屋にやってきたのは、その日の夜遅くであった。

 明日からは検査入院と決まっていたのだが、なかなか寝付かれず、小さなノックの音もすぐに聞き止めることができた。

「……ヤズー?」

 俺から返事があったことが以外だったのか、彼は恐る恐るといった様子で音を立てずに扉を開けた。

「カダか? 大丈夫、起きてるよ」

「……うん、ゴメンね、夜遅くに。でも、ヤズー、とっくに寝てると思ってた」

「それは俺のセリフだよ、カダージュ。夜更かししちゃダメだろう。こんな時間、セフィロスやヴィンセントだって眠っているぞ?」

 枕元のアンティークな時計は、すでに午前二時を指し示していた。

「ん……何だか、眠れなくて。ヤズー、明日、病院に入っちゃうでしょ?」

「ただの検査入院だ。終わればすぐに戻ってくる」

「……ヴィンセントが、僕たちはヤズーの検査が終わるまで、このホテルでおとなしく待っていなさいって」

 カダージュは寂しそうにつぶやいた。

 ヴィンセントにそういってくれるよう頼んだのは、他ならぬこの俺自身なのだ。やはりホテルと病院では勝手が違うし、患者が俺という事情もある。

 俺が普段の状態であるなら、カダージュに何かあっても、即座にフォローに回れる。だが、今は不自由な身の上なのだ。

 三人の中でもっとも不安定な末弟のカダージュだ。出来る限り、安全で落ち着いた場所に居てもらいたい。

「そうだな。このホテルならば静かだし、何の心配もいらない。ロッズや兄さんたちとほんの少しの間、待っていてくれるか?」

「……病院に行っちゃダメ? だって、ヴィンセントは付き添いなんでしょ!? それにセフィロスだって行くって……」

 誰からその話を聞いたのか、カダージュは納得がいかないというように、急き込んで問い詰めてきた。

「……おまえにはここで待っていて欲しい」

「なんでだよ! ヤズー、僕のこと好きじゃないの!? ずっと一緒だって、いつも言ってたじゃない! 僕が側に居ない方が良いの!?」

 俺のパジャマの胸元を握りしめ、カダージュは食い下がった。

 その指を乱暴にならないように外す。

「……落ち着いて、カダージュ。そんなはずがないだろう?」

 泣き出しそうな顔を撫で、頬に口づける。

「だって……」

 ぐずぐずと鼻水を啜り上げる彼を見て、俺は困惑すると同時に、心のどこかで不思議な安堵を感じていた。

「ヴィンセントは、あの家で一番年長だろう? だから、親のいない俺たちの保護者代わりを自任しているんだよ。それはおまえにもわかるな?」

「わかる……わかるけど、じゃ、じゃあ……セフィロスは……?」

「う〜ん、そうだな。彼は…… ほら、俺たちは実体を持っているけど、もとは彼の思念体だからな。念のために同行してもらうってさ」

 あたかもそういった取り決めがあったかのような物言いをした。

 セフィロスが『勝手に来る』のだと知れば、カダージュも黙っては居なかろうから。

「……そう」

 不承不承という様子で、カダージュが頷いた。

 ヴィンセントとセフィロスには、それなりの理由があるのだと理解したのだろう。

「それにな、カダ。やっぱり俺としても、自分が弱っているところをおまえに見られるのは嫌なんだ」

「そんな……! 弱ってるとかそういうのじゃないじゃん!」

「うん、でも、あくまでも『患者』の立場だからさ。おまえにはいつでもカッコイイところだけを見せたいんだ。こいつは俺の我が儘だけど」

 そういって、つんと彼のおでこをつついてやった。

「何いってんの? ヤズーはいつでも綺麗でカッコイイもん。どんなときでも、今でもだよ」

「ありがとう、カダージュ。さ、もう本当に遅い時間だ。部屋に戻って寝なさい。おまえが寝不足で風邪なんて引いたら、それこそ安心して検査なんてしてもらえないよ」

 細い肩に引っかけただけのガウンを直してやり、俺はそう言った。

 カダージュは、まだ何か逡巡している様子であったが、ふと思い直したように顔を上げた。

「ねぇ、ヤズー。ここで一緒に寝ちゃダメ?」

「ここで?」

「うん。病院に行くのは我慢するから…… ちゃんと大人しく待っているから、今夜はここで寝たい」

 ふぅと俺は、苦笑混じりのため息を吐いた。

 くすぐったいような、どこか嬉しい気がしたのも、本当のことであった。

「わかった。おいで、カダ。くっついて寝れば、暖かいな」

「うん、風邪なんて引かないよ!」

 カダージュは子猫顔負けの勢いでベッドに潜りこむと、ピッタリと俺にくっついた。

 すぐに互いの体温で、寝床が温まる。

 

 ……ジェネシス、俺はまだ、この子に必要とされている……のかも。

 

 心の中で、艶やかな笑顔に向かって、そうささやくと俺は双眸を綴じ合わせた。