近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ヤズー
 

 

 

「俺は君たちのことを大切な友人だと思っているんだよ? ヴィンセントは少し別の意味になるけど……それでも、皆を大事に考えていることには違いない」

「うん……もちろん、よくわかってるよ」

 素直に頷く。ジェネシスが本心で言ってくれているのは、よくわかっているから。

「昨夜会ったとき、セフィロスがおかしなことをいっていたけど……彼よりも、不調だったのは君のほうなのか? それも眼科っていうのは……?」

 ここまで知られているのだから、もはやごまかせる状況ではなかった。ジェネシスには薬袋も見られているのだ。

「あのね、左目、見えないんだよ。理由はよくわからないんだけど」

「見えないって……まったく視界が効かないのかい?」

「三、四日前に掠れた感じになったんだけど、今はもうまったくね。だから、今日は車を避けたんだ」

 素直にそう答えた。

「原因はわからないのか? なにか思い当たることは?」

 ジェネシスは巧みに運転を続けながら、そう突っ込んで来た。

「うん……原因として思いつくことはないかな。ただ……ごく最近、不思議な体験をしてね。ま、我が家はよくよく不可解な事件に巻き込まれることが多いから、今さら驚くようなことじゃないんだけど」

「不可解な事件? DGソルジャーとかそういった類のことではなくてか?」

「ええと、その……別に隠したい訳じゃないんだけど……セフィロスからも聞いてないんでしょ? きっと口にしても、信じてもらえるような内容じゃないから、彼もあなたには話さなかったんだよ」

「おやおや心外だな。俺が君たちの話を信用しないって?」

 ジェネシスはそう言った。運転していなければ、ひょいと両手を持ち上げ、頭を振ってみせたところだろう。ジェネシスにはお似合いの、見慣れた気障な仕草だ。

「アハハ、なにしろ突拍子もない話だからさ」

「信じるよ」

 穏やかな声で繰り返され、俺は運転席のジェネシスを見た。彼のまなざしに出逢う。

 俺は自分の胸が、微かに高鳴っていることに気づいた。

 

 

 

 

 

 

 三十分後、俺たちは商店街の一角にある、庶民的な喫茶店で対面していた。

「……というわけ。前回は『シンデレラ』で、今回は『白雪姫』だね」

「これはまた……予想が外れた」

 ジェネシスが、綺麗な色合いのフルーツドリンクをすする。彼はもう二杯目だ。やはり俺の話は想定外だったようで、かなり驚かせることになってしまった。

「でしょー。まさか、メルヘン話されるとは思わなかったでしょ?」

「あ、ああ。そんな……不思議なことがあるんだな。だが、この世界にはまだまだ明らかにされていない謎が存在する……ロマンティックでもあるね」

「さすが、ジェネシス。感想がひと味違うね」

 俺はそう言って茶化した。

「しかし、その白雪姫を見てみたかったな……女神にそっくりな女性というのは……なかなか想像がつかない。いや、それより注目すべきは王子か。この俺にそっくりだったとはね」

「姿形だけじゃなくて、嗜好も似ていたからね。白雪ぶりっこでガラスの棺に寝ていたヴィンセントに、いきなりキスしたんだから」

「……複雑だ」

 ぼそりとジェネシスがつぶやいた。

「なにが?」

 と訊ね返す。

「自分と寸分違わぬ人間が女神に好意を…… 嬉しいような、やはり不快なような……」

「アッハッハッ! もう終わったことなんだから。童話の中の君は、ヴィンセント似の白雪姫と、幸せに暮らしているはずだよ」

「ならばよしとしようか」

 そういって、ジェネシスは全身の空気をすべて吐き出すような、大げさなため息を吐いて見せた。

 

 ……ジェネシスは俺を気遣ってくれているのだ。

 原因不明の診断を受け、ほぼ左目を失明した状態の俺は、やはり難しい表情をしていたのだと思う。鋭敏な彼は、俺の気持ちを引き立てるために、話題を誘導してくれているのだ。

 普段の生活の中で、今、ジェネシスがしてくれているような行動は、どちらかといえば、俺が引き受ける役割だった。カダを始め、兄さんやヴィンセントの気持ちを汲んで、彼らが安心するように、傷つかぬように、話を持って行く。

 それをこうして誰かに施されるというのは、思いがけず心地の良いものだった。

 

「さてと、こうして落ち込んでばかりもいられないね。俺としてはぜひ、その不思議な旅に同行したかったところだけど」

「こればっかりはねぇ。俺たちだって、毎回何の前触れもなく巻き込まれているカンジだから」

「……ふむ。時間があるときに、少しくわしく調べてみたいね。だが、今は目の前の問題のほうが重要だ」

 ジェネシスが声音を変えてそう言った。

「君の不調と、その世界での体験に、なにか関連性があるのではと考えたのだが……どうやら的外れだったみたいだね」

「うん……そこで怪我をしたとか、身体にダメージを受けるようなことはなかったんだ。溺れかけたりはしたんだけどね。セフィロスが落ち込んでいたのは、そのときのことでだよ。突破口が見つからない状況に陥ってね。結果的には兄さんの機転で助かったわけだから。……かなりショックだったみたい」

 あのときのセフィロスの顔…… 苦渋に歪んだ端正な面ざしを思い出す。

 神羅の英雄と呼ばれた彼にとって、この上ない屈辱だったのだろう。兄さんに助けられたのが理由じゃない。そのために、彼を危険な目に遭わせたことがだ。

「クラウド少年はどうしているの?」

 ジェネシスがそう訊ねてきた。

「ああ、もう、体調は全然問題なし。一時はかなり高い熱が出て心配だったんだけど、こっちの世界に戻ってきてからは、あっという間に快復したよ」

「そう。それについてはよかったね」

「……でも、セフィロスはまだ引き摺っているみたいだね。あなたにそんな相談をしに行ったというのなら」

「うん。なんかしょげている様子が可愛かったけどね。……だが、どうやら問題なのはセフィロスよりも、君の方だったわけだな」

「……そうみたいだねェ」

「それで、ヤズー。君自身は、これからどうするつもりなんだ?」

 ジェネシスは、空になったグラスを脇に避けると、わずかに身を乗り出してそう言った。

 彼の声音はやさしかったが、ひどく真摯であった。