近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<9>
 
 ヤズー
 

 

「あの三人の中で、君が一番安定していて、気丈な人物だと、勝手に理解していた」

「……別に間違っていないんじゃない? 自分でも図太い方だと思っているし、気も強いよ」

「表面的にはね。でも、とても脆い部分があるんだ。君は繊細な人だったんだね」

「やめてよ。……変な気分になってくる。俺にそんなことを言ったのは、あなたで二人目だ」

 俺のセリフに、ジェネシスはごく当然のように『一人目は?』と訊ねてきた。

「……ヴィンセント」

 と、正直に答えると、彼は花が開くように微笑んだ。

「ああ、なるほど。さすが女神。物静かで口数の少ない人だけど、見るべきところはきちんと見極めているんだなぁ」

 たいそう満足そうにそういうと、彼はゆっくりと立ち上がった。

「ならばこそ、絶対に君の不調を治さなければね」

「…………」

「万難を排して、ミッドガルへ行くべきだよ、ヤズー」

「だから……それは……!」

「皆にすべてを打ち明けて、助力を乞うべきだ」

 できないと告げたはずの言葉を繰り返されて、カッと頭に血が上る。

「言ったでしょう!? 兄さんも寝込んだばかりで、セフィロスも様子がおかしい。ただでさえ、精神的なストレスが溜まっているヴィンセントに、俺の不調のことなんて話せるわけがない!」

「このまま放置し続ければ、最悪の事態に陥る可能性もあるのに?」

「……とにかく!」

 俺はジェネシスの言葉を遮って立ち上がった。テーブルの上のグラスが、カランと高い音を立てる。

「とにかく……! 今は時期が悪いんだ。俺だって、自分の身体だ。なんとかしなきゃとは思ってる!」

「…………」

 切れ長の双眸と視線が合うが、俺はすぐに反らした。

「ごめん。今日はもう帰るから」

 ジェネシスは送ると申し出てくれたが、俺は遠慮した。家までの間、いろいろ考え事をしたかったからだ。

「ヤズー……」

「じゃ、また。……そうそう、いつでも遊びに来て。家の皆、君が来るのを楽しみにしているから」

 その言葉を締めくくりに、今度こそ俺は店を出た。

 

 

 

 

 

 

「……ヤズー、ここに来て座りなさい」

 ヴィンセントが穏やかな声音で、だがいつもとは異なる毅然とした口調で俺を呼んだ。

 

 医者に行った翌日の夜のことだった。

 昨日はジェネシスと分かれてから、思い切り時間を潰して帰ったのだ。夕方の日射しは強烈で、そこをトボトボ歩くのも願い下げだったし、今の状態で、あまり長い間、家人の近くには居たくなかったからだ。

「ヴィンセント、どうかしたの?」

「いいから、ちょっと来てくれたまえ」

 居間のソファに俺を誘うと、前の席にストンと腰を下ろした。いつもならセフィロスの定位置だが、彼は入浴中である。

「どうしたのさ、ヴィンセント。難しい顔して。何か話があるなら、お茶入れようか? ほら、この前、買ってきたフレーバーティーが……」

「ヤズー!」

 茶器の用意をしようと、ふたたび立ち上がった俺の腕を、ヴィンセントがはっしと掴み締めた。

「ヴィンセント?」

「ヤズー…… なにか私に隠していることはないか?」

 袖を掴んだ手をそのままに、ヴィンセントが言った。ルビーのような紅の瞳が、深い光を湛え、じっと俺を見つめている。

「何の話……? 俺がヴィンセントに隠し事なんてするわけないじゃない?」

「…………」

「やだァ、そんな怖い顔しないで。眉間にシワ寄ってる。くせになっちゃうよ?」

「私の眉間の心配をする前に、話すことがあるだろう?」

 軽めのジョークににこりともせずに、ヴィンセントは続けた。

「左目、見えていないのだろう? なぜ、そんな重大なことを、この私に隠しているのだ」

「あ……え……えと…… もしかして、ジェネシス……かな?」

「彼を責めてはいけない。私もおまえの様子がおかしいことには気づいていた。ただ、くわしい情報は彼から得た」

「……そう」

 ここまで知られていてはもはや隠し通すのは不可能だ。もともとヴィンセントは、鋭敏な人なのだ。自分以外の事柄に関しては、だが。

「やれやれ、ジェネシスってば。困った人だなぁ」

「私は彼に感謝している。……困った人なのは、おまえのほうだ」

 そういうと、ヴィンセントの腕が俺の背に回された。一方は抱え込むように、俺の頭に……

 俺と彼は同じくらいの身長なので、こうして腕を回されると、頬が触れ合うほど顔が近くなる。

「おまえはいつもそうやってひとりで抱え込む。私やクラウドらのことは、どんなに些細な事柄でも心を配るのに……」

「ヴィンセント……」

「まったく損な性分だな、ヤズー。おまえはもっと素直に周りの人間に頼るべきだ」

 彼の手が俺の髪を撫でる。まるで小さな子供をなだめるように……

「うーん、ごめんね。話したら治るってもんでもなさそうだし。かえって心配させるだけだろうと思ってさ」

「……ジェネシスの言ったとおりだ」

 そうつぶやくと、ヴィンセントは俺を促してソファに腰を下ろした。今度は俺の前の席ではなく、すぐとなりにだ。

「ヤズーと自分は似たもの同士だからと…… 人の心が読めてしまうゆえ、つい先回りをして、上手く事を収めるように動いてしまうのだと言っていた」

 俺の顔を覗き込んで、ヴィンセントがささやいた。その眼差しが、あたかも慈母のごとき暖かさで、上手く目線が合わせられない。

「……私はそんなに弱くない。できることがあるならなんでもする」

「ヴィンセント……でも……」

「私がおまえのために尽くすのは当然のことだ」

 そういうと、彼の細い指が、膝に放り出したままの俺の手に絡んできた。

 飾り気のない好意をストレートに向けられるのには、いつになっても慣れることが出来ない。

 それは、ジェネシスが自分そっくりと言っていた、俺の性格的な問題なのだろう。

 逸らすことなく俺を見つめるヴィンセントの瞳は、吸い込まれそうなほど美しく澄んでいた。