近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<4>
 
 セフィロス
 

 

 

「……ねぇ、ヴィンセントが心配してたよ。あなたは普段と変わらないように振る舞っているつもりだろうけど、彼はよく観ているから」

「…………」

「『うるせぇ!』って言い返さないの?」

 その茶化すような物言いが不快で、オレは改めて、

「うるせぇ」

 と言い返した。女のような艶やかな造形がやわらかく融けて、ヤズーがクスクスと笑った。

「……なんだ、おまえは。オレに説教でもしにきたのか?」

 顔も見ずに吐き捨てたオレに、彼は『まさかァ』とジェスチャー付きで言った。

「ん〜、ただちょっとね、俺的にもハッキリさせたいことがあって……」

「…………?」

「ジェネシスにも会って話してみたんでしょ? どう? 自分自身で、やっぱり身体に変調を来していると、そう感じるの?」

 先日来、ずっと悩んでいることを改めて訊ねられる。答えの出ない問いかけに苛立ちを感じたが、イロケムシの表情に、オレは怒鳴りかけた言葉を呑み込んだ。

「……どうなの、セフィロス?」

「よく……わからん。ジェネシスには一笑に伏された。……確かに今は考えすぎだったとも思えるが……何ともいえんな」

「……そう」

 ふぅと深く吐息し、ヤズーは白い包帯の巻かれた左手を見つめた。

「どうした……それ」

 真新しい包帯に、オレは低く訊ねた。

「あー、ちょっとね。食事の支度の時、ドジッちゃって」

「……フン、ヴィンセントじゃあるまいに」

「昨日は昨日で、お気に入りの茶器を壊しちゃったしさァ。火傷しなかっただけよかったけど」

「おまえらしくもないポカ続きだな。オレと同じで、どっか壊れかけてんじゃねぇのか」

 皮肉たっぷりのジョークのつもりだったが、イロケムシはにこりともしなかった。

「あー、うん、なんだかねェ。もしかしたら、本当にそうかも……」

 ヤズーは、独り言のように、小さくつぶやいた。

「おい、貴様、何の冗談だ」

「あながち冗談でも無いんだよねェ」

 そういうと、ヤズーは左手を持ち上げ、顔の片側を覆った。

 白くてしなやかな、女のような指が、左の瞳を塞ぐ。そのまま黙り込んだイロケムシに、オレはふたたび声を掛けた。

 

 

 

 

 

 

「……おい?」

「見えない……」

「え……?」

「少し前から……見えないんだよね、左側」

 取り乱すこともなく、淡々と宣うヤツの言葉に、オレはすぐに反応できなかった。

「……なんだと? おまえ……」

「眉間のしわはくせになるよ、セフィロス」

 苦笑しながらイロケムシがそう言った。

「どういうことだ? あのバカげた世界で負傷したのか、おまえ? それとも……」

「ちょっと……落ち着いて。怒らないでよ」

 不満げにそう言い返すと、ヤズーは手を下ろし、いかにも疲れたといったように、全身で吐息した。

「どうもね……参ったよ。理由が見つからないんだ」

「…………」

「……例の不思議な世界での出来事は何の関係もないと思うよ。水牢でも、ドラゴンと闘ったときにも、目に傷を負ったりはしなかったし、だいたいあそこに居たときには、何の不調も感じなかった」

「……こっちに戻ってからはどうなんだ?」

「もちろん、怪我した覚えなんてないって。……三日前くらいに、視界がおぼつかなくなった。なんとなく霞がかかったようにぼやけてきて……」

 イロケムシは不自由になったほうの目をこらすようにしてみせたが、やはりまともに見えないのか、あきらめたようなため息を吐いた。

「……今はもうほとんど見えない。視界が偏っているせいか、つまらないミスが増えたね」

 ちぇっと舌打ちして、包帯をした片手を持ち上げて見せた。

「おい、どうして今まで黙っていた。ヴィンセントやクラウドにも話していないんだろう?」

「打ち明けたからって治るもんでもないでしょ。原因もわからないんだから。かえって、ヴィンセントあたりにものすごく心配されちゃって、身動き取れなくなっちゃうよ」

「……医者へは?」

 そう訊ねたオレに、見慣れた流し目を送ってくると、

「心配してくれるの?」

 と笑った。

「フザけるな。もしまた何かあったときに、足手まといになられると迷惑だからだ」

「冷たいなァ、セフィロス。大丈夫だって。さすがにそうそう闘いに巻き込まれることもないでしょ」

「……おい、医者には行っておけよ。いつものヤブ医者のところじゃなくて、ちゃんと総合病院に……」

「無駄だと思うんだけどなァ。ま、一応、形だけでも診てもらおうかとは思ってるけど」

「…………」

「あ、言っておくけど、打ち明けたのあなただけだから。兄さんやヴィンセントには内緒でね、頼むよ」

 その部分だけは、くどいくらいに言い置くと、イロケムシは立ち上がった。空いたビール缶を手にさっさと部屋を出る。

「おい、明日にでも医者に行けよ。……結果がわかったら、オレには教えろ」

 去り際に声を掛けたオレに、『フフフ』と気色悪い声で、微笑みかけ、ヤズーは静かに扉を閉めた。