近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<8>
 
 ヤズー
 

 

 

「これから……ねぇ。どうしようかなぁと思って」

 真剣みのない俺の返事に、ジェネシスは形の良い眉をキリリとつり上げた。

「『どうしようかなぁ』じゃないだろう? 俺としては君の信奉者である、年若い医師と同意見だな。今すぐ、ミッドガルに行って、最良の処置をおこなうべきだ」

「やだなぁ、信奉者だなんて。たまたま俺のことを近所で見かけたって話されただけ。まぁ、それはどうでもいいんだけど。……ミッドガルまで行くとなったら、みんなに内緒でってわけにはいかなくなるよ。ヴィンセントやカダージュにも知られちゃう」

「家人に心配を掛けたくないと気持ちはよくわかるよ。だが、状況はもうそれどころじゃないだろう? 対処が遅れて取り返しのつかないことになったら、それこそどうするつもりなんだい?」

 ジェネシスが穏やかに言った。真剣に物申してくれているにもかかわらず、けっして彼は声を荒げたりしない。

「大切な人たちに心配を掛けるどころか、ひどく悲しませることになるんだよ?」

「……取り返しのつかないことになったら……か」

 ふぅと軽く吐息し、俺は氷の溶けかけたグラスを口元に持っていった。

 ふと頭をよぎる思考の固まりがある。『これ』は、たった今、現れたものではなく、これまでも何度も脳裏を横切った。

 ……そう、コスタ・デル・ソルのあの家で、生活するようになってから。

 

「……もし、万一取り返しのつかないことになったとしても、それはそれでもう運命なのかも」

 その『考え』を、頭の横っちょで転がしながら、俺は小さくつぶやいた。

 幼い面立ちの弟の顔が浮かぶと、彼はふわりと微笑んで消えていった。

「ヤズー?」

 ジェネシスが尻上がりに俺の名を呼ぶ。

「俺たちがまだヴィンセントや兄さんと知り合う前……セフィロスの思念体として、三人でいた頃、カダは本当に安定していなくてね」

「カダージュくん?」

「うん。少しでも俺が離れていると、まともに食事もとらないし、眠ることすらできなかったんだよ」

「…………」

「そんなカダが愛おしくて……本当に可愛くて、でも心配で切なくて…… ジェネシスなら想像ついてるでしょ? 俺とカダがただの兄弟の関係だけじゃないって」

 前で組んだ両手に口元を宛て、俺は上目遣いにジェネシスの表情を盗み見た。だが、彼は眉一つ動かさなかった。

「ああ、そういうことはね。……わかるよ、俺は」

「うん、さすがジェネシス」

 俺はひとつ頷いて微笑み返した。

 

 

 

 

 

 

「……でも、もう俺の役目はほとんど終わったかなって。最近、そう感じさせられることが多くてね。兄さんやヴィンセントたちと一緒の生活で、カダは本当に変わったよ。劇的とも言えるくらいにね」

「…………」

「知ってる? あの子、けっこうモテるんだよ、女の子にね。もともとの性質はとても素直な子だから。精神さえ安定していれば、人の好意にはストレートに善意で返すし、言葉を飾ったり、ウソをついたりはしない」

「ああ、確かにね。カダージュはとても良い子だ」

 表情は穏やかなままだったが、ジェネシスは慎重にそう応えた。

「カダージュが俺にこだわっていたのは、あの狭い世界の中だけでだったんだよ。俺はあの子を愛しているけど、あの子の思いと俺のそれとでは違うんだ」

「…………」

 ジェネシスが黙って聞いてくれているのをよいことに、俺はさらに言葉を続けた。

 彼に話して聞かせるためというより、ほとんど懺悔になっていたと思う。

「俺にはカダじゃなきゃダメだけど、カダは『俺しか知らなかった』んだよ。だから俺の気持ちに応えてくれた。……あの子にはその選択肢しかなかったから」

「ヤズー。それはカダージュが言ったことじゃないんだろう。君が想像で……」

「ああ、そうだね。俺が勝手に想像して口にしているだけだよ。でもね、だいたい当たっていると思う」

 ジェネシスの言葉を遮り、俺はそう告げた。

「その証拠に、あの子はもう俺を必要としていない」

「ヤズー……!」

 彼の声に、非難の色が混じった。俺はわずかな逡巡の後、先の言葉を言い直した。

「……ごめん、あまりにも勝手な言いぐさだよね」

「まったくだ。君らしくもない」

「……でも、以前ほど、俺に依存してはいないよ。ヴィンセントや兄さんを始め、彼を取り巻く人たちとの間で、自然と生きる術を身につけたんだ。今のあの子なら、俺が居なくてもやっていける」

 自嘲気味につぶやいた俺であったが、ジェネシスは一緒に笑ってはくれなかった。

 わずかな間隙の後、彼は静かに切り出した。俺を責めている風でもなく、だからといって慰めを口にしたわけでもなかった。

「カダージュくんが自立したから、もう君の役目は終わったとそういいたいのか?」

「言いたくはないよ。でも……事実だ。カダはあの家でどんどん精神的に成長して、自立しつつあるけど。俺は逆だ」

 認めたくない言葉を口にする。おそらくジェネシスのような人物相手だからこそ、口にする気になれたのだと思う。

「……逆なんだ。あの家で生活することになってから、俺はますますカダへの執着が増している。あの子が、いつの日か、本当に俺を必要としなくなるのではないかと…… むしろ、俺の存在が、重荷になるんじゃ……って。恋人という関係だって、俺たち三人しかいなかった世界で、カダが俺に依存していたからこそのものだ」

「ヤズー……」

 俺の名をつぶやいてから、

「意外だったよ」

 と、ジェネシスはため息を吐いた。