近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<5>
 
 ヤズー
 

 

 

「……いえ、見えません」

 何度この言葉を繰り返したことか。

 セフィロスに言われたからというわけではないが、その翌日、俺はこっそりと病院へ足を運んだ。

 コスタ・デル・ソル東部、唯一の総合病院への距離は、幸いそれほど遠いわけではなく、車を飛ばせば十五分程度だ。神羅の系列病院というのが気に入らないが、この際文句を言っている場合ではない。

 俺は大通りまで出ると、あらかじめ手配しておいたタクシーに乗り込んだ。

 

『次は左目を強く閉じて、三秒後に開いてください。何か見えますか?』

「……いいえ」

『両目の眼圧を計ります。こちらの台に顎を固定して、楽にしてください』

「…………」

 時間にして十五分といったところか。

 おしゃべりしている十五分はあっという間だが、病院の検査で十五分というのは思いの外長い。

 言われるがままに身体を動かしていただけなのに、検査終了と告げられたとき、自身がかなり疲労していたことに気づいた。

 アシスタントをしてくれた女性看護師は、妙に愛想良く俺を隣室に案内してくれた。どうやらこちらの部屋で、医師からの説明を聞くらしい。

 

「あ、ど、どうぞ、こちらへお座りください」

 さきほどまで俺の検査に付き合ってくれていた、若い医師が色気のないスツールを指し示した。

 妙に気ぜわしい雰囲気に見えるが気のせいだろうか。

 

 ……セフィロスに言った言葉ではないが、正直俺は医者の見立てに期待を抱いてはいない。この身体には紅い血が流れているが、やはり俺は自身を、あたりまえの人間だという風には考えられなかった。

 たぶん、カダやロッズなどは、これだけ環境に適応し、本体であるセフィロスと共存していることによって、より『個』を意識しているのだと思う。つまり、『一個の人間』だという感覚を抱きつつあるのだと感じる。

 それはむしろ俺たちにとってはよいことなのだろう。

 元はセフィロスの思念体であったとしても、別のひとりの人間として生きていけるのは、この世に生まれ出でた『生物』として正しいのだと理解はしている。

 そう……頭では理解しているつもりなのだが、俺はどうしても、自分が兄さんやこの町にいる様々な人々と同じ『普通の人間』だとはなかなか思うことができない。

 たぶん、こんな事を口にしたら、ヴィンセントあたりに泣いて叱られるだろう。

『ヤズーはヤズーで他の誰でもない。

 君は私たちの家族で、一個の人格を持った人間だ』と。

 思わずため息を吐きそうになって、俺は慌ててそれをかみ殺した。

 目の前の若い医師は、一生懸命、検査に付き合ってくれ、今もこうして状態の説明をしてくれようとしているのだ。

 

 

 

 

 

 

「……ということです。現時点はこれ以上のお話のしようがなく……」

 ひどく申し訳なさそうに、年若い医師はそう言った。

 なんのことはない。やはり俺の予想したとおりだ。

 左目はほぼ失明の状態にあり、その原因にあたる事由は見あたらないということである。

 診察の礼を言って、椅子から立ち上がった俺の手を、医師がぎゅっと握りしめた。これは不意打ちで、少々驚かされた。

「お待ちください。まだ諦めないでください」

 彼はひどく真剣な面持ちで、言い募ったのだ。

「気にしないで、先生。一応、覚悟してきたしね」

「い、いえ、待って下さい!」

 医師はそのまま俺の手をひっぱり、ふたたび椅子に座らせた。自分でも強引であった自覚があるのか、『すみません、すみません』と謝罪を繰り返すと、せわしなく咳払いをした。たぶん、彼は、兄さんとほとんど年が変わらないくらいだと思う。

「ヤ、ヤズーさんでしたよね。僕、あなたを青物市長やセントラルの商店街で何度かお見かけしています!」

 話の流れがわからなくて、俺はただ『はぁ』と気の抜けた返事をしただけだった。それでも、彼は必死に言葉を続ける。

「ええと、それで……あ、あの、……男性だとは知っていましたけど、とても綺麗な方だなと……ずっと印象に残っていました」

「そう?……ありがとう」

「くそっ……何言ってんだ、僕は」

 最後の言葉は自分自身への叱咤だったのだろう。彼は深呼吸をすると、大分落ち着いた調子で口を開いた。

「そ、それで、ここからが本題なのですが……!」

「プッ…… 先生、肩の力を抜いてよ。患者は俺の方なんだから」

 しゃっちょこばって、必死に話を続ける彼に、俺は思わず吹き出していた。まさか、この状況で、こんなふうに笑うことができるなんて思ってもみなかった。

「す、すみません! え、ええと、ええとですね。今の診断というのは、あくまでも、この病院で、すぐに結果を見られるレベルでの検査結果なのです」

 そこまで一気にいうと、さらに語気を強めた。

「もっと専門の……ここは神羅カンパニーの系列病院ですが、ミッドガルには遥に規模の大きい、最先端の総合病院があります。そこで、時間をかけて検査すれば、必ず対応策が見つかるはずです!」

「ああ……そうか。そうだった、ここは神羅の……」

「はい、この病院も、コスタ・デル・ソルにおいては、大病院といえますが、本社のあるミッドガルの総合病院とは、設備もスタッフの数も比べものになりません」

「…………」

「今から紹介状をお書きしますので、ぜひ、一度足を運んでみてください。お願いします!」

 そういって、若い医師は頭を下げた。

「そんな、センセ。『お願いします』っていうのは、俺のほうでしょ。ありがとう、いろいろ心配してくれて」

「では、すぐに紹介状を……」

「あ、う、うん……でも……」

 俺は躊躇した。

 セフィロスを含め、俺たち三兄弟は神羅と因縁がある。

 以前、ルーファウス神羅に協力して、ミッドガルに滞在したことがあった。おそらくそれは十分すぎるほどの『貸し』にはなっていようが、俺はこれ以上神羅に関わりをもつのが嫌なのだ。

 カダやロッズはあまり気にしていないのかもしれないが、俺はどうしても神羅に良い感情を持てない。ルーファウス神羅も好きにはなれないし、タークスの連中も、赤毛くん以外は苦手だ。

 そもそも、過去、あの会社がセフィロスやヴィンセントに行った仕打ちを考えれば、もはや二度と相対したくもない。俺はそう思っている。