近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<6>
 
 ヤズー
 

 

 

「あー、でも、ミッドガルまで行くのは……ちょっと面倒かなァなんて……」

 俺はそう言葉を濁した。

 初対面の医者相手に、これまでのいきさつを話すつもりはなかったし、ミッドガルまで行くとなれば、家の者たちに秘密で……というわけにはいかなくなる。

「えーと、うん、ちょっと考えてみます。今日は……」

 『どうも』と続けようとした俺を、彼はふたたび体育会系のノリで引っ張り戻したのであった。

「そんなッ! いけませんよ!」

「まぁ、右目は大丈夫そうだし、生活出来ない訳じゃ……」

「何を言っているんですか! 理由がわからず見えないまま放置しておくなんて! 貴方のように美しい方が……あまりに自分の健康に無頓着すぎます!」

「あ、はぁ……」

 一方的にまくし立てられ、俺は適当な相づちを打った。

「とにかく、今日は紹介状だけでも持って帰ってください。ミッドガルへは時間の都合の付くときに言っていただければそれでよろしいのです。もちろん、なるべく早くしていただきたいと思っておりますが……」

「ああ、どうも……」

 これ以上、ヒートアップされても困るので、俺は予定があると告げ、早々に診察室を辞した。受付で待機していると、応急処置だといっていた薬と、一通の手紙を渡された。これが紹介状なのだろう。ぴっしりとした長封筒に入ったそれを、一応ありがたく受け取ると、ようやく俺は苦行から解放されたのであった。

 

「あー、やれやれ。参ったなぁ」

 ありがたくも困惑する丁寧な紹介状を、俺は外出のカモフラージュに持参した買い物袋に収めた。

 診察をしてくれた医者の好意はありがたいと思うが、どうしてもミッドガルに行くのは気が進まない。神羅との関わり合いはもう無しにしたいと考えるのだ。

 だが、もう一方の目まで、失明することになったとしたら……?

 それはさすがに困惑する。俺がと言うよりも、俺の周囲の人間に多大な迷惑がかかってしまう。ひとりで姿を隠すというのも現実味がない。そんなことをすれば、ヴィンセントなどは半狂乱になって探し回ってくれるだろう。もちろん、カダに黙っていなくなるなんてことはできるはずがない。

 サンサンと照りつける南国の太陽も、今日は煩わしいだけだ。

 車で来れば良かったのかもしれないが、病院が目的だったので、敢えて避けたのだ。

 この陽射しの中、買い物に行くのも鬱陶しいが、さすがに手ぶらで戻ればおかしく思われることだろう。

 そういったことにはいくらでも頭の回るおのれに自嘲し、のんびりと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 背後からの軽いクラクションに、ハッと顔を上げたのは、病院から大通りにでたときのことであった。俺はずっと顔を伏せて、足元を見ながら歩いていたらしい。

 ここからまっすぐに歩みを進めていけば、青物市場に到着する。

「やぁ、奇遇だね、ヤズー」

 田舎町には似つかわしくないスポーツカーから、目の覚めるような艶やかな男が手を振っている。

「ジェ、ジェネシス」

「どうしたの、こんなところに一人で」 

 彼は言いながら、ちらりと病院のほうを一瞥した。

「あ、う、うん。これからちょっと買い物へね」

「ふぅん、ま、いいや。とにかく早く乗りたまえ。今日は特に暑い。熱射病になってしまうよ」

「いいの? ありがとう!」

 強烈な日射しにうんざりしていた俺にとっては、渡りに船といったありがたさではあったが、出会い頭がまずかった。

 鋭敏なジェネシスのことだ。俺が病院から出てきたのは、この道なりを考えれば疑いの余地はないし、きっと今もいろいろ頭を巡らしているんだと思う。

「ねぇ、ヤズー」

「あ、あのさ、ジェネシス」

 俺たちの声はおかしな具合に重なり合った。

「ああ、ごめん、何?」

 ジェネシスが譲ってくれたのをよいことに、言及される前に口止めをした。

「あのね、俺が病院から出てきたとこ見たかもしれないけど、あの、全然たいした話じゃないからさ。ちょっと夏ばて気味だったから、薬もらっただけ」

「…………」

「で、悪いけど、今日のこと、誰にも話さないでね。ヴィンセントにも黙って出てきたから。ほら、彼は必要以上に心配するじゃない? 大事にしたくないんだよね」

「……君は夏ばてで、眼科に行くのかい?」

 妙に穏やかな口調でそう告げられ、ポーカーフェイスが自慢の俺も、いささか慌てた。やはり気持ちが急いていたのだろう。カモフラージュ用に持ってきた買い物バッグは、おさっしのとおり、籐で編まれたものであって、わざわざ口がねがついているような代物ではなかったのだ。

 彼が俺の手元を確認するよな動作をしたことにはまるで気づかなかったが、めざといジェネシスは、きっと見取っていたのだろう。

「わざわざ俺にまでウソをついて、見当違いの口止めをするなんて、君らしくないよね、ヤズー」

 そう言われてしまうと二の句が継げなくなる。彼の言っていることは至極最もだからだ。

「……ヤレヤレ、ジェネシスにはかなわないなぁ」

 大きくため息を吐き出しながら、俺はつぶやいた。